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73話

 食事会の次の日。

 マグネル商会のカルミスさんが職員を連れてにティアラを訪れる。

 会長のお供ではない上に見たことのない人物だ。魔獣の素材のことだろうか。

 ……と思いきや、実に恐縮した様子で切り出した話は紙飛行機の件だ。食事会のときに『領主の次席執事が来て大騒動になった』と口にした内容が堪えたらしい。


 俺はこの時『思ったより早かったな……』と思っていた。


 当たり前だが、大騒動というのは誇張した表現。

 部下が紙飛行機の作り方を教えてと来ただけのこと。食事の席の雑談だし話を盛るのはお約束みたいなもんだ。

 とはいえ、実は領主の名前を出して大騒動と言えば肝が冷えるかなーと、多少嫌がらせの意味は込めていた。

 子供たちに供したおもちゃを転売気味に利用するのが気に入らなかったからだ。


 次の日の午前中に飛んできたという事はよほどマズいと思ったのだろうな。

 想定通りお灸が据えられたのならヨシというところだ。

 その実大したことではないので、先日あった次席執事とのやり取りを説明した。


 カルミスさんは話を聞きながら、一緒に来た職員に確認を取る。次席執事はマグネルには来ていないそうだ。

 彼はマグネル商会で『紙飛行機』を作れるようになった職員。

 遊んでいた子供にお金を払って教えてもらい、自分で作れるようになったみたい。

 お駄賃与えたのか。

 金になるとわかれば子供たちは喜んで教えるだろうな。


 アルナーの話に沿うと、次席執事が来ていたなら自分が話を聞かれたことになる。

 だがそれはなかったという。

 つまりマグネル商会は関わっていないということだ。


 カルミスさんはホッとした様子。

 仮にマグネル商会が火種だったとしてもたいした話ではないが、知らないところで燃えられるのが困るというわけだろう。

 そしてもう『紙飛行機』を販促商品としては扱わないという。

 俺は別に構わないと言うと、手を振って勘弁とのこと。

 どうやら王都に『紙飛行機』が伝わったらしい。王都でトラブルが起きたりした際に巻き込まれたくないらしい。

 なるほど、領主の名前が出て飛んできたぐらいだ。

 王族とか出てきたら卒倒しそうだな……。


 考えてみれば次席執事のアルナーも迷惑を被ったわけだしな。

 紙飛行機を作れるようにならないといけなくなったわけだし。

 もし王都の偉い人からマグネル商会に「毎月紙飛行機を提供するように!」などとお達しがこられても困るだろう。

 そういう面倒を避けたいと判断したのかもしれない。


 話は変わり、次の休みはいつかと聞かれる。

 明後日の週末だと言うと「マグネル商会を案内したい」と提案された。

 何とも展開が早いなと嬉しくなる。

 どうせ本読むだけだったし、早いに越したことはなかったので伺いますと了承した。



 そして休みの日、マグネル商会へ出向く。

 南地区と西地区の間を渡す通りに面した3階建ての白っぽい石造りの建物。一応貴族街の地区に当たる。

 目にした途端、秒とかからず『四角』という印象しか浮かばない建物だ。

 各階の窓が5つ整然と並んでる外観は、銀行か証券所か裁判所かという堅い印象である。

 物売ってるって雰囲気じゃねえな。


 ところが中へ入ると、店内の印象は外観とはまるで違った。

 高級宝飾店っぽい陳列、もちろん売っている物は貴金属ではないが、瓶や缶に入った食料品や調理道具、工具や防具らしきものも見える。

 品揃えは田舎の商店、だが見た目は百貨店だ。商談用のテーブルもある。

 商会の本店というのはこういう感じなんだろうか。ティアラのように騒がしくない。


「何だか急がせたみたいですまんな。来てくれてすごく嬉しいよ」

「いえいえ。一職員の俺にわざわざ出迎えていただいて恐縮です」


 会長が奥からやってきて手を差し伸べた。

 笑いながら、先日の食事会でのやり取りがとても堪えたと話す。

 それを聞いてにやりとする。

 そのつもりでしたと返すと、やっぱりかと少し悔しそう。


 軽い挨拶を交わしたところで、会長自ら店の案内をしてくれる模様。一ギルド職員には過分な対応だ。

 そしてどういう商会なのかと、創業の話からしてくれた。


 マグネル商会――初めは食料品の卸問屋からスタートする。

 先々代の頃に周辺諸国で戦争が激しくなったのを見て武器の取り扱いを開始。それが特需となって成長。

 その後、先代が直営の食料品店、雑貨店、武器防具店などを始めて経営の軌道に乗る。

 ところが十数年前に王国大手の『キール・キール商会』がフランタ市にも進出。

 彼らは富裕層に販路を拡大中とのこと。

 数年前に引き継いだファーモス会長が、負けじと頑張ってるというところだそうだ。


「日本でも大店(おおだな)に進出されて個人商店がどんどんやられてますからねー」


 ファーモス会長は渋い顔を見せる。

 日本でも小さいところが負けていると聞かされて気に入らないのだろう。


「でも打ち勝っている会社もありますし」

「うちもそのつもりだ」


 前日、主任にマグネル商会や会長について少し聞いている。

 会長は真面目でしっかりしていると評していた。無理しなければ安泰だろう。

 まあ『三代目は会社を潰す』っていう格言があるけども……。


 そしてお目当ての魔道具を見せてもらう。とはいえ本店にはそれほど置いていないという。

 商会で扱っている魔道具は、指輪、首輪、ネックレス、イヤリングなどの装飾品。

 効果は『マナの量を増やす』『マナの回復速度アップ』『疲労回復』などである。

