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74話 ルーミル親子、襲われる

 フランタ市から西にある集落にて、猫人行商人の親子が広場で商いをしている。

 猫人という珍しさも相まって人が集まる。

 連れの娘が煙管のような長い管をふぅと吹くと、先っぽから虹色に輝く玉が現れ空に舞い上がる。

 ……なんだそれは!?

 目にした村の人たちは驚きの声を上げた。


「わぁ! 何それ何それー!」


 ラッチェルが『シャボン玉』を飛ばす。すると子供たちが追いかけ、弾けて消えるとびっくりする。

 すぐに彼女に駆け寄り、一体何をしているのだろうとじっと目を離せなくなる。

 大人たちも冷静を装ってはいるが、その猫人のする仕草を遠巻きに見ていた。


 するとラッチェルがたどたどしいマール語で声をかける。


「『シャボン玉』売ってるよ」


 その商品は『シャボン玉』というらしい。

 子供たちは欲しくてたまらない。親にねだる光景はいつの世も同じか。

 いかにも高そうな商品に渋い顔をする親たち。だが値段を聞くと安心し、財布の紐も緩んだ。

 子供たちが揃って『シャボン玉』で遊びだすと辺りが一層賑やかになる。

 ルーミルの商いも繁盛するというわけだ。


「これは一体どういう代物なんだい?」

「ふふ、商売上の秘密ですよ」


 この世界、石鹸に対する知識は『使うと汚れが落ちる』という程度しかない上に、あまり使用されていない。

 体をきれいにするのも、濡らした布で拭くだけだ。

 服の洗濯はよくて週一で洗う頻度の作業、石鹸を使う人もあまりいない。

 単に教育の低さと衛生観念の欠如から『なくても困らない』ものと思われている。

 体を洗う際も、石鹸をこすりつけて使うので、泡立つのを目にする機会がない。

 仮に気づいたとしても、それを遊具にするなど思いつくはずがない。

 さらに『シャボン玉』用の石鹸水は、ハチミツで加工しているので割れにくい玉なのだ。

 その秘密を知らなければ、飛ばせる玉にならない。


「……父ちゃん、『シャボン玉』もよく売れるね」

「そうだな。作って正解だったな」


 ルーミルは瑞樹に『シャボン玉』のアイデアをもらった後、自分たちの村で仲間に相談していた。

 液を入れる容器は口が広い竹筒にし、管は煙管(キセル)に使う竹の管を短かく切って先端をあぶり、広げたものを製作。

 人用に10センチぐらいの短い長さに加工し、それを液とセットで販売する。

 日本人が見たら「おもちゃ屋で売ってるやつだ」と口にしただろう。

 この村でも商いは盛況で終わった。


「じゃ次はフランタ市だ」

「やったー!」


 前回ティアラを訪れてからちょうど1ヶ月、瑞樹にタバコを売りにいくタイミング的にはちょうどいい頃合い。

 商品にした『シャボン玉セット』を見てもらい、意見をいただきたいと思っている。

 前に教えてもらった『紙飛行機』も素晴らしい。何がどうしてああなるのかはわからないが面白い。

 ルーミルの商人としての勘……彼の知識は商売になる。

 彼の話をもっといろいろ聞きたい。

 そもそも猫人語を話せる人間に出会ったことがない。

 瑞樹の異質性をルーミルは何となく感じていた。


 森を抜ける道中、突然ルーミルが周囲の異変に気付く。

 3人ついてくる奴がいる……と思った瞬間――


 バシッ!


「ぐぁああぁあ!!」


 ルーミルは悲鳴と同時に倒れ、背負ってた荷物が大きな音を立てた。

 ラッチェルが突然の悲鳴に驚く。

 倒れた父を見ると、左足に矢が刺さっている。


「父ちゃん!」


 ラッチェルが叫ぶ。

 すると後ろから付いてきてた3人が走ってこちらに向かってくる……と同時に正面の木陰から3人出てきて道を塞いだ。

 見ると前の1人は矢をつがえており、ラッチェルを狙っている。


 盗賊だ!


「ラッチェル! 逃げなさい!」


 目にしている状況に混乱する。父の声が耳に入るがパニックでわからない。


 正面の奴が矢を放つ――

 だが運よく外れ、足元の地面に刺さる。

 ルーミルは、自分を撃った木の上の奴を見つけた。まさに第2射を撃つタイミング……ギリギリ避けられた。

 もう一度ラッチェルを怒鳴る。


「ラッチェル! 森へ逃げなさい!!」


 ラッチェルは前の3人をかわして森へ逃げた。

 抜けられた連中は猫人の俊敏さに意表をつかれて逃がしてしまう。

 ルーミルは追ってきた3人に捕まりそうになるが、すんでのところでかわすと森に逃げ込んだ。


「おい! 何やってんだ! 追え!」

「ガキはどうする?」

「てめぇが外すからだろ、もう見えねえよボケッ!」

「商人のほうを探せ! 矢は当たってるからそんなに逃げられねえはずだ!」

「でも猫人だぞ! 森に逃げられて追えんのか!?」

「追うんだよっ!! デケェからわかるはずだ! あと金目のもの回収しろ!」


 猫人が全速ダッシュする時は通常の猫スタイルで走る。

 ルーミルも手負いながら華麗に攻撃を回避、弓使いの追い撃ちを食らわずに済んだ。


「てめぇちゃんと当てろよ!」

「うるせぇ! 1発当ててんのに逃がしたお前らが愚図なんだろ!」

「んだとぉ!?」

「やめろっ! もめてねえで追え! ボスに叱られるぞ!」

「くそが……」


 彼らは盗賊団の一員だ。

 最近猫人の行商人が妙なものを売って稼いでると耳にして張っていた。

 仲間が数か所の村で行動を見張り、ときには客として紛れて稼ぎをチェックしていた。

 たしかに不思議なものだ……それも回収できれば金になる。

 そこで襲う計画を立て、待ち伏せしていたわけだ。


 盗賊の1人が残された荷物を漁って金を探す。


「おいっ! 金ねぇじゃねえか!」

「……腰に袋つけてた。あれだ!」

「ふざけんなクソが! ぜってぇ捕まえろ!」


 背負ってた商品箱には茶葉や薬しかなく、肩にかけていたサイドバッグも商品だけだ。

 どうやら金は腰につけていた革袋らしい。

 奪われなかったことで追われる羽目になってしまった。


 ラッチェルは森へ逃げ込み茂みに潜んだ。

 追ってくる気配がないのを確認して盗賊の様子を見る。

 父の姿がない。

 どうやら反対の森へ逃げたみたいだ。

 6人が森の中へ追っていくのが見え、1人は荷物を回収し、辺りを見回している。


 ラッチェルはどうしていいかわからずに震えていた。

 そのとき、ティアラの兄ちゃんのことが頭に浮かぶ。


 助けて!


 森の中を必死で駆け抜けると大きな街道に出た。この道を行けば街にたどり着く。

 ラッチェルは一目散にティアラに向かって走った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ありゃありゃ瑞樹が厚意にしていた商人さんを襲うとは。この盗賊は雷に滅されるのか。それとも…。
[一言] 目立つことの弊害が出たな 外敵を排除する手段が無いと目立つと言う商売の利点が害まで引き寄せてしまう
[良い点] ただの野党でよかった 紙飛行機とシャボン玉の製法を聞き出そうとする貴族の子飼いとかならもっと面倒くさいことに 儲けに応じて護衛とか付けないとダメなレベルになってきましたねー
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