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72話

今回はマグネル商会のファーモス会長と秘書のカルミスのやり取りです。

 ティアラとの食事会後のマグネル商会会長室。


「ふう…………カルミス、すまんがお茶を入れてくれないか」

「かしこまりました」

「おまえの分もな」

「あ……はい」


 来客用の椅子に体を投げだすファーモス会長、とても疲れ切った表情をしている。

 カルミスも、今夜はとんでもない目に会ったと思い返していた。


「フ…フフ……フフフフ……フハハハハハハ!」


 お茶を置き、対面に座ると突然会長は笑い出した。


「何だあれは! あんなもん笑うしかないだろ! さっぱり理解できん!」

「そう……ですね……」


 彼女はお茶に目を落とし、口数少なく答えた。


「彼はああいう魔道具を作る勉強をしているんですよね……以前言ってましたから」

「あーそうだったか。あの……写真と音楽を取る……あれを作れるのか……」

「私たちがあの魔道具の写真……に入ってましたね」

「俺は何か取られたのではないかと心底肝が冷えたぞ」

「私もです。とても恐ろしかったです」


 スマホに写真を撮られたときの状況が堪えた様子。自分が訳の分からないものに吸い取られたと感じたのだ。

 正直『風景を切り取る』の意味もわかっていない。


「そしてあの音楽……音もそうですが演奏……聞いたことないですね」

「貴族や王宮の連中が演奏家を抱えてたような気がするが、あんな感じのものだったかな」

「それがあの中にあるんですね……」

「ある……あるのか?」


 会長は自分で言っている言葉の意味がよくわからない。カルミスもため息をつく。


「ちゃんと聞けたらいい演奏なんでしょうが、そんな余裕なかったです……」

「そうだな。音が鳴っていた事しかわからなかった……」

「ティアラの皆さんも初めて聞いたみたいですね。驚いてましたから」

「ああ、だがすぐに落ち着いてたな。もうそういうのが日常なんだろう。タランも言っていた――『毎日が驚きの連続だ』とな」


 彼女は落ち着こうとお茶を口にする。


「毎日あんな驚き食らっていたら、身が持ちません」

「まったくだ……」


 そしてカルミスは鞄から『紙風船』と『折り鶴』を取り出す。


「『紙飛行機』でさえすごいと思っていたんだがな。それはもうなんていうか……なんだ!」


 表現できる言葉が見つからない。

 彼女は瑞樹から教わった『紙風船』の戻し方を再現、穴に向かって息を勢いよく吹きかける。

 するとポンッと『紙風船』が再び膨らんだ。

 会長はじっと見ながら呟く。


「なんなんだ……フーセンって……」


 この世界に風船は存在しない。なので言葉の意味がわからない。

 続いて『折り鶴』の羽根を広げて鶴の形にする。


「どうやったら紙一枚を折るだけでそんなことができるんだ……訳がわからん」

「分解したら確実に戻せませんねー」

「分解の仕方がそもそもわからんだろ」

「……ですね」


 2人ともいただいた『折り紙』が折られる様を目の当たりにして驚愕した。日本はすごいのだなと。

 商品なり販促品にしたい欲求はなくはないが、手を出すのは止めとこうと考えている。

 というより『紙飛行機』を販促品にしたのを後悔していた。


「他店の真似して『紙飛行機』を販促品として扱ったのはマズかったな……だいぶ機嫌を損ねている風だった」

「ですが勝手にする分には気にしないと言っていましたし、問題ないと思いますよ」

「だが領主の名前が出てきてたぞ! 次席執事が来て大騒動だったと……」

「あー……」


 さすがにその名前は想定を遥かに超えている。へたをすれば商売全体に影響が及びかねない人物だ。

 カルミスは領主と何があったのか聞けばよかったと後悔した。


「トラブルに関しては早急に調べます。うちが関わってたら大問題です。ティアラに迷惑をかけないように注意しつつします」

「そうだな。これは確認しといてくれ。なんなら調査い――」


 そこまで言いかけてファーモスは押し黙る。

 瑞樹に調査員のことを知られたからだ。


「『シャボン玉』の件を急いだのはかなり痛いミスでしたね」

「いまさら言っても仕方がないが、今後彼を調査するのはなしだ」

「はい」


 ファーモスは深呼吸してお茶を一気に飲んだ。


「彼の知識は我々の遥か上を行っている。それがわかっただけでも今回の食事会は成功と捉えよう」

「はい」

「おそらくどの商会も彼と接触はしてないはずだ。あれば必ず動いてる」

「ですね」

「それに彼は言ってただろ。『日本ではシャボン玉も売ってる、折り紙も売ってる、作り方も売ってる』と。ネタとしては間違ってないんだ。彼の知識は商品になる。ただ彼は関わらないというだけでな」