 これらは以前言っていた付与ではなく、素材自体にそういう効果があるものを使用しているのだという。


 そしてその『魔法の効果の付与』についても調査したという。

 どうやら魔法学校で「基礎だけ習う」という答え。つまり魔法はあるのだ。

 ただしほとんど需要はないので学校でも本気ではないという。


 理由は単純で、ほとんどの武器防具が消耗品であるという認識だからである。

 国の軍隊は、それこそピンからキリまでの兵士を雇うので、いちいちいい装備など与えない。装備に金をかけるという発想がない。


 まあ戦争だとそんなもんだろうな。


 では冒険者はというと、いい装備をしたくても、そこまで稼ぐのに相当な努力と年数がかかる。

 そしてそれまでに大抵死ぬ。

 先のグレートエラスモスのセット装備なんかは、運よく成功した超一流の冒険者が最終装備的に大枚叩いて買うものだそうだ。

 貴族お抱えの用心棒か、商団護衛の部隊長とか、安定した職についたあとの装備という。


 うーん……強い装備をゲットしたらほぼ引退なのか。

 成功したら安定志向……わからなくもないが、現実はしょっぱいな。


 それともう1つ、付与の利点が見出せていないのだという。

 攻撃がそもそも物理系メインなので、属性耐性がどうとかいう意味がわからないそうだ。

 人との戦闘然り、魔獣や魔物との戦闘も然りだ。


 たしかに火の魔法がいまだに出てこないもんな……あと火を吐くドラゴンなんて話も聞かないしな。


「要は技術的にはあるけどやってる人がいないのでよくわからない……ということですかね」

「魔法学校では付与に関する知識も学ぶそうですが、『強度を上げる』ことだけだそうです」

「いやそれ! それが知りたいんですよ! なんでそれ軽視するかなー……」


 どうもこの世界は重要そうな技術が軽視される傾向があるな。

 魔法は発掘知識であり、人間が地道に技術ツリーを開発していない。なので進化が進まない。

 たとえば『木を石みたいに硬くする付与』があっても「じゃあ石でいいじゃん」と理解しない感じか……。

 高度に教育が進んだ世界から見ると、こうも違和感がすごいのだな。



 一通り見学が終わり、お茶の席を設けてもらう。

 カルミスさんが風呂のことを聞いてきた。だがその前に2人に確認する。


「失礼を承知で聞きますが、皆さん体を洗うのはどうしてます?」


 カルミスさんはたらいに水またはお湯を入れてそれで拭く、ファーモス会長も大体同じと答えた。


「日本では、人がすっぽり入るぐらいの容器にお湯を入れて、それに浸かって1日の疲れを癒す文化があります」


 風呂の効能と、体を洗う仕組みについて説明する。

 とはいえお湯に浸かる気持ちよさは、体験しないとわからない。

 まあ話だけで伝わるとは思っていない。


「容器いっぱいのお湯はどうやって手配するんだ?」

「風呂ごと沸かすんです」


 スマホに入っている『国際大百科事典』を開いて見せる。

 挿絵として載っている『五右衛門風呂』や『鉄砲風呂』、現代の『追い炊き式風呂』を見せると、目を皿のようにした。

 写真とは違う、精密に描かれた絵や図面に驚嘆した。


「面白そうだな。ぜひ作ってみたい!」

「金になるかわかりませんよ?」


 会長の言葉にカルミスさんが木工技師を呼び、風呂の説明をしながら設計の話を詰めた。


 会長に興味を持ってもらえたのは実に助かった。

 というのも今回、試しにどれか作ってもらおうかなと話を振るつもりでいた。

 金は先の買い取りの貯金があるしな、持ち出しで構わない。

 それを向こうから提案してくれたのは渡りに船――『乗るしかない、このビッグウェーブに』というやつだ。

 遠慮なく乗らせてもらおう。



 そして『熱の出る魔道具』についての調査もしてくれているらしい。

 噂レベルの話だが、武器で『魔剣』と呼ばれる類のものが存在する。

 何でも火を纏うだの火を吐くだのという。さすがに眉唾まがいの話だとされている。

 うーむ……ゲーム脳からするとありそうだけど、実際はどうなんだろうな。


「火を吐く剣で鍋の水を沸かすかなー」


 笑いながら茶化すと、会長とカルミスさんはクスリと笑った。


「まあ何もネタがないよりは十分いい情報です」


 2人にお礼を述べる。


「風呂の試作ができたらまた声をかけるよ。そのときいろいろ教えてほしい」

「こちらこそ期待してますのでよろしくお願いします」


 2人と握手を交わし、マグネル商会をあとにした。


 俺は風呂が手に入りそうな段取りがついて内心とても喜んだ。

 しかしまだ問題が残っている。


 置く場所ないんだよなー……。


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― 新着の感想 ―
[一言] サバイバル風呂なら熱した石を入れたら風呂になりませんか?竈はあるんですよね。木筒を作って熱した石入れて水を張ったところに入れると。
2024/07/21 14:43 マイクラ動画のファン
[良い点] いつも楽しく読ませていただいております(*´ω`*) 異世界もので、元居た世界の知識を駆使してどうのこうのする、という物語は私はあまり見た事が無かったのでとても新鮮な気持ちで楽しませてもら…
[一言] 風呂はまず水を潤沢に使えるのと沸かすための薪が必要だからな あと、単純に重さもあるし排水も考えないとだから一から作るのは無理ゲーに近いな
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