75話
時刻は15時前。
ティアラ冒険者ギルドは今日1日ずっと忙しかった。
11月に入り、だんだんと寒くなる時期。
そろそろ外での寝泊まりは厳しい……というより危険だ。
できれば街の仕事を得たい冒険者の相談が増え、その手の話は長くなる。
受付3人では手が足りずに俺や主任まで対応していた。
「結局雑魚寝なんですね」
「まあ寒さをしのげる場所が確保できれば冒険者は文句言わないですよ」
ギルドとしても不動産の商会に掛け合い、期間限定で安価に寝泊まりできる建物を提供したりする。
共同で雑魚寝さえできればいい連中だ。風が吹き込まない納屋なら大喜びする。
貸す側も寒い時期の人助け、または小銭稼ぎという認識もあるので案外受けてくれるみたい。
「何だかシェアハウスの受付やってる感じだなー」
一段落ついたので、残っている書類業務をしようと席に戻る。
その時ギルドのドアが開いた。
ザワザワっとしたので何事かと目を向ける――
そこにはフラフラになったラッチェルの姿があった。
「…に…兄ちゃん……たす…助けて……」
目にした途端、一瞬で血の気が引いた。
カウンターから飛び出し、ラッチェルのもとへ駆け寄る。
「どうした……何があった!? 父さんは……ルーミルさんはどうした?」
「道で襲われて……父さん撃たれて逃げて、僕も逃げてきた……」
「撃たれた!? ど…どこで!?」
「森ん中……追われてる」
ラッチェルはそう言うと大声で泣き出した。
「よく生きてた…怖かったろ? よしよし」
ギュッと抱きしめ、背中をさすりながら慰める。
猫だというのにとても冷たい。寒風吹きすさぶ中必死で走ってきたのだろう。
「追われてるってことは父さんも逃げたんだろ? 大丈夫大丈夫、絶対生きてるから」
しばらくして衛兵2人がギルドにやってきた。
ラッチェルが全速力で駆け抜けていったから何事かと追ってきたのだ。
「猫人の行商人が道中襲われたそうです。場所は森ん中の……どっかの道で襲われたんだよな?」
ラッチェルは頷くのがやっと……この街に向かおうとしたところで襲われたらしい。
「どこの村かわかる?」
「わがるぅー……」
俺は衛兵に探しに行けるかと聞く。
衛兵は「道までは行ける、だが森に逃げ込んだのなら無理だ」と口にする。
その言葉に少し腹が立つが、彼らの立場も理解している。
以前聞いた管轄云々のこともあるが、森へ入るのは相当勇気がいる。
俺も死にかけた身だからよくわかる。
それにもう日が暮れる。
「私がラッチェルと現地に行きます。ガットミル隊長に街道に人手を出せるように手配しておいてください」
「……お前が行くのか?」
「だってあんたらこの子の言葉わかんないでしょ!」
イラっとしてキツイ口調になった。
衛兵の考えもわかる。ギルド職員に何ができる……という意味だろう。
まあ俺だって普通だったら無理だ……普通だったらな――
「ラッチェル……俺と父さんを探しに行こう。絶対助けるからな」
「うん」
彼女は泣きながら必死に声を振り絞った。
俺はこっそり《剛力》の呪文を唱えてラッチェルを抱っこする。
彼女は抱えられてびっくりする。だが余裕で抱えてた俺の顔を見て安心したのか笑みが戻ってきた。
「一生懸命走ってきたから疲れたろ。しばらく俺が抱えてやるから一緒に戻ろう」
そう言うと首に手を回してギュッと掴んだ。
時計の時刻は15時過ぎ。
日が暮れるまでは2時間ちょい。夜になる前に何とかしたい。
「ちょっと出てきます」
主任にそう伝えると、ラッチェルを抱えて現場に向かった。
ギルドを出てすぐ《俊足》を唱え、全速力で東門へ向かう。
するとラッチェルはその速さに驚いている。
「兄ちゃんすごい!」
「そうか?」
ラッチェルが呟いた言葉に優しく答える。
途中ですれ違った人は、何が駆け抜けたのかと驚いて振り返る。
