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64話 二度目のお茶会

 時刻は6時前、日が沈むのが早くなってきた。

 ギルドの業務も早めに終わる。

 宿舎が近いこともあり、正社員になってからは主任に次いで帰りが遅い。

 皆が帰るのを目にしながら自分も退勤する。


 ティナメリルさんとの2度目のお茶会に胸が躍る。


 一度宿舎に帰り、ティナメリルさんに頂いた本を持参して別棟へ向かう。

 ちょいと聞きたいことがあるからだ。


 別棟に入ると数名残っていた財務の職員に見つかる。

 軽く会釈して2階へ上がる。もうこの時点で心臓がドキドキしている。


 トンットンッ


「どうぞ」

「失礼します」


 扉を開けると、ティナメリル副ギルド長は机で書き仕事をしていた。


「来るの早かったですかね?」

「いえ、大丈夫です」


 彼女は筆を置くと、顔を上げて笑みを浮かべている。

 今日も綺麗ですよティナメリルさん。


「どう? 仕事にはもう慣れた?」

「はい、先日3ヶ月過ぎたので正社員になりました」

「そう、それはよかったわね」


 彼女がゆっくり立ち上がってティーテーブルに向かう様を、俺はドアのそばで立ったまま見ていた。


「座ったら?」

「あ…はい。すみません」


 いかんいかん、早速やらかしかける。


「ティナメリルさん、そのポットのお湯に『保存の魔法』をかけてます?」

「ん? どうして?」

「お湯が温かいままじゃないです? それ」

「……そういえばそうね。気づかなかったわ」


 読みが当たった。

 ただしもう習慣で無意識で使ってるレベルなんだな。

 もしかしたら保温ポットのような魔道具の可能性も考えたのだが……残念。

 付与魔法があれば、そういう製品の開発もできるかな……とか考えつつ、彼女がお茶を用意するのを眺めていた。


 彼女が入れてくれたお茶を一口つける。

 今日は手が震えていない。


「そういえば先日変わったものをいただいたわね。『キンイップウ』だったかしら」

「ああ、そうですね。私が提案しました」


 ティナメリルさんはグレートエラスモスの件はご存じなのだろうか?


「魔獣の件はご存じですか?」

「ロキから大体は聞きました。あなたまた死にかけたんですって?」

「いや、まあ……はい」


 おいたをした子供を叱る口調だ。苦笑いするしかない。


「いやホント、ティナメリルさんの魔法覚えてなかったら死んでました。感謝してもしきれません」

「そういうつもりで渡したんじゃないんですけどね……」

「おっしゃる通りです」


 恐縮しつつ(こうべ)を垂れる。

 ちらっと上目で彼女を見ると、やれやれという表情でお茶を口にしていた。

 お小言を聞けるのも生きていたからだ。素直に喜ぼう。


 彼女が俺の手に目をやる。

 あげたはずの物書きを持参しているからだ。


「で、それを持ってきたのは何かあって?」

「はい、実は書いてある魔法が使えないのでなぜか聞きたくて……」

「どれ?」

「『隠蔽の魔法』です」


 これは文字通り、姿を消す魔法だろう。

 意味的に保護色になるだけ……と取れなくもないが、おそらくは透明になるほうだと思う。

 男がこの魔法使えたら必ずエロ目的に使うやつである。俺は使わないけど……。


 彼女がテーブルに目を落とす。

 あれ……忘れてる?

 何となく「そんな魔法あったっけ!?」という表情にも見えなくもない。


「やってみなさい」

「あ…はい」


 そう言われて呪文が書いてあるページを開いて詠唱した。


《我が姿を隠せ》


 そして自分の姿を見るが何も起きていない。


「こんな感じです」


 彼女は俺を見たまましばらく無言。そしてやおら口を開く。


「全ての魔法が使えるとは限らないでしょう」

「……そう…ですね」


 ――え、それで終わり?


 もう少し具体的な助言がいただけると踏んでいたのだが……。

 彼女自身、興味なさそうだ。

 男のロマンはご理解いただけないようだ。まあ当然ではあるが……。


 ――てか忘れてないよね?


