61話
本屋をあとにし、先ほど通った中心市街地へ戻る。
そして食料品市場を覗く。これ……海外の青空市場のやつだ。
テント張って棚に果物やら野菜やらを山積みにしてあるタイプ。発展途上国感がハンパない。
日本のスーパーしか知らない身には抵抗がある。
別に自炊したいわけじゃないしな。
結局、市場の屋台に目を向ける。
何か食べようかなと物色してたらあるものを見つけた――
「――米だ!」
米を大鍋で炒める料理を作っている。
「焼き飯? ……ピラフ的なやつか?」
とにかく食べたい!
頼むと大きな葉っぱを折りたたんで作ったカップみたいな入れ物によそってくれた。
まずは見た目はあれだ――米が細長いやつ。
たしか『インディカ米』……とかいうやつじゃなかったか?
だいぶ昔に米不足で緊急輸入してトラブルになったやつだ。
日本政府の説明不足が原因で、外交的にも問題になったと何かで読んだ覚えがある。
そしてこれには米以外に何かの豆も入ってる。米と一緒に炒めたのかな。
そして香りはオリーブオイル……あとハーブが上に乗せてある。
まあとにかく一口。
「うーん……味はいいのだが米が硬い」
インディカ米だからかな。コシヒカリしか知らないからわからない。
だが一緒に入ってる豆がいい具合に柔らかい。なのでむしろ米は硬いほうがいいのかもしれない。
そして味は悪くはない。
塩、そしてハーブがいい具合にマッチしてる。超シンプルなピラフだ。
惜しむらくはもうちょっと胡椒が利いててくれたらグッドだったかなーと思う。
だがこの国では難しいか……。
やはりというかお約束というか……砂糖、胡椒をほとんど見ない。
この数ヶ月、甘味はほとんど果物一択。
そして胡椒が入ってる料理をほとんど見ない。
入っててもちょっぴしだ。なので味付けを他の香辛料で代用してる感じ。
「まあこの世界に来て初めての米食だしな。ありがたくいただこう」
コシヒカリではなかったがやはり米はいい。ホッとするな。
そして教会へ向かう。
中心街を南大通り側に少し行ったところにある。
建物はいかにも聖堂という雰囲気。どの世界でも宗教はこんな感じになるのだな。
教会近くになると、聖職者の服装をした人をよく見かける。
一般人も礼拝か、お祈りをしに来ている模様。
そういえばこの国の宗教ってどうなってるんだろう。
魔法の呪文に神様の名前がそれぞれあったが、たしか治癒はシシルとか言ってなかったか?
多神教オッケーなのだろうか……。
中へ入ってキョロキョロする。
そして近くにいた聖職者の人に、寄付をしに来た旨を伝える。
「あのーすみません」
「はい」
「教会に寄付をしに来たんですが、どうすれば……」
「まあ、ありがとうございます。あちらの祭壇近くにいる方にお話をしてお渡しください」
「わかりました」
正面に大きな祭壇っぽい物体、垂れ幕がたくさんかかっている。
その前に中年の聖職者が1人いる。
「うーん……さてどのように話を持っていけばいいのやら……」
見ると数名の一般人っぽい人もお金を渡して頭を下げて、祈祷だか何かしてもらっている様子。
例の治癒魔法をどうやって学んだのかという話だけでも聞きたいものだ。
少し時間を置き、祭壇のとこに誰もいなくなったのを確認して進む。
その人物は黙ってゆっくり頭を下げた。
「あーっと……先日聖職者の方にお祈りで治癒をしていただきまして、今日はお礼の寄付に参りました」
「ありがとうございます。こちらの皿にお出しいただければ幸いです」
これは……顔に笑顔が張り付いてる感じ。何の感情もない笑顔というやつだ。怖えぇ!
まあ彼も仕事だしな。寄付もらってナンボだしな。
ふといくら出すかで少し迷う。
ババンと小金貨を出したいところだが、庶民がそれしたら怪しまれそう。
ここは宿一泊分の小銀貨が無難だろう。
皿の上に小銀貨1枚を乗せてお辞儀をする。
「あなたに神の祝福を」
ベタなお約束の台詞。俺の知ってる台詞に翻訳は置き換えてるな。
そしてこの際なので少しだけ質問してみる。
「若い女性の聖職者さんに治癒してもらったんですが、お祈りはどこで覚えるんですか?」
彼は俺をじっと見てすぐに笑顔で答えてくれた。
「我々教会の学校で神の教義を学んでおります」
「そうですか」
彼の張り付いた笑顔は目がまったく笑っていない。
少々カチンときたのでこちらも満面の営業スマイルで返す。
しつこく聞くと完全に怪しまれるな……ここは素直に諦める。
宗教家に目をつけられていい事なんかない。関わるとヤバそうなのでとっとと退散しよう。
そして教会を出ようと入口を向くと、ふっと人影が隠れるのが見えた。
「ん?」
これは俺……つけられてる!?
