65話
何とまあ、日記に書いてある『隠蔽の魔法』の呪文が違ってた。
運よくティナメリルさんが覚えていて、実践していただいたおかげで気づけた。
そして俺も『隠蔽の魔法』を会得できた。
へたをすれば次の忘却時にその魔法を失っていた可能性もある。ホント危なかった。
透明になれる魔法を失うなど人類の損失である。
まあ使えるのは間違いなく俺だけだがな……。
いただいた古い日記にも記述の修正を済ませると、手にしたボールペンに興味を示す。
「変わったペンね」
「これですか? そうですね。日本の筆記用具です」
「インクは要らないの?」
「中に入っています。自動でインクが出るんです」
普段使っている羽根ペンとは太さが違うので書きにくそうだが、インクを付けずに書けるのを見て驚いている。
「すごいわね。日本じゃこれは普通なの?」
「はい。色が違うのもあります」
「色?」
「ええ。赤や青色のペンもありますよ」
俺は筆箱から赤のボールペンを出して渡す。
この世界にも色の違うインクはあるとは思うけど、今のところ黒しか見たことがない。
「便利でいいわね。インクはずっと出続けるの?」
「いえ、いずれ尽きるので中身を入れ替えて使います」
「魔道具ではないのね」
「そうです」
初めて見るボールペンが珍しそう。
「そういえばあなた、珍しい魔道具を使うそうね」
「あーはい、まだお見せしてませんでしたね」
ウエストポーチからスマホを取り出す。
「それがそうなの?」
「ホントは魔道具じゃないんですが、説明しても通じないので魔道具ってことにしてます」
「ふぅん……で、何ができるの? 確かロキは『風景を切り取る』……とか言っていたと思うのだけれど」
「あー写真ですね。えーっと……」
ここで写真を撮ろうかと思ったがやめる。
いきなり彼女を撮影して恐れられても困る。リリーさん事件の再来はご免だ。
そこで画像を見せることにした。
「こういうのを撮影できるんです。見たまんまの絵を保存するって感じですね」
そう言って子猫の写真を見せた。
「まあ!」
そして次々に写真を見せようとするが、対面で座っているせいでもたついてしまう。
いちいちスマホを取り上げて操作するせいだ。
横画像にするのを手間どったり、彼女に見せようとテーブルに置くとまた縦に戻ったりと、画面操作を何度も失敗してしまった。
「あ…あれ? すみません。対面だとうまく操作できなくて……」
スマホをゆすって画像を回転させようする。だが焦ると余計にうまくいかない。
実演本番で電子機器が不調をきたしてしまう感じだ。
ティナメリルさんは、俺が四苦八苦する姿を上目でじっと見つめいている。
そして促すように声をかけた。
「瑞樹、こっち来なさい!」
そう言って彼女は右手で自分の隣をポンポンと叩いた。
「……え?」
「こっち座んなさい」
急に顔が熱くなる。
「あ……はい」
嬉しすぎて意識がぼーっとしている。
そして静かにティナメリルさんの横に座る。
その際、スマホを見せようと近づきすぎて、彼女の右腕が俺の左腕に接触した。
その瞬間、俺の全神経がその感触に集中し、体が硬直してしまった。
だがすぐに何でもない様子を取り繕う。
彼女も特に気にしていないみたい。
俺は落ち着いて彼女のほうにスマホを寄せ、画像をスライドさせながら話をする。
お互いの顔が30センチの距離での会話だ。
彼女の息遣いを感じる気がしてものすごく緊張する。
マズい! 心臓が早鐘打ってるのが聞こえてしまう!