「……ティナメリルさんは使えるんですよね? 『隠蔽の魔法』」


 彼女の動きが止まる。

 どうやら必死に思い出してる様子。大丈夫かな……。

 そして唐突に詠唱した。


《我が姿を隠せ》


 するとスッとその姿が消えた。


「うぉ!」


 なんてこった!!

 それはまさに存在が消えたといっていい、そこに何もないようにしか見えない。

 彼女が座っていた位置のソファーがくっきり見えている。

 あまりの出来事に息が止まる。


「え……いるんですよね? 立ってもらっていいですか?」


 彼女は何も言わない。


「えっと……立ってるんですよね?」

「立ちましたよ」


 発言すると立ってる姿が現れた。


「うわぁ!!」


 彼女は特に表情を変えることなく、唖然としてる俺を見下ろしている。

 俺はアニメで有名な単語を口にした。


「これ光学迷彩ってレベルじゃねえな。完全に透明人間のそれだ」


 光学迷彩というのは動くと輪郭が何となくわかるやつ。

 透明人間は動いてもまったく見えないやつだ。


「ホントにあるんだ。スゲー!!」


 感動しすぎて顔が緩む。

 だが同時にそれが使えないのが悔しくて仕方ない。


「何で使えないんだろうなー『隠蔽の魔法』……《我が姿を隠せ》が――」


 すると一瞬姿が消えてまた現れた。


「ん?」


 キョトンとする。

 気のせいではない……と思う。

 俺、今……消えなかったか?


「…………消えました…よね?」


 彼女は何も言わないがその表情は驚いている。彼女も消えるのを見たのだ。

 試しにもう一度詠唱してみた。


《我が姿を隠せ》


 だが消えない。


「あれ!?」


 動揺しつつしばし考える。

 たしかに一瞬消えた……勘違いではなく消えた。

 一瞬だったのは唱えた後にしゃべったからだ。

 なのでこれは消えた後に声を出してはダメなのだ。それはわかった。


 そして今また唱えたら消えなかった……言語は間違えてないはず……とすると……。

 ゲーム脳が回答をはじき出す。


 もう一度詠唱――


《我が姿を隠せ》


 すると今度は姿が消え、自分の手や足が見えなくなった。

 着ている服も見えないし、下を向くと体の下の椅子が見える。


 なるほどドンピシャ……これ『CD(クールダウン)付き』魔法だ。

 クールダウン――一度発動して効果が消えると、次に使えるようになるまでに一定時間必要な魔法だ。

 パッパパッパと出たり消えたりを連続ではできないってことだ。

 だがさほど長くはないな。感覚的には10秒程度……まあ追々検証していこう。


「使えたじゃない」

「ですねー」


 彼女は俺が消えたことに全く無表情でお茶を口にする。

 もう少し興味持ちましょうよ、もう……。


 俺は内心大喜び!

 だが本を読んでできなかった理由がわからない。


「あれー!?」


 俺はもう一度本を開いて、書いてある呪文を詠唱した。

 何も起こらない。


「んんん?」


 少し考え込む。

 もしかして……と思い、頭の中で『ティナメリルさんが詠唱した言葉』と思考して詠唱した。

 すると姿が消えた!