自意識過剰なだけかもしれない。
だが襲われた前例がある以上、注意を払うに越したことはない。
ここは『探知の魔法』を使う。
《そのものの在処を示せ》
「うーわっ! 反応が多い!」
辺り一面青い玉!
たくさん見える状態でわけがわからない。
いったん解除する。
実はこの魔法、マーキングの色を変更できる。追跡したいターゲットの玉の色を指定して変更できるのだ。
ゲームでマップ上のターゲットに特定の印をつけるのと同じ。かなり便利な機能。
だが今は人が多すぎて無理だ。
少なくなったところで使うことにする。
続いて魔道具店へ行ってみる。
教会を出て南大通りを進み、中心街から百メートルぐらい行った所にあった。
さすがに店構えが高級そうで、中に入るのを一瞬ためらう。
「いらっしゃいませ」
中に入ると客は誰もいなかった。
店内はイメージ的には貴金属店だな。
あまり大きくない店構えに高級そうな品がポツポツと飾ってある。
置いてある商品は照明が多い気がする。
「魔道具を見にきたんですがよろしいですか?」
「どういった物をお求めですか?」
「あー……何っていうのはないんですが、そもそも魔道具自体をあまり知らないので……」
その言葉に嫌な顔せず扱ってる商品について説明してくれた。
ここは主に生活用品系が多く、特に照明が売れ筋なので多い。
お値段的には小金貨あたりから買えそうな品がある。せっかくなので何か買ってみるかな……。
――と思いながら『探知の魔法』を発動。
すると怪しげな青い玉を感知。
「おーっと」
魔道具店の通りをはさんだ所に人の反応がいくつかある。
歩いているか、ゆらゆら揺れて何か作業している中に、正面の壁にもたれて止まっているのが1つある。
こいつの色を赤に変えとこう。
「小金貨1枚で買える照明ってありますか?」
店主が笑顔でいくつか商品を見せてくれる。
悩んだ結果……ビールジョッキぐらいの大きさの頑丈そうなのに決める。
「これを貰います」
「ありがとうございます」
包んでもらう間に他の商品を見て回っていると、少し面白そうな商品を見つけた。
『拡声器 ―声を大きく伝える魔道具―』
形状はあれ……警察無線とかタクシーの無線とかの手に持つハンドマイク。
スピーカーないからそれ自体から声が出るのかな?
「これは何するもんなんですか?」
「文字通り声を大きく周囲に伝える道具です」
「演説でもするんですか?」
指導者向けの商品かと思いきや、貴族向けだという。
大勢の使用人に命令する道具らしいが人気はないのだそうだ。
売る先……間違えてんじゃないか?
「『大銀貨2枚』か……安い……かな?」
何となくこれも買うことにした。
店内を見渡すが、目的としてるものがない。
「あの……魔道具で熱を発生させるものはないですか?」
「熱とは? 火ですか?」
「そうそう。火でもいいですし……とにかく熱くなる道具です」
「んーそういうのはうちには置いてないですね」
「存在はしてるんですかね?」
「どうでしょう……うちの取引では扱ったことないですね」
「そうですか……」
コンロ的なものを期待したのだがどうもなさそうだ。がっかりである。
とにかく魔法でも魔道具でもいい。
水を沸騰させられるだけの熱量を発生させる物体がいる。
料理しかりお風呂しかり……とにかく最優先事項だ。
時刻は14時。買い物は済んだのだがまだ時間がある。だが――
「あーこれは確定かな。つけられてるわ」
赤くマーキングした奴は、狭い路地に隠れてて姿が見えないようにしていた。
本当ならまだ時間に余裕はある。
このままヨムヨムの敵情視察でもしてみたかった。
だが荷物も持ってる状態で襲われたくない。
他の仲間がいる可能性も考えれば無理はしないに限る。
今日は帰ることにしよう。
そして無事帰宅。
追跡されてるのは気のせいかなと思ったが、帰りにしっかりついて来ていた。
途中屋台で軽く食事をしたり、テイクアウトを頼むのに止まったりすると、マーカー付けたやつも止まった。
そして帰宅した今、通りからこの宿舎が見える位置に潜んでる模様。
日が暮れるぐらいまではいる気かな。
「この地に来て3ヶ月、目立つこと多かったしな」
魔道具を持ち歩き、襲撃者を返り討ち、魔獣の討伐に関与の疑いがある異国の人間――
「そりゃ目ぇ付けられるか」
とはいえ襲われなかったのは助かった。
そのうち向こうから接触してくるかもしれない。
声をかけてくるか、問答無用で襲ってくるか……とにかく注意は払っとこう。