71話
食事も済んでティータイム、お茶が運ばれてきた。
マグネルの2人はカップを持つ手がプルプル震えている。
「なるほど……」
ファーモス会長は自嘲気味に笑っている。精神的ダメージを負った様子だ。
カルミスさんも涙目だ。相当怖かったのだろう。
「話は変わるんだが、先日冒険者がティアラのギルド内で『飛んでいる玉』を見たと聞いたんだ。それは何か教えてくれないか?」
「ああ…そっちですか。んー……」
んー妙に情報に聡いな……何かひっかかるな。
「あれ? これってつい最近の出来事で、しかも室内で冒険者も少なかったんですがよくご存じですね……。わざわざ誰かに聞きました?」
これにはうちの職員全員敏感に反応した。
「ラッチェルちゃん来たのいつでしたっけ?」
「えっと……2週間前ぐらいですね」
ラーナさんとリリーさんがあの日のことを思い出している。
主任がファーモス会長を見るが、その目が疑念に満ちている。
「実は今日呼ばれたのは紙飛行機の件かなとミズキさんと話していたんだが、それが目的だったか……」
「何?『シャボン玉』のこと? 瑞樹さんあれ面白いよねー」
キャロルが空気を読まずにネタばらしする。
俺は思わず吹き出してしまい、他の3人はキャロルをじろっと睨んだ。
「まあいいですが……『シャボン玉』のことを知りたいんですか?」
会長は、俺を調査していたことに気づかれたなと悟った様子。素直に今回の目的を話した。
「つまり『紙飛行機』の件で他社に後れを取ったので、今回はいち早く物にしたいと動いたわけですか……」
「そうだ」
「なるほど……そういうことでしたか」
要は、紙飛行機を他社同様、販促に使いたかったが出遅れたのが悔しかったという。
どうやら紙飛行機はおまけとしてかなり好評だったようだ。それで商人どもが目の色変えてティアラに来たわけか。
まあ商人だからな……気持ちはわからんでもない。
主任が若干呆れつつ会長を見つめてる。少しバツが悪そうだ。
俺としてはスマホでなければ何の問題もない。
写真撮られてビビっている程度では何の情報も持っていないのは明白。好奇心より恐怖心のほうが勝ったようだしな。
あ……買い物帰りにつけられたのはこれかな。
おそらくシャボン玉のときも外から覗かれてたとか……そんなところだろう。時期的にも合うな。
尾行に関してはずっと暴漢ではないかと警戒していた。
だが単なる調査だとわかり、むしろホッとした。
俺は手元にある、おしぼりサイズの布巾を手に取り、『おしぼりうさぎ』を作りながら話をする。
「石鹸、ご存じですよね? あれを水に溶いてかき混ぜると泡ができるんですね。それを細い管で吹くと泡の玉ができて空に浮く。それを『シャボン玉』と言います。ただそんだけの代物です」
俺が手元で作っているものが気になってて説明が頭に入っていない様子。
……で、穴に上の部分を押し込んで……ぐいぐいっと。で、はみ出た2つの角を持ち上げてっと――
「ほいっ『おしぼりうさぎ』の完成っと」
テーブルの上に置くとみんな黙って凝視した。布巾が何かの生物のように見える形になったからだ。
それにキャロルがいち早く反応する。
「瑞樹さん、それ何ですか?」
「ん? うちの国にいる可愛い動物でウサギってのがいるんだが、それを模して作った手芸だな」
「ウサギ……」
「写真で前見せた猫ぐらいの大きさで耳が長いのが特徴だな。たぶんこの国にもいるんじゃないかな。俺はまだ見たことないけど」
おしぼりうさぎに日本の動物の話、会長とカルミスさんは情報過多かな。
「カルミスさん、紙を数枚貰えますか?」
「え? あっはい」
彼女はバタバタっと鞄から書類サイズの紙を取り出した。
俺はそれを正方形に切り取り、折り紙の『紙風船』を作りながら話をする。
「『紙飛行機』は純粋にラッチェル……猫人の子供ですが、彼女の遊び道具として作りました。それが勝手に商人の販促商材になってるみたいですが、俺はそれをとやかくいうつもりはありません。好きにしてもらって結構です。まあそのせいで先日領主の次席執事がうちに来られて大騒動でしたけどね――」
笑いながら『紙風船』を折り続ける。
「『シャボン玉』もさっき言ったように水に石鹸溶いたら作れるものなんでね、大したもんじゃないんですよ。うちの国でも商品にはなってますが子供のおもちゃだし、誰でも作れますしねー」
と話しながらペチャンコ状態の『紙風船』が完成する。
「じゃあ行きますよ」
下の穴が空いてるところに息をフッと吹きかける。
するとポンッと膨らんだ。
「うぉお!」
ファーモス会長は驚いて思わず声が出た。
みんなも潰れていた紙がいきなり膨らんでびっくりしている。
そして俺は『紙風船』を手でポンポンと跳ね上げてみせた。
「瑞樹さん、それは何?」
「これは『紙風船』と言います」
キャロルは、次から次に繰り出される物が面白くてしょうがないみたい。めちゃくちゃ笑っている。
そして最後、折り紙の鉄板ネタ『折り鶴』を作り始める。
「うちの国の遊びにですね、『折り紙』っていう、紙を折っていろんな物を作る遊びがあるんですよ。これの肝はですね、『紙を切らずにただ折るだけ』で形を作るところにあるんです。私も小さいころに結構ハマりましてね、いろんなもん作って部屋中飾ってました。商売的には『折り紙』用の専用の紙ってのがあってですね、正方形のいろんな色の紙が束になったものが売られてました。あとはこういう折り紙の作り方を書いた本ですね、そういうのも売られてました。まあでもそんなの無くても適当な紙でみんな作りましたし、教えてもらったら簡単に作れますしね」