「あああーわかったあ! ティナメリルさん! これ……書いてある呪文が違います! 言葉が違います!」

「ん?」

「『隠蔽の魔法』はティナメリルさんの本に書いてある呪文じゃありません。別の言葉を言っています」

「え?」


 さすがに驚いている。

 俺もどうしたら伝わるか考えて、ウエストポーチからメモ紙とボールペンを取り出し、詠唱した呪文を書く。


「これが『隠蔽の魔法』です」

「本の呪文と比べてもらっていいですか?」


 俺にはどちらも日本語にしか見えないから違いがわからない。


「…………違うわね」

「やっぱりかー!」


 どうやら記述が間違っているようだ。


「え、でもエルフの呪文なんですよね?」

「そうね……似ている気がします。そして読めるわね」


 彼女は2つの文字を見ながら考え込んでいる。


「……わからないわ。いつどこで覚えたのか記憶にないわね」

「でも呪文は憶えてたんですよね?」

「……どうかしら。でも『使って』と言われて、ふっと出たのよ」

「てことはこの三百年のうちにいつだか使ってたってことですね。でも覚えた時期のことは記憶にない……と」


 彼女は黙っている。おそらく忘却してしまったのだろう。

 文字が違うということは、エルフの違う種族……『隠蔽の魔法』が使えるエルフと出会い、教わったのだろう。


 だがそれは三百年以上前の出来事で、日記に記述がないのは書き忘れたか、書き始めるより前の出来事かもしれない。

 呪文は三百年のうちに使ったことがあり、それをたまたま思い出して詠唱したのだ。

 そして日記に書く際、つい自分のエルフ語で記述してしまっていたというわけだ。


 そして何度か聞き比べをしてもらう。

 すると彼女には違いがわからないらしい。


 いくつか考えられるが、すぐに思いつくのが同音異義語だ。

 たとえば「会う」と「合う」、「night」と「knight」だ。


 ――いやでも「字が違う」と言っているな……。


 となると文字、日本語だと『ひらがな』と『カタカナ』と『漢字』という違いかも。

 こちらだと「あ」と「ア」と「亜」だ。

 ひらがなでも違う場合もある。「え」と「ゑ」だ。


「…………」


 さすがに『楷書』『草書』『行書』の違いはないよな……。

 料理屋の看板に草書で「うふき」とある場合、これは「うなぎ」のことである。

 楷書で書くと「う奈ぎ」、「奈」は『変体仮名』だ。


 まあでも同種族、エルフ同士だから表記が違う程度の差だろう。

 地域差で『ちょっと字が違う』ぐらいのことだと思う。


 だが実は同音異義語で、ティナメリルさんが字を忘れてしまっている可能性もある。

 俺にはどちらなのかはわからない。


 ただ重要な点は――


『字をきちんと認識していないと魔法は発動しない』


 ということだ。


「ティナメリルさん、日記……今書き直した方がいいですよ」

「……そうね」


 彼女は机から日記を出してこの文字を書こうとする――が、筆を止める。


「瑞樹、あなたが書いてくれない?」

「え?」

「文字を覚えてないから書ける自信がないのよ」

「あー……」


 一瞬代筆しようかと立つ。


「いやーやっぱり自分で書いた方がいいですよ。文字は書かないと覚えません。読めたんだから書けますよ。覚えてることを憶えてないだけで……」

「…………」

「不安だったら私もあとで書いておきますし、まずはご自分で……」


 そう言うと頷いて、俺の書いた文字を見ながら日記に呪文を記す。

 見せてもらうとちゃんと《我が姿を隠せ》と読めたので「大丈夫です」と答えた。


 そして俺はいただいた古い方の日記も渡し、これにも書いてくださいと促す。


「やはり本人の直筆が貴重ですので……」


 本の著者にサインをいただく気分。

 俺の言葉に彼女も笑みを浮かべた。


「しかしあれですね、『人間がエルフにエルフ語教えた』なんて話、誰にも言えませんね」

「……そうね」


 初めて彼女が苦笑いをし、上目で俺を見た。

 何となく「言うじゃない……」といった表情だ。

 それもまた見惚れるほど素敵だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ昭和でも戦前戦中生まれと違って戦後昭和生まれが認識できるのはジとヂ、ズとヅの違い程度なので確かではありませんがイとヰ、エとヱは発音が少し違うらしいです。 それでも電報の誤字防止に「イロハ…
[一言] 今回はティナメリルさんが正しい呪文を覚えていたから良かったですがやっぱ人が魔法を使ってる所を見た方が瑞樹としては覚えやすそうですねえ
[一言] 私は書く力はないが…、ファンアートってやつを書いてみたくなりますな。 瑞樹君がティナさんと魔法についてやんややんやしているこの楽しそうな風景をさ、書きたくなってくるよね。
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