7話 ギルドに就職
業務終了後のギルド長室。
「彼を雇いました」
「そうか」
ロキギルド長はタランの報告に少し驚いたが反対はしなかった。
「得体の知れない奴だが興味を引かれたか……やはりあの箱か?」
「最初はそれでしたが、話をしたらその……凄かったので」
「何だ…凄いって」
彼は勧誘後の会話の内容をわかる範囲で説明し、ギルドで見せてもらった紙幣の話をした。
「ん? 紙の通貨?」
「はい。紙の通貨です」
ギルド長は書類を1枚摘まんでひらひらさせる。
「紙ってこの紙か?」
「はい。その紙です」
「見たのか」
「実際触りました」
ギルド長は紙が通貨になる意味が理解できない。
紙は破れるし燃える。濡れると字も滲んでしまう。
「あれじゃないのか? 借用証書とか貸付証書とか……そういう支払い代行の書類を見せたとか……」
「いえ……これくらいのサイズの紙に人物の絵が右に描いてありました」
両手で括弧を作って大きさを示した。
「人物って国王か」
「いえ。それが……学校を作った人物と、病気の研究をした人物だそうです」
「……学校? ……病気?」
「違う色の紙幣を2枚見せていただきました」
ますますわからず困惑する。色が違うとはどういう意味だ!?
「王族ではないのか」
「国王ではないと言ってましたがわかりません。偉い人……とは言ってました」
ギルド長は腕を組んだ。
「病気の研究で肖像……か」
「たくさん人が死んだ病気の研究だそうです」
「ふーん……」
通貨の肖像になるというのは王族以外にあり得ない。
ギルド長は自分が知っているいくつかの大事件を思い出そうとした。
「……ダイラント帝国で発生した病、あれ確か古代魔法の暴走が原因だったな」
タランもその発言で思い出す。
「遺跡探査で起きた事故でしたか。体が朽ちて辺り一帯の村が全滅したとかいう……ですがそんな凄い病気というのはさすがに――」
彼は言いかけて思い出す。
「そういえばその人物は勲章を貰ったと言ってました」
「ふーむ……帝国では解明できずに情報隠蔽しようとした病だ。まあ結局漏れたがな」
「ではニホンではその病気を解明したと?」
「……じゃないのか?」
勲章貰って肖像となると、国を救うぐらいの功績があって王族と結婚……このルートだな。
ギルド長は机に目を落としながら考えていた。
「王都の魔法学校は王立だな」
「はい。――あっ! 確か…凄い学校と言ってました」
「ふむ……王立の魔法学校に匹敵するかそれ以上なんだろう。そして古代魔法を解明した人物も当然その学校の関係者……最高位の教授とかだろう」
「おおー!」
タランは思わず感嘆の声を漏らす。
「そして彼は学生だという。あの小箱を作る学校――王立に匹敵する学校……間違いなくそこの出だろう」
彼は道中に聞いた話がさっぱりわからなかったことを思い出していた。
「もしかして彼はその肖像の人物達と懇意なのでは?」
「懇意って……王族ってことか?」
「さあそこまでは。でも物言いや態度は庶民じゃあないかと……」
2人はまた押し黙った。
コンッコンッ
突然のノックに2人はドキッとしてドアに視線を移す。
「どうぞ」
「失礼します」
ティナメリル副ギルド長が顔を見せた。
彼女はタランとロキの密談の様子を見て、またかという表情をする。
「今度は何です?」
「タランが昨日言ってた人物を職員として雇ったという話をしていたのだ」
彼を一瞥すると、興味なさげに向き直る。
「そうですか。ロキ、決裁処理をお願いします」
「わかった。あとで見とく――」
「あとで!?」
机に置いた書類を左端にやろうとする仕草を見て一喝!
