66話
「ティナメリルさんの好きな食べ物聞くの忘れたぁあああ!!」
帰宅して早速失敗に気づく。
次会う日取りを切り出すことでいっぱいいっぱいだった。
せっかく手土産持っていく予定だったのに……。
「ま……まあ次に聞きたい話題ができたということで前向きにヨシとしとこう」
少し今日の反省会。
まず『隠蔽の魔法』が使えるようになったのはデカい。
かなりのチート魔法だ。何せ消えちゃうんだもんな。
お風呂も女性の着替えも覗き放題ってやつだ。まあしないけど……お風呂もないし。
だが性能はきちんと知っておく必要がある。
わかっているのは、声を出したら解けちゃうこと。
立つのは大丈夫みたいだが、走ったり魔法が使えるのかも確認しとかないとな。
あとこれは絶対に人に知られちゃダメだ。使いどころは慎重に。
「そりゃ森でエルフと戦闘になったら勝てんわ」
改めて理解する。
森に入ったら先に探知され、知らないうちに近づかれ、音もなく殺される。
完全に暗殺集団のスキルだこれ。
そのエルフの魔法を会得できたのは、生存戦略としてかなり優位に立てる。
常に先手を取っていこう。
そしてティナメリルさんとの会話。
うーん……何となくうまくいってない感触だな。
あんまりスマホに興味を示さなかったし、音楽聞いても反応薄かったのは意外だった。
リリーさん達に写真見せたときは結構はしゃいでくれたので、同様に受けると思ってたんだがなー……。
「とにかく感情の機微がわからない。エルフってあんな感じなのか?」
呪文が違うと指摘しても驚く風でもないし、アイテム見せても興味なさげに見えるしな。
まんまお婆ちゃんキャラか?
まあ実際、人の数倍齢重ねてるもんな。反応が遅いのはそのせいかもしれん。
「てことは気にせず話を進めた方がいいのかな……」
驚いてるけど表情に出てないだけ、うまく感情表現できてないだけ……。
そう思って話をしたほうがいいな。
「ティナメリルさんの真横に座ってお話しできたのもよかった……うんよかった」
俺的には最大級の戦果である。その意味ではスマホは役に立った。
だが物で興味引くのも限界があるしいずれネタは尽きる。やはり会話で頑張るべきだ。
たまに見せる笑顔が破壊力満点、俺の心をギュッと鷲掴みなんだよなーもう!
一人暮らしも確認できた、次回の約束も取り付けた、呪文の間違いも見つけた……。
上出来だろう、上出来!
顔をにやかせながら今日の出来事を思い返し、反省会は終わりることにした。
◆ ◆ ◆
瑞樹が市街地へ買い物に出かけた数日後のマグネル商会会長室。
トンットンッ
「はい」
「失礼します。彼の行動調査報告書がきました」
「やっとか!」
秘書のカルミスが会長に1枚の書類を手渡す。
すると会長は唖然とした。
「え? 1枚!?」
「はい」
「あれから2ヶ月だぞ!」
「確認取りましたが、彼がギルド以外に出かけたのはただの一度だそうです」
ファーモスは呆れつつも報告書に目を通す。
『ミタライミズキの行動調査報告書』
8月某日 丸太を持ち帰る。使用目的は不明。
10月某日 市街地へ出かける。
・西地区の本屋にて本を購入。薬草と魔獣関連の本。
・教会に小銀貨1枚を寄付。
・魔道具店にてランプを購入。
10月某日 行商人の猫人来店。
・食堂へ行き、食べ物を購入して戻る。
・ギルド内で『玉を飛ばしていた』との冒険者の証言。
補足:調査期間の間、複数の商会関係者が『紙ヒコーキ』について聞きにきていた模様。
ファーモスは眉間にしわを寄せる。
「丸太って何?」
「これくらいの大きさの木切れを持ち帰ったそうです」
彼女は手で大きさを示す。
「何に使うんだ?」
「そこまでは……」
会長は相変わらずの情報のなさにうんざりする。
「市街地へは買い物に行っただけか。誰かに会ったとかはないんだな?」
「店と教会を除けば屋台の店主と話しただけだそうです」
会長は、瑞樹が例の魔獣を討伐した冒険者集団の一員だと思っている。
なので接触を図るだろうと追跡させていた。
実力のある冒険者と知己になっておくのは悪くないと考えたからだ。
「しかし本当に猫人と接触してるんだな」
「そのようですね。話しているところを見てみたいもんです」
「そうだな」
カルミスが微笑むと、ファーモスもやっと笑った。
「しかしあの『紙ヒコーキ』とやらはすごいな。なぜあれで空を飛ぶんだ?」
「さあ……ヒコーキとやらが何かもわかりません」
彼らは紙飛行機を遊んでた子供から買っていた。
そして従業員の1人が作れるようになっている。
「作りはたしかに簡単だが、それが生まれる発想がすごい」
「職員の女性が中心になって子供と遊んでいましたね」
瑞樹がすごい知識を平気でばら撒いている行動が、2人には理解できなかった。
「うちの連中に持たせてるんだよな?」
「はい。商品を卸す際には相手に渡すように指示してあります」
「うちは遅れたからなー」
「そうですね」
ファーモスが紙飛行機を手に入れたとき、他の商会がすでに販売促進に紙飛行機を付けていた。
それを知って彼は、他の商会より出遅れたのが悔しかったのだ。
「でだ、この玉って何だかわかるか?」
「それが……調査員も冒険者から聞いただけらしいので何かまでは。ただ魔法ではないそうです」
「何でわかる?」
「猫人の子供が作っていたそうですから」
「は!?」
おそらく紙飛行機同様、瑞樹が猫人の子供に何か作ってやったのだろうと推察する。
「うーむ……『紙ヒコーキ』で出遅れた件があるからなー。これは出し抜かれたくない」
「でしたら直接彼に聞くのはどうでしょう。うちは面識あるので有利と思いますが……」
ファーモスは頭を働かせる。
こっそり調べても埒が明かないのは2度の報告書でわかった。
グレートエラスモスの買取の件ではうちが融通を利かせてやった貸しがある。
教えてもらえるかは別にして、話ぐらいはしてくれるだろう。
「……そうだな。一度彼を交えて食事の機会でも設けてみるか」
「かしこまりました」
ファーモスは瑞樹のことを『魔道具を有する優秀な日本の連絡員』と思っている。
彼の知識が商売の利益になりそうだとわかり、彼の取る行動が気になっていた。
実際、今回の報告も『まるでわからない』ことばかりだ。
「それで調査はどうします? 継続しますか?」
「いやもういい。2ヶ月も情報が出ないとなると意味はない」
結局、調査はまったくの空振りで諦めることにした。
だが彼は思い出していた。
タランが以前、瑞樹に対する評価を『毎日が面白い』と言っていたなと……。
その本当の意味がわかった気がしていた。