後ろ向きのラッチェルは、そのキョトンとした顔が目に入ると、落ち着いて嬉しさがこみ上げた。
東門の前で速度を落とし、衛兵に声をかける。
「彼女の父が盗賊に襲われたようです。ラッチェル……どっち?」
彼女は門から北西の方角を指さす。
するとそれは街を突っ切った反対側だ。
「ん?……あ、西なのか!」
彼女は西門から入らずに外をぐるっと回って東門から来たみたいだ。
「まあティアラは東門からが近いからな。俺も西門通ったことないな」
ガットミル隊長が出てきて、ラッチェルを抱えている俺を目にする。
何事か問われ、ルーミルが襲われた内容を話し、街道の巡回強化をお願いすると全速力で向かった。
西に行くのは初めてなので道を知らないが、進むとすぐに左へ折れる道が見えた。
ラッチェルの指示通りに進むと、しばらくして木々が生い茂る光景に変わる。
すぐさま『探知の魔法』を唱えた。
《そのものの在処を示せ》
辺りに人の気配はない。遠慮なく速度を上げて道を進む。
ラッチェルがもうすぐと言うので速度を落とし、慎重に進みながら案内を頼む。
現場に到着した。人の気配もマーカーの反応もない。
どっちに逃げたか聞くと、左手の方を指さす。
見ると太い針葉樹の森。
地面は平坦で荒れておらず、人が追うのも可能な感じ。
「数は何人いたか覚えてる?」
「えっと……6……7人かも」
「わかった」
俺が向かうからラッチェルはそこの茂みに潜んでるようにと指示を出す。
ラッチェルは俺の心配をするが、秘密の技があるといって安心させた。
森へ入る前に《跳躍》を唱える。
幸い木と木の間隔が広いので進みやすい。だがそれは盗賊も追いやすいことを意味している。
ラッチェルに指示された方向へ進んでいくと、すぐに追手の反応が出た。
思ったより反応が遠い。
あれ……でも探知の魔法ってこんなに範囲広かったっけ。街で使うより範囲が広いことに今更気づく。
と、そんなことを気にしている場合ではない。
示された方角より右へずれて逃げている。探知がなければロストしていたな……。
数は6……その先に動かない1体いる。今まさに取り囲もうとしている。
◆ ◆ ◆
「おい、いたぞ!」
「あれだあれ、矢ぁ撃て矢を!」
盗賊は弓使い2人に指示を出し追撃させる。
ルーミルは左足に一発、右の肩口にもう一発食らっていて出血もひどい。足を引きずるように逃げている。
放たれた矢の一射はバッグに刺さり、もう一射は肩の上を通過した。
連中は外したやつを睨み舌打ちする。
ルーミルは意識が朦朧としながらも必死に逃げる。
だが運の悪いことに、ひそめる茂みはどこにもなく、森の木々が途切れてきた。
とうとう隠れるところのない草原に出てしまった。
盗賊の1人がナイフを投げる。
ルーミルの背中にグサリと刺さると、彼は呻いてその場に倒れた。
ようやくの追撃の終わりに、連中は苛立ちの台詞を吐き捨てる。
「くそっ、手間かけさせやがって」
「おい、早くバッグ奪って始末し――」
パンッ――パシュン――
突然、遠くで板で床を叩きつけるような音が森にこだました。すぐに近くで果物を潰したような音が聞こえた。
彼らは何かと動きを止める。
音と同時に、1人の盗賊の右頬に何か飛来し、その衝撃に顔をそむける。ぬめっと生暖かいそれを右手で拭うと、掌は真っ赤に染まった。
驚愕して飛んできたほうに目を向ける。
ナイフを投げた男の頭がなく、首から血の噴水をあげていた。
後ろにいた4人は、その光景を頭が破裂するところから目撃した。
ありえない光景に思考が停止する。
……頭が破裂した……血が噴き出ている……なんだ!?
ハッと我に返って振り返る。
パンッパンッパンッパンッパンッ――――
5連続で響く衝撃波の音。
彼らは声を上げる間もなく石弾で体を撃ち抜かれ、その場で息絶えた。