68話
アルナーは事の次第を説明した。
そしてそれを聞いた俺と主任はほとほと呆れていた。
「そんなん知らんがな……」
事の次第はこうだ。
2ヶ月前にギルド前で流行っていた『紙飛行機』が、現在は隣の領都バララト市にまで伝わっている。
彼が言うには、商人が領主の所に商品を卸す際に紙飛行機をつけて渡したらしい。
それが領主の子供の手に渡り大喜びで遊んだそうだ。
だが飛ばし方が下手だったのだろう……数回遊んだだけで紙飛行機がグチャっとなってダメにしてしまう。
それで子供が駄々をこねて大変な騒動になってしまったらしい。だがその場は何とかなだめて済んだ。
ところが時を同じくして、その子が行く学校で紙飛行機が爆発的に流行ってしまう。
彼は自分の紙飛行機がなくて悔しかったのだそうだ。
じゃあ作れる子に作ってもらえば……と思うのは大人の考え。子供には子供の事情がある。
いわゆる仲間外れだの派閥だのというやつだ。大人でも子供でもある話。
そこでご子息の紙飛行機を手に入れるため、アルナーが奔走することになった。
最初は商品を卸した商人に替えを貰いに行くが、その商人の紙飛行機も実は貰い物だった。
彼はフランタ市の商会の商人から手に入れたということでその商会に行く。
ところがその商会では紙飛行機の作り方を覚えても上手に作れる人間がいなかった。なので遊んでた子供に頼んで作ってもらってたそうだ。
こうなると当然どの子供だかわからない。しかもこの世界の子供は働いていて、いつも遊んでいるわけではない。
さらにフランタ市ではブームは過ぎていて紙飛行機で遊んでる子も減っていた。
アルナーは運悪く遊んでいる子供を見つけられなかった。
そして最終的に紙飛行機の出所はティアラだと突き止めてやってきたのだそうだ。
ずいぶんご苦労なことである。
「で……どうしたいんです? 私が紙飛行機を作って渡せばいいんですかね?」
「いえ、それではまた壊れたときに替えが利きませんので、私にぜひご教示頂ければと……」
「あー……」
俺と主任は見合わせると苦笑い。
「いやーおそらく無理ですよ」
「え?」
折り紙で遊べる人間には信じられないだろうが、『紙を折る』という作業は、やったことのない人間にはとてつもなく難しい行為だったりする。
たとえば学校の1クラス30人に『折り鶴』の作り方を教えて作らせた場合、綺麗に作れる人間は10人もいれば優秀なほうだ。中には作れない人間もいる。不器用とか大雑把とかいう手合いだ。
そしてネット記事などで『外国人に折り鶴を作ってやったら喜ばれた』という話を読んだことがあるかと思う。『紙を折る』という文化があるのは日本だけだ。
他国の人達は紙を折ったことがないので教えてもうまく作れない。失礼な言い方をすると5歳児レベルの所作なのだ。
『端をそろえる』『角を尖らせる』『紙を二重に折る』『折り返す』等の作業が上手にできない。
ましてここは異世界――飛行機が存在しないから『羽根の角度』だの『左右のバランスが大事』などという意味すら理解できない。
俺がこの世界の人たちが紙飛行機を上手に作れないと知ったのは、他の職員に手ほどきした時だ。
うちのギルドの職員で上手に作れるのはキャロルだけ。
しかも彼女には教えてないし、自分で勘所を掴んでちゃんとしたのを作れるようになった。
実は彼女は相当に優秀な人材だと思う。
なので紙飛行機の作り方をこの世界の人に教える……ということは非常に面倒くさいのだ。
「とはいえしょうがないな……わざわざ来たわけですし」
アルナーもここまで来る事情もあったのだろう。
領主の子供となるとそれなりにいろいろとご機嫌取らないといけないのかもしれない。次席執事って肩書も偉そうだしな。
それにここで断って「じゃあお前死刑!」とか連れていかれる可能性もなくはない。
この世界の政治体制がわからないし、主任が慌てて俺のところに来た感じではありそうな気がするな……。
ここは素直に教えるのが吉だろう。
ということで一緒に紙を折りながら指導する。
「じゃあまず紙を二つに折って…………はいダメー」
彼が紙を二つに折ると両端がそろわない。そして何が悪いのかも理解していない。
「これ見て。紙の端、揃ってるでしょ? ちゃんと揃えて折る」
「はい」
一枚でもずれるのに重なるともっとずれる。
「…………ほらそこ、折り返すときに先端がずれるでしょ、ちゃんと押さえて折って……」
「広い広い! こんくらい…2センチぐらいの幅、よく見て!」
「なぜ羽根を縁から出すの!? 下と揃える。これ見て、出てないでしょ」
折った先を揃えるという行為がなかなか難しくて苦労している。
そして一号機完成。しわしわのぐちゃぐちゃだ。
「……覚えた?」
「………………いえ」
「でしょうね」
彼もなぜ自分が作れないのかがわからない。紙を折ったことがない人間にはそんなものだ。
だが俺も何となくやる気が出てきた。
意地でも作れるようになって帰ってもらうぞ。
――そして小一時間が経過した。
紙飛行機をたくさん鞄に詰めた彼と談話室を一緒に出る。
彼は怒られまくって憔悴しつつも、作れるようになってよかったとホッとしている。
「大事な点、忘れないように書いたよね? そこ守って丁寧に作るように」
「はい、ありがとうございました。お礼はそのうち致します」
「そういうのはいいから。仕事や依頼があればティアラをよろしく……って別の街か」
俺も疲れた表情で鼻で笑った。
「事故らないでね」
「はい。失礼します」
彼は馬に乗って急いで帰っていた。
この寒空にご苦労なこった。外套羽織っても相当寒いだろうに……。
主任が申し訳なさそうな顔をしている。
休みなのに呼びつけたことを詫びるが、気にしないでと手で示す。
種をまいたのは自分だ。自業自得な面があるので気にしないと告げる。
「しかしこれ…今後マズいですね」
「何がです?」
「今回領主ですよ。これ数か月後には王都とかにいきません? 嫌ですよ、王都のお偉いさんに呼び出し食らうとか……」
「あー……」
俺はこの発言がフラグにならなきゃいいなーと思っていた。