60話 街の中心街へお買い物
素材の売買が済んでから約1ヶ月が経過。
謎の冒険者集団ホンノウジの件も終息し、ティナメリルさん詣での連中も程なく諦めた模様。
いつまでも人の事にかまけてる場合じゃないしな。
そして平穏な日常が戻ってきた。
ティアラ冒険者ギルドに就職して3回目の月末、給料日だ。
お給金をいただくと主任から一言――
「ミズキさん、今日で仮採用は終わりです。明日から正式採用ですのでよろしくお願いします」
「あっそうか。忘れてました」
皆がハハハと笑う。
俺が恐縮気味に頭を下げると、改めてよろしくと声をかけてくれる。
「いやもうベテラン扱いでしたよね、主任」
「いやいやいや、この3ヶ月いろいろ大変でしたよ」
ガランドの指摘に手を振る。
「そりゃ3ヶ月で2回も死にかけた職員なんていませんからねー」
「いや…まあ……面目ない」
ロックマンが揶揄うと再び笑いが起こる。
「まあミズキさんのせいではないですが、行動には十分注意してくださいね」
「わかっております」
口では言ったがこの世界、命の危険がそこかしこに転がっている。
俺が襲われて以降も街での事件事故のニュースは耳にする。
ギルド職員にも再三注意勧告がなされている。
だがこれでも治安はいいほうだというから恐ろしい――日本の基準で考えちゃダメなんだ。
といってもそう簡単に順応はできない。
それに気にしすぎると、会う人すべてが不審者に見えてしまう。それじゃあ生活ができない。
自己防衛というのは実に難しいのだなと痛感する。
まあ一番の防衛策は、用事がなければ外に出ない……これに限る。
もともと用がなければ出歩かないタイプだしな。
朝の食事は前日に買ったテイクアウトで済ませてる。夕食も屋台で軽く済ませるかテイクアウトで持ち帰るかだ。
一人暮らしの学生は食にこだわりはない。日本食食えなきゃ死ぬ……みたいな愛着はない。まあ欲しいけど。
経理の連中と飲みに行くこともあるが、日本みたいに夜遅くまで飲み歩くことはない。
なんせ夜が暗い。
改めて現代社会の明るさのすごさに気づかされる。
大通りには街灯があるのだが、本数は少ないし明るさも電灯ほどはない。
夜が本当に怖いのである。
ちなみに俺の宿舎はギルド裏から出て30メートル先。別棟の隣の隣だ。
起きたら1分で職場という好環境。
もうずっとここでいい……と言いたいところだが風呂がないのが難点。何とか改善したいな。
そういやこの街に魔道具を売っている店とかあるのだろうか。
そもそも魔道具が何かもよくわからない。
目にしたのはランプぐらい。それでもすごいんだけどね。
本屋は3軒あると聞いたが結局1軒しか行けてない。
教会にもお礼の寄付に行かないといけないし、お祈りの情報収集もしたい。
そして薬草栽培ができるようになったので薬の調合とかにも興味がある。
そうそう、カートン隊長が言ってた人間版の身体強化術も学びたい。
忘れがちになるが、創造主に言われた指輪の件もある。
まったく解決のめどが見いだせない。
何のネタもない。
生きるので精いっぱいなのと、この世界で情報を手に入れるのがすごく難しい。
インターネットなんてない……本すら気軽に買えない世界だ。
治癒系の魔法で何かヒントになることがないか調べたいが、ガード固そうだしなー……。
「いろいろしたい事がてんこ盛りだな……」
次の休みをどうしようかと、予定を考えながら仕事をしていた。
◆ ◆ ◆
次の週末、お休みをいただいて街に出かける。
前回行けなかった本屋めぐりと教会へのお礼の寄付、そして魔道具店を探す。
この街にも魔道具を売っている店があると主任に聞き、ぜひ覗いてみたくなった。
フランタ市の造りについてきちんと知ったのは最近。
この街は大通りが中心から3方向に延びている。
街を上から見た場合、2時の位置に東門があり、中心に向けて東大通りが延びている。
そして10時の方角に西門があり西大通り、6時の方角に南門があり南大通りが延びている。
ちょうど門が三角形の頂点にあたるため、北門がない。
そして高低差は東が高く西が低い。