話しながら最後のくちばしのところを慎重に折り曲げて完成。潰れた状態の『折り鶴』だ。
「じゃ行きますよー」
羽根を持ちながらゆっくり広げて、テーブルの上に置いた。
「「「おおぉー」」」
「「「うわぁー」」」
みんな感嘆の声を上げる。
「これは『折り鶴』といいます。鶴という鳥をイメージ……表現してる折り紙です」
みんな『折り鶴』『紙風船』『おしぼりうさぎ』を見に寄ってきた。
「触って大丈夫ですよ」
するとキャロルは早速『折り鶴』の尻尾をつまんで持ち上げた。
「これは飛ばないんですか?」
「あー……これは飛ばないね。置き物として飾るか、紐でたくさん繋いで吊るす感じですね」
「紐? どうやって?」
「真ん中のところに穴をあけて、小さい『折り鶴』をたくさん重ねるんですよ」
「へえ~」
カルミスさんもだいぶ落ち着いたようだ。
「瑞樹さん、こういった知識はどうやって学ばれたんですか?」
「んーさっきも言いましたけど、これ子供の遊びなんですね。なので日本人はみんな知ってます。親とか友達から教わるし……。あとは作り方の本もたくさんありますからそれ読んで覚えますね」
知識の差に愕然とした様子。
「日本ってすごいんですね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
そろそろお開きの時間。『紙風船』と『折り鶴』を再び畳んでカルミスさんに渡す。
するとファーモス会長が俺に謝罪してきた。
「君のことが知りたくて探りを入れてたのは素直に詫びる。申し訳ない」
「いやまあ襲われなかったら別にいいですよ。そっちを懸念してましたから」
あれから警戒して外出控えていたからな。それが払しょくされたのなら問題ない。
主任が口をはさむ。
「前例がありますからね。慎重にもなりますよ」
「そうですね」
「そうか…そうだな。本当に申し訳ない」
会長は俺が襲撃された件は知ってるだろう、実に悪いことをしたと思ったようだ。
カルミスさんも頭を下げていた。
あまり恐縮されても空気が悪くなるな。話題を変えるか……。
「今度はマグネル商会をぜひ見せてくださいよ。探してるものとかちょっとあるんで……」
「ん? 探してるものとは?」
「んー魔道具でもなんでもいいんですが、簡単に熱を出せる物が欲しいんですよ……火とか。水を沸かせられる物が」
主任が不思議そうな顔で俺を見る。また何か騒動起こすんじゃないかと思われてるのだろうか……。
「何に使うんです?」
「いやー竈で料理する気にはならないのと、いい加減風呂に入りたいのでそういうのがあれば作るアイデアが浮かぶかなーと」
俺が料理できると聞いてリリーさんが驚く。
「瑞樹さん、料理できるんですか?」
「まあ自炊ぐらいは普通にできますよ。ただ竈でしたくないだけです」
「風呂って何ですか?」
「あーっとですね、人が入れるぐらいの大きな桶にお湯を入れて、体を洗ったり温まったりする道具です」
ラーナさんが風呂に興味を持った様子。
「いい加減、水被ったり布で体拭くだけなのに限界を感じているので……」
ファーモス会長はカルミスさんに尋ねた。
「うちの魔道具にその手のものあるか?」
「いやーちょっと思い当らないです」
やっぱり『火』系の魔道具はないのか……かなりがっくりだ。
「まあ、薪で焚く風呂の設計はあるんで、そのうち工房みたいなところを紹介していただくかもしれません。そのときは御助力いただければ……」
「ああ、ぜひうちを見に来てくれよ。君の意見がすごく聞きたい」
最悪『五右衛門風呂』か『ドラム缶風呂』みたいなのでもいいのだ。鉄の大釜でもあれば確保したい。
今日を機会にマグネル商会とお近づきになれたのはよかったと思う。
そして2人はやっと緊張が解けたようで、明るい笑みを浮かべた。
帰りの馬車でキャロルにスマホとイヤホンを渡す。
「ここの画面のこれがジャンルつって、種類の違いで音楽を分けてあるんだよ」
「うん」
「字は読めないだろうけど、適当に選んでけばいろいろ流れるから。やってみて」
「わかった」
最初、もやもや動く画面にびっくりしてたけど、すぐにボタンの意味を理解し、シークバーで曲の場所を動かすまでになる。
こういうとこの適応力がハンパないな、キャロルは……。
するとしばらくして主任が下を向き、堪えるようにクククと笑い出した。
目にしたリリーさんも、何となく察した様子で俺に目を向ける。
「いやー今日のミズキさんの、ファーモスへの仕打ちが圧巻すぎて……」
「そうですねー、たしかに今日は尋常じゃなかったですねー」
「ありゃ相当堪えてたな。今度揶揄いに行ってやろう」
「しゅにーん!」
ラーナさんがほどほどにという感じで苦笑いしていた。
「わぁぁ! これすごーい!」
そう言ってキャロルが体を捻ると、膝に置いてた手にイヤホンコードが引っかかって抜けてしまった。
すると馬車の中に『第九』の合唱が鳴り響いた。
「「「キャロルー!」」」
俺は思わず吹き出して笑った。
投稿から2ヶ月が経ちました。
皆さんの読んでいただけてとても感激しています。
いよいよ物語が佳境に入っていきます。
ぜひ期待していただければと思います。
というわけでブックマーク、評価の5つ星をよろしくお願いします!