「これは何?」
「え、あーと……食べ物ですね。ラーメンという日本の食事です」
「へえ~」
「これは? あなたの国の人?」
「ええ、ゼミ……あー学校の勉強仲間です。ここに俺がいます」
大学の研究室での集合写真だ。俺も端っこに写っている。
「そういえば瑞樹は魔法の勉強しているんでしたね」
「実は全然違うんですが、理解されないのでそういうことにしています」
写真を見た瞬間、ふとあることが頭に浮かぶ。
『3ヶ月も行方不明だと完全に捜索願い出てるな』
日本じゃ俺の立場どうなっているのだろうか……。
「国に帰れないんでしたっけ?」
「え? まあそうなんですけど……どうしようもない事なので……」
「場所がわからないとか?」
「大体そんなところです」
答えようもないので笑って誤魔化す。
彼女も察したのかそれ以上は聞かなかった。
帰れないのを我慢してると思われたのかもしれない。
そして画面をスライドさせてると、彼女の目にあるものを入れてしまう。
「これは?」
それはアニメのエルフ絵だ。
何でこれがあるのか思い出せずに焦る。
あーそうそう、たしか番宣ポスターが気に入ったので画像取ってたんだった。
「日本じゃエルフはいなくて空想上の種族なんですね。で、これはエルフと一緒に冒険してる……みたいな話でして、それを絵にしたものです」
「ふぅん……」
本物のエルフにアニメキャラを見られるというのは、物まね番組のご本人登場みたいで非常に居心地が悪い。
「何だか目が大きいわね、それにスカートが短いのはそういう服が好きってことかしら?」
思わず口をキュッとする。
言われるまで何とも思わなかったが、たしかに太もも露わにしてるキャラが多いのは事実だな。
「あくまで絵なのでこういう描き方が人気あるってことです。あと服はまあ……あくまで空想上ですのでこんなの着てると素敵だなーというね……」
バツが悪そうにしている俺を見て、彼女はふふっと笑う。
感触は悪くなかったようで安心した。
写真の説明をした後、他にネタがないかなと少し考えて思いつく。
「ティナメリルさん、音楽ってわかります?」
「音楽? 歌や演奏のこと?」
「そうそう。これにはいくつか日本の音楽が入ってます」
エルフに合うのはクラシックかなと思い、優しそうなのを選曲する。
そしてスマホから曲が流れると、おおっという感じで身を引いた。
「それが演奏しているの?」
「いえ、演奏したのを録音……さっきの写真みたく音を保存してるわけです」
「これが日本の音楽?」
「いろんな音楽があるんですよ」
今度はロックバンドの曲を流す。
「さっきのみたいなゆったりしたのもあれば、こんなやかましいのもある……とにかくたくさんあるんです」
「ふぅん……」
あまり感動した様子ではないな……反応薄っ。
「お気に召しませんでしたか?」
「いえ……驚きました」
うーむ……。
こう……音楽に感動した……みたいなのを期待していたのだが拍子抜け。
縁がなさすぎなのかな。
いまいちピンと来ていないという感じがする。
「ちなみにギルドのみんなは音楽のことまだ知りません。ティナメリルさんが初めてです」
特別扱いしたんですよーと暗に示すと、何となく察してくれた様子。
ほんのちょっと口角が上がったように見えた。
「ありがとう」
その言葉に俺は顔を真っ赤にして照れた。
スマホを仕舞い、名残惜しいが対面の席に戻る。
そして今度は俺が少し頑張って彼女の私生活について聞いてみる。
さあこっからが頑張りどころだ。
「ティナメリルさんは休みの日とか何して過ごしてるんです?」
「休み? そうね……本を読んでいるかしら」
「一人暮らしなんですか?」
「ええ」
貴重な情報ゲット。
「瑞樹は何しているの?」
「先日街に出かけて本を買ったんでそれを読んでます。ただお目当ての本はなかったのが残念でしたけど……」
「何が欲しかったの?」
「中級以上の魔法書と治癒魔法の教本ですね。魔法書は王都の学園でないと手に入らないらしいし、治癒の教本も聖職者にならないとダメっぽかったので……」
「あなた治癒魔法使えるの?」
「あーっと……前に襲われたときに聖職者が使ったのを聞いて覚えました」
聞いて覚えたという話に驚いている。
「たしかに今日『隠蔽の魔法』がそうでしたね」
そして急に黙り込んだ。何かを考えている様子に見える。
視線がテーブルから俺へ、そして斜め上を見たかと思うとまたテーブルへ。
な……何だろう、何か変なこと言ったかな?
「今日はこの辺でお開きにしましょう。楽しかったわ」
「あ…はい。こちらこそ」
表情はパッと明るい感じなので、何かやらかしたわけではなさそうだ。
ちょうど話の切りがよかったのだろう。
そしてここで勇気を振り絞って俺から誘う。
「あの、今度……というか次、来月の今日ぐらいにまたお話ししたいんですけど……どうでしょう」
彼女は俺を見て少し沈黙した。
すると「いいわよ」と笑みを浮かべて返事をくれた。
俺は思わず「よっしゃ」と右手でガッツポーズ!
女性と次会う約束するだけでも一苦労というね……。
だがOKもらえて舞い上がるぐらい嬉しかった。