彼女の威圧にギルド長は言い直す。
「あーわかったわかった。今見る見る」
宿題やってなくて怒られた子供のように書類に目を通す。
「なあティナメリル、紙の通貨って見たことあるか?」
彼女は考える。だがしばらくして首を傾げた。
タランは黙っていたが、彼女がゆっくり自分に向いたので慌てて指で大きさを示す。
「これくらいの紙に肖像が書いてある通貨です」
ティナメリルはしばらくじっと見ていたが、向き直って「知りません」と答えた。
「そうか」
小言を言うティナメリルでも紙幣を知らないことにおかしさを感じつつ書類の決裁を通した。
◆ ◆ ◆
翌日、タラン主任に新入社員として紹介された。
「御手洗瑞樹です。瑞樹と呼んでください」
ギルド店内で朝の朝礼。
主任の横に並んでギルドの職員に挨拶……だが職員は8名しかいない。
少なくないかと主任に聞いたらすぐに教えてくれた。
「朝礼は部門ごとなので」
言われてみると、昨日買取のとこにいた男性も、薬草の代金を持ってきてくれた男性もいない。
そして朝礼も毎日やるわけじゃない。
必要であれば適宜やるスタイルだそうで実に効率的。
しかも始業も8時から9時の間に準備できてたら開けるという適当さ。
この国のアバウトさに少し面食らう。
受付担当は女性3名。
年長順にラーナさん、リリーさん、キャロルさん。
ラーナさんは黒紫のセミロング。
たれ目で見た目おっとり系お姉さん。
リリーさんはベージュのショート。
利発な女子大生といった雰囲気。初見で泣かせてしまった俺は心証マイナス。
キャロルさんはミルキーブロンドのストレートポニー。
元気っ娘でとても明るい。ギャル感が漂っている。
個人的な印象だが3人ともミスキャンパスとかに出たら必ず優勝するレベルの美人。
女性免疫おこちゃまの俺には笑顔が眩しすぎ。
しばらくドギマギしそうだ。
経理担当は男性3人。
イケメンのガランド、小太りのロックマン、糸目のレスリー。
何だか3人お疲れの様子。
購買担当が男女2名。
マッチョの大男オットナーさん、彼を尻に敷いてそうなミリアーナさん。
まんま海外プロレスの選手とマネージャーコンビだ。
タラン主任は店頭の統括。
買取の統括も兼ねているのでそっちに行っているときもあるとのこと。
ロキギルド長はここの2階にいて一番偉い人。
なおギルドの3階は宿泊用の部屋だそうだ。
そして副ギルド長が統括している別棟がある。
ギルドの財務関係を扱っている部署だとのこと。
ちなみに別棟が元々ギルド本館だったそうで、今いる建物が新館なんだそうだ。
見た目ここもだいぶ年季の入った建物だぞ。別棟どんだけ古いんだ?
しかも何と副ギルド長はギルド長より古株だそうだ。
長年ギルドに仕える執事的な立場かなと想像する。
主任から「近いうちに紹介します……」と何やら含みを持たせて言われた。
彼のそのうっすら笑みを浮かべた態度が気になる。
ギルド長があれだったんで次は見た目怖くない人を期待したい。
ちなみに主任が俺の名前を呼ぶイントネーションは『アロハ』のそれである。
他の人は正しく覚えたのに直らない人は直らないよな……。
◆ ◆ ◆
初日の就業開始。主任からいきなり質問を受ける。
「計算はお得意ですよね?」
「どの程度を求められるのかわかりませんが、普通に足し算引き算はできます」
そんな話は一度もしていないのに確信を持っている様子。
すると経理業務を用意された。男性3人と同じ仕事だ。
店内から見て受付嬢の左斜め後ろに4人一塊で島を作って作業している。
島は受付に対して横向き、キャロルさんに一番近い位置がレスリー、彼の正面がガランド、右隣がロックマン。
でロックマンの前が空いている――
そこが俺の席だ。
経歴順はガランド、レスリー、ロックマンとのこと。
肩書は無いがガランドが経理のリーダーだ。
実は1ヶ月前までもう1人いたのだが、諸事情でやめてしまったのだそうだ。
そして折り悪くベテランさんだったようで、若手3人残されて業務が滞り気味らしい。
それでお疲れの様子だったのか……。