「ですがそこをつつくとまた……」

「だからだ……そういうの以外を彼から引き出せればいいだろ。帰り際言ってたじゃないか。何か『熱の出るもの』を探していると……」


 彼は何か作りたがっている……カルミスはその話を思い出す。


「たしか……『フロ』と言ってましたね。体が入る大きな桶がどうとか」

「それそれ。『フロ』が何かまだよくわからないが、とにかく熱を出すものの情報を彼に渡せば、またいい話ができるはずだ」

「うちに見学に来たいと言ってましたからね」

「おう。だから彼の欲する情報を提供できれば、きっと何かすごいものを考えてくれるはずだ」


 2人とも瑞樹との付き合い方に光明を見出す。

 彼は自分たちにない知恵を持っている。そして知的探求心も高そうだ。

 何か提示すれば金になるアイデアを出してくれるかもしれない。

 紙を折っただけの代物ですらすごいのだから。


「まず早急に領主とのトラブルについての調査と、『熱の出る物』の情報集め、折を見てうちの見学への招待と『フロ』についての聞き取りですね」

「うむ。彼は絶対によそに取られるようなことがあってはならん。『紙飛行機』の販促も即刻中止だ」

「わかりました」


 2人は前回の調査の件に触れる。


「グレートエラスモスの件、彼を『諜報員』だの不審人物扱いしてたのはとんでもない誤りだったな」

「ですが今日のあれは十分不審人物ですよ」


 カルミスの指摘に何となく同意する。いい意味で不審人物だな……と。


「私は今日のことで確信しましたよ。彼は絶対グレートエラスモスの討伐に関わってます」

「あー間違いないな。さすがに単独は無理でも倒す知恵ぐらいは出してそうだ」


 カルミスがしばし沈黙する。


「単独……無理ですかね?」


 会長が唖然とする。


「いや~さすがに無理だろ……。えっ、倒せるか?」

「ど~でしょう」


 素材鑑定の話の際に何かと口を出していたことを思い出す。

 最初は『上司を差し置いて生意気な新人だな』と気にくわなかったが今ならわかる……実は彼が主役だったんだなと。

 だからタランはいちいち彼に確認していたのだ。

 そしてだんだん瑞樹の事情が読めてくる。


「彼が大っぴらにしないということは触れてはいけないということだろう」

「普通なら大々的に喧伝しますもんね。彼はとにかくバレたくな――あー……それであの所属不明の冒険者たちですか!」


 カルミスが先に気づき、ファーモスも「そういうことか」と彼女を指さす。


「依頼のでっち上げも税金云々より、彼の存在を消すためか」

「でしょうね。うちにバレないように話を作り上げた手腕もすごいですね。今日の出来事がなければ気づきませんでした」


 そして確信する。


「その冒険者はいないってことですかね……となると1人で倒したってなりますよ!」


 カルミスの指摘に会長は唖然とし、一瞬沈黙したのち2人で爆笑した。


「トルビス絶対信じないぞ!」

「鼻で笑われそうです」

「まあ実際誰も信じないな。だがそれくらいのことはしそうな人物だということだ」

「そうですね」

「いろいろと秘密にしたいこともあるようだ。触れたらダメなことは見ないに限る」

「はい」


 グレートエラスモスの件では大儲けをさせてもらった。

 彼との付き合いは金になる。

 食事での会話でも、儲けに関することより魔法のことを知りたがっていた。

 そっち方面で協力できればうちとしても恩恵に預かれるはずだ。

 彼は立ち上がって手紙をしたためようと机に向かう。


「タランには俺が折を見てきちんと瑞樹の件を謝罪しとく。カルミスは情報収集の件、頼むぞ」

「わかりました」


 彼女はティーセットを片付けると部屋をあとにした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おー、冷静になれば色々察することのできる有能人材じゃないか。 流石商会を率いているだけあるな。 ちゃんと機嫌を取りつつ上手く付き合っていければ良いね
[一言] 圧倒されっぱなしだった食事会から時間を置いたら冷静さが戻ってきておおまかな事情を察してくれたみたいですね〜 やっぱ今後も付き合っていきたい方達ですねえ
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