69話 ファーモス会長との食事会
ギルドには毎日十数通の手紙が来る。
依頼や仕事の問い合わせだったり、会合やパーティーの出席案内、他店や商会との情報交換など様々だ。
大体がギルド宛、ギルド長宛、副ギルド長宛で、たまーに個人宛が来る。
そして今日届いた一通の中に主任宛てがあり、送り主はマグネル商会からだ。
主任が俺を呼んだ。
「ミズキさん、ちょっと……」
「はい?」
席に向かうと手紙を俺に差し出した。
「え、俺? いいんですか?」
「ええ」
何だろうかと目を通す……。
マグネル商会のファーモス会長が、俺と食事がしたいので段取ってくれないかという主任へのお願いだった。
「何ですこれ!?」
「そのまんまでしょ。あなたと食事がしたいと……」
露骨に嫌な顔を見せる。
「しゅに~ん。これ先日の次席執事と同じ感じな気がするんですけど……」
「私もそう思いますねー」
主任は笑みを浮かべてはいるが処理に困っている様子。どうやら俺に判断をまかせているようだ。
会社勤めは異世界が初ではあるが、上司から部下にどうだろうか……とのお伺いである。
そんなもんイエス以外答えはないんじゃなかろうか……。
しかしだ、付き合いのない人と食事をするというのは正直楽しくないし碌なことにならない気がする。
知らないうちに何か取引的な言質を取られかねない。相手は商人だしな。
そんで大体綺麗なお姉さんがいるもんだ。
免疫がないのでハニトラ仕掛けられたら確実に引っかかりそう。
……てか俺1回引っかかってるしなー。国際百科事典買わされちゃってたし……。
マジで行きたくない。
だがマグネル商会とは魔獣の取引で便宜を図ってもらったところだ。縁がないわけではない。
先日顔見せはしているがそれだけで呼ばれる理由は普通ない。
となると『紙飛行機』か『魔道具』かのどちらかだろう。
紙飛行機作れならまあ許諾しなくもない。スマホは単純に断りゃいい。
主任は会長と個人的に馴染みなので断りづらいのだろう。
手紙を見せたのは一応お伺いを立てて『できればお願いしたい』という意味だろうな。
いろいろと便宜を図ってもらったし、ここは素直に応じよう。
「まあ……飯食わしてくれるってんなら別にいいですけど……これ俺1人ですか?」
「向こうも1人だけ招待とは思ってないでしょう。私も行きますよ」
「……野郎2人かー」
主任はそれを聞いて、はたと思いつく。
「あっ、じゃあうちの女性も付けましょう」
「付けるって言い方……てかそれも迷惑でしょ。知らない商会長と食事なんて……いいですよ。主任と2人で」
「いや、どうせなら彼女たち3人も食事に招待してもらうぐらいはいいと思う……いやさせよう!」
主任は遠慮なく金を払わせる気でいる。
おそらく馴染みだからだろう。それはそれで仲のいい証拠だろうな。
主任は彼女たちにマグネル商会会長との食事会の同伴をお願いする。
すると彼女たちが俺のほうを見やる。
何とも品定めをされてる気分……「遠慮します」とか言われたら心がポッキリ折れちゃうなー俺……。
だが俺の懸念は瞬時に消し飛んだ。
3人とも問題ありませんと頷いた。
ラーナさんとリリーさんは仕事と割り切ってる感じ……よくあることなのかな?
キャロルはみんなとの食事が単純に嬉しいようでこっち向いて笑ってくれた。かなり嬉しいな。
そういえば女性とお食事なんて久しぶりだな。内心ちょっとドキドキだ。
「俺との食事が5人になっても大丈夫なんですかね?」
「ダメなら断る」
「強気ですねー」
「ファーモスもこれくらいは織り込み済みだろう」
ということで、招待を条件付きで受けると手紙で返事した。
2日後の夕刻、ギルド前に馬車が一台到着した。
マグネル商会が手配した馬車だ。
ギルドを出るときロックマンが羨ましがったが、「じゃあ代わるか」と言うと断ると首を振る。
そのやり取りにみんな笑った。
着いた先は食事処ではなく宿屋だ。
富裕層向けの地区にある3階建ての少し高そうな感じ。
「宿屋ですか?」
主任に聞くと、人数多めで個室となると大体こういうところになるのだそうだ。
商人的にはそのまま泊まれるところを好むという。
まあホテルでの会食ってのは日本でもよく聞く。遠方の客はそのまま宿泊できるからだろう。
部屋に案内されると、ファーモス会長と秘書のカルミスさんが出迎えてくれた。
何となく会長がご機嫌な様子に見える。
「いよ~タラン! 今日は招待を受けてくれてありがとう」
「こちらこそ招待ありがとう、ファーモス」
2人は握手したのち、ハグして肩を2回ポンポンと叩いた。
ファーモスが女性3人に挨拶をし、最後に俺に挨拶をする。
「御手洗瑞樹さん、今日は招待を受けてくれてありがとう。君と話がしたくてタランに頼んだんだ」
「いえこちらこそ、お招きいただきありがとうございます。あと瑞樹で結構です」
「わかった」
席次は左手上座からファーモス、カルミス、ラーナ、キャロル。右手上座が俺、主任、リリー。
普通は主任が上座だが、今日は俺が主賓なのでファーモス会長の対面に座る。
とはいえ面識のない社長との会食なんざ何しゃべっていいやらわかりゃしない。
ぶっちゃけ会話のマナーとか知らないしな。
勝手にしゃべるとボロが出そうだ。聞かれたら答える的なスタンスでいこう。
服装はというと、うちの女性3人の私服はとてもおしゃれ。
今日は会食があると知らされてたためか、ワンランク上の私服で出社してきたようだ。
中流階級っぽさを感じる装いでとても素敵だ。
主任も服装も、現代のほどではないがきちっとしたスーツを着こなし上司然としている。
相手方のファーモス会長は恰幅がいいのでいかにも社長という感じ。
秘書のカルミスさんは白のブラウスにタイトスカートが超似合ってる。仕事できるお姉さん感が完璧だ。
そして俺はというと……まさに庶民。
くすんだ白地のポロシャツに茶色の褪せたよれよれズボン、それに腰にウエストポーチである。
まだTシャツとジーパンのほうがマシだったかもしれん。俺だけ貧相に浮いている。
いやだってお呼ばれするなど微塵も予想してないからそういう服装も持ち合わせていない。
というより「食事のために服を用意する」という考えがあまりない。女性とデートとか……その……な。
2度出かけて2度死にかけて、服を台無しにしてしまったことも起因していた。
いつダメにしてもいいような服を着るようになっていた。
フォーマルな服を用意しておかなければいけなかったのだな……付き合ってくれた女性陣にも失礼だ。
社会人的な感覚がまったく育っていないことを反省した。