67話 次席執事アルナー
ティナメリルさんとのお茶会から数日後の週末。
買った本でもゆっくり読もうかと休みを取るが、結局だらだらと昼ぐらいまで寝過ごす。
コンッコンッコンッ
突然、ドアをノックする音がした。
初めての出来事に固まる。
ここはギルドの宿舎ではあるが、玄関口に管理人がいるわけではない。普通のアパートみたいに誰でも来られる。
だが知り合いはギルドの職員しかいない。なので尋ねてくる人もいないはず――
「ミズキさん、タランです。いますか?」
「んあ?――はい? 主任!?」
なんと主任だ。
一瞬無断欠勤したかと動揺する。
「ちょ…ちょっと待ってください」
慌ててドアを開ける。
見ると主任も急いで俺のところに来た様子、息が少し上がっている。
「お休みなのにすみません。実はミズキさんを訪ねてお客さんが見えられまして……」
途端に不機嫌になる。
「……もしかして……アレですか?」
「はい」
腕を組んで入口の壁によっかかる。
上司を目の前にしてとても不遜な態度。やる気がまったくない意思表示を見せる。
「……しゅに~んまたですか? もうしないって……断るって話にしましたよね? しかも今日俺休みですよ!」
寝起きなので感情の抑えが少し利かない。どうしてもキツめの物言いになる。
だがわざわざ休みの日に起こしに来るくらいだ。余程の事情か……。
「……何か特殊な事情ですか?」
「はい」
強く断定する発言、そして主任は困り顔。
主任がそういう場合は大体自分の手に負えないレベルの出来事である。
「マジか……」
俺は大きくため息をついた。
アレとは『紙飛行機』のことである。
ラッチェルに紙飛行機を教えて遊んだのがちょうど2ヶ月前になる。
そして2週間ぐらい経った頃、2人の男が紙飛行機を作ってほしいとやって来た。
どうみても遊びたい連中じゃないよな……と違和感を覚えつつ、「まあいいですけど……」と作ってやった。
すると数日後に別の連中が訪れる。
何と「紙飛行機を10個作ってほしい」と言うのだ。
いかにも調子のいい態度でヘラヘラしている2人、少し癇に障る。
何に使うのか尋ねても「うちの店で~」だの「知り合いの子が~」だのと要領を得ない。
さすがに10個は……ということでそれぞれ1個だけ作ってやった。
しばらくして事情が判明する。
商人たちが紙飛行機を販促商品として扱っていたのだ。
商品のおまけに付けると受けがよく、それで取引がスムーズに進むらしい。
これあれだ……『無料で得たものを転売』する行為と同じだ。
カチンときた。
それには手を貸さないと告げ、ギルドでも断ることにした。
商人が勝手に作る分には知ったことではない。好きにすればいい。
だが俺が作るのは子供の遊び用で、他人の商売のために作る気はない。
ところが断ってからも商人たちは諦めずにやって来る。
何と「金を払うから作ってくれ」とまで言ってきた。
完全に頭にきたので絶対に作らないと追い返した。
それが大体1ヶ月前の出来事だ。
それ以降も紙飛行機を作ってくれと、たまに来る連中を追い返していた――
「実はフランタン領領主次席執事の方が見えられたんです。その……紙飛行機の件で」
「は!?」
何か今……お偉いさんの肩書を言わなかったか?
「領主?」
「――の次席執事です」
「何それ……」
「と、とにかくギルドに来てください」
「……わかりました」
主任がわざわざ休みの俺を呼びに来るぐらいだ。
事情はよくわからないがとにかく着替えてギルドに向かう。
ギルドに着くと、一人の男が待っていた。
いかにも執事という黒の服を着た、俺よりは年上で主任よりは年下かな……という感じの細身の男性だ。
ショルダーバッグを肩に掛け、左わきに外套を抱えている。馬で来たのかな……。
主任が俺を紹介すると、彼は頭を下げた。
「始めまして。フランタン領領主コーネリアス伯爵閣下の次席執事をしております、アルナーと申します」
「……御手洗瑞樹です。よろしく」
フランタン領はマルゼン王国の一領、ここフランタ市もフランタン領だ。
フランタ市は元領都で、今は王都に近いバララト市……だったかが領都である。
領主はそこに住んでいる。
伯爵だの閣下だのという珍しい単語にちょっと反応する。だがあいにく寝起きで驚かない。
しかも俺の営業スマイルは今日は休日だ。
「私に何か御用ですか?」
「実は今、領内で流行っている『紙飛行機』を作られたのがあなただと聞きまして、ぜひ作り方を教えていただけないかと相談に参りました」
思わず主任を見る。
「流行ってんですか?」
「知りません」
「ですよね……」
頭を掻きながらカウンターの方を見やる。
「今日キャロルは? ……ってキャロルも休みだっけか」
間の悪いことにキャロルも今日はお休みだった。
彼女に紙飛行機を作ってもらえば済んでた話かな……と一瞬思う。キャロルは上手に作るからな。
ただギルドではもう紙飛行機については扱わない、と取り決めをした。
あーでも領主案件なら主任が頼むか。
「申し訳ないですけど、俺は『紙飛行機』の作り方を教えたことはないんですよ」
「え?」
「人に作ってはあげましたが、作り方を教えたわけじゃありません。彼らが勝手に覚えたんです」
一見屁理屈に聞こえるが、俺は紙飛行機の作り方を教えたことはない。
俺が2回作ったのをキャロルが見て覚え、キャロルが子供たちに作って普及させた。
その後は子供たちが勝手に作り、それを配ったか、大人もどうにか覚えたかでどんどん広がっただけだ。
ラッチェルに作り方の書いた紙はあげたが、あれは特別な行いだ。
「それに子供が遊ぶためなら作ってもいいですが、大人が商売で見せびらかすためには作りません」
「いや、商売じゃなくて領主の――」
アルナーが何か言おうとしたが聞かない。
「主任! 彼にしないと断らなかったんですか?」
「いや……領主の家の方はさすがに門前払いには……」
アルナーが頑張って割り込む。
「商売ではなくて、領主のご子息が欲してまして――」
「は!?」
ふと気づくとかなり目立っている。職員も店内の客も何事かとざわざわしていた。
とりあえず談話室で話をしようと案内した。