「算盤は使えますか?」
渡された算盤には珠が10個ある。
この国の通貨は四進数だったはずなのに珠は10個……それ十進数用じゃないのかと首を傾げる。
「うーん……私が知ってるのと違いますし、そもそも算盤使わないですし……」
「初日なので気にせずゆっくり理解してください」
主任はあまり気にしない様子で書類の束を俺の机に置く。
そう言い残して自分の席に戻った。
経理の3人もわからないことは聞いてくださいと親切に言ってくれた。
まず通貨についてガランドに質問すると、俺が異国の人だと今更気づいた様子。
言葉がまるで違和感ないそうだ。
俺から銅貨と銀貨の枚数の話を切り出したら理解していることに驚いてた。
要するに4枚で1つ桁が上がるというわけ。やはり四進数だ。
足し引きの各項目の意味を聞きながらしばらく手計算で行い、合っているかのチェックを見てもらうとOKだった。
「うーんパソコンが欲しい……」
思わず愚痴が出る。つらい……本当につらい。
文句を言ってもしょうがないので筆算で計算――高校以来だ。
しばらくして3人は俺が何を書いているのか珍しそうに見てた。
そして今更気づく。
『この国って数字なの?』
ローマ数字、漢数字、ゼロの概念はあるのかどうか……。
自分は普通に数字で計算してるが彼らにはどう見えているのだろうか。
筆記具は羽根ペンとインク――マジマジとペン先を見る。
なるほど……羽根先切って万年筆の要領で使うのか。
高校の頃にモテたくて万年筆を買い、学校で使ってまったく注目を浴びずにすぐ止めた痛い思い出がよみがえる。
思わず口元がギュッとなる。
紙にペン先を当てて感触を確かめる。
金属じゃないから力入れ過ぎたらバキッと折りそうだ。
初見でこれは難しい。辛さに拍車が掛かる。
ボールペンはあるのだがどうせ慣れないといけないのだろうと我慢して使う。
しばらくして筆算で1枚使ってしまった。
そういえば紙の価値はどの程度なのだろう……。
周りを見ると、紙自体は普通に流通しているように思える。
通路の棚には紙が積んであるし、冊子が詰まった本棚もある。
だが紙の無駄遣いがいいとは思わない。初日だし慎重にいこう。
ウエストポーチから筆箱を取り出す。
計算は鉛筆で記述、済んだら消しゴムで消して紙を再利用する――という形にしてみる。
なおウエストポーチは今までの肩掛けでなく、仕事中は本来の腰――自分の正面腹の下にしている。
俺が使っている道具に気づいた3人は、文字を書いては消している作業に驚いていた。
「……それは何ですか?」
正面のロックマンが聞いてきた。
「鉛筆と消しゴムです」
「インク使わないの?」
「使いません。黒鉛で書いてゴムで消します」
「消せるんですか?」
「ええ。だから公式文書には使いません。サインとか消せちゃいますから」
レスリーとガランドも文字が消える様子を不思議そうに見てた。
3人とも先輩なのにめっちゃ敬語。タメ語でよろしくてよ……。
1日目が終わり、主任がガランドに様子を聞いていた。
「どう?」
「そうですねー……」
机の書類の束を見ながら答える。
「異国の人なのに通貨について理解してたのと、計算がとてもできる人のようなので安心しました」
済ませた書類の束は一番遅いロックマンの半分といったところ。
「初日でこれなら十分でしょう。すぐ追いつきますよ」
彼はふむふむといった様子だ。
「ただ――」
ガランドが興味を引いた内容を話した。
「算盤使わずに手書きで何か……図を描いて計算してましたね」
「図?」
「はい。でもそのうち何か字を書く程度になって、終わり頃はあまり何も……かなり計算早かったです」
主任は計算で図を使うって意味がわからなかった。
「図って何?」
「あー書いてた1枚持って帰られたみたいでここにはないです」
「1枚?」
ガランドは鉛筆と消しゴムについて説明した。
「それが……書いた字を消してました」
「ん?」
「字……消してました」
主任は彼の説明に、まだ自分達の知らない道具を持っているのだなと興味津々だった。