3時の方角から川が入り、中心を大きく迂回するように流れ、11時の方角へ抜けている。
先日見た木材は川の東から流れて入ってくるようだ。
ティアラは東大通りの東門と中心街とのちょうど間に位置している。
ヨムヨムは西大通りの西門近くの広場横、アーレンシアは南大通りの南門寄りにある。
なお冒険者広場は、ティアラから南へ雑貨街を過ぎた所と、ヨムヨムの北側との2ヶ所ある。
各方角に生活圏ができており、用事がなければあまり行くことはない。
誰でもそうだと思うが、住んでる自分の街を全て把握している人はまずいない。
小さいころから住んでる街でも、せいぜい2割も知ってればいいほうだろう。
「うちの街にこんな所があるなんて知らなかった……」という台詞はアニメだけじゃなく現実でも普通なこと。
車がある現代でそれだ……徒歩や馬車しかないこの世界ではもっと活動圏内が狭い。
ギルドのみんなに休みの日はどこに出かけるのかと聞いてみた。
すると買い物は中心街へ出向くという。
この街の商圏は中心が一番賑やかで、市場もそこが繁盛している。
ということで、街へのお出かけ2回目の今回は、中心街へ行ってみようと思う。
当然2軒目の本屋はパスする。
縁起が悪いしあちらには行きたくない。なので3軒目の本屋に行こう。
中心街を通り抜けて西大通りを少し行ったところだ。
なおこの街の南西寄りの中心街は富裕層が住んでいる。
時計でいうと7時から10時の間の地区。貴族とかいう連中もいるらしい。
本屋も彼ら向けの品揃えとのこと。これは少し期待してもいいのではないかと胸を膨らませて扉をくぐる。
「あの……魔法関係の本はありますか?」
いかにも庶民然とした恰好の俺を品定めするように見た店員は、拒絶することなく奥のほうにあると教えてくれた。
あると思ってなかったから内心小躍りしながら棚を眺める。
――だが残念、お目当ての本はなかった。
ほとんど絵本か、読み物として魔法が登場する程度のものだけだ。
やはり魔法書は王都の魔法学校でないと手に入らないということか……。
諦めて何か面白い書物でもないかと書棚をざっと見渡す。
そして興味を引いた本を数冊手に取る。
『薬草の知識』――
「そういや買取価格は知ってるけど薬草の知識はないもんなー。買っとくか」
『魔物図鑑』――
「おおー! 魔物っているとは聞いてたが、どんな連中かは知らないもんなー。これも買おう」
『ファルサ遺跡発掘調査記』――
「魔法関連の知識やアイテムはたしか遺跡発掘で得られたとか魔法書に書いてあったな」
『ダイラント帝国の戦い ―対魔族戦―』――
「へぇ……魔族と戦ってる人の手記かな? それとも観戦記かな? どっちにしろ面白そうだ」
『俺はドラゴンを見た』――
「マジか! ドラゴンキター! やっぱいるんだドラゴン。これは外せない」
この5冊を手に取りカウンターに持っていく。
すると店主は驚いた様子。間違いなく払えるか疑っている……。
うさん臭そうに算盤をパチパチと弾く。
「…………小金貨2枚と大銀貨2枚だな」
すさまじい値段。
えっと、日本円で15万円相当……そりゃ庶民には手がだせないな。
――だが俺は違う。
そそくさとウエストポーチから小袋を出し、小金貨と大銀貨を2枚ずつ置く。
すると店主は目を見開いて驚く。
そしてにっこりしながら紙に包むかと尋ねる。
手で結構だと断って、そのままリュックに入れた。
店を出ようと入口そばの平台に目をやると――
何と『身体強化術教本』という書籍が数冊積んであるではないか!
「あ…ん? あれ? これって……」
どうやら入るときに気づかなかったらしい。
そしてその本を見ると、少し使われた感じがする。中古本かな?
「ねえ…これは?」
「あ? ああ、小銀貨1枚だ」
「安っ! えらく安いね。古本だから?」
「あーとそれはな、貴族連中が売りに来るんだよ」
高価な本を買ったおかげか店主の口も滑らかだ。
話によると、王都の『騎士学校』とやらに入れられた貴族の子弟が売りに来る。
卒業したか辞めたかで、いらなくなった本を売りに来るのだそう。
たいてい落書きとかしてあって買取らないが、質のいいのだけ買取っている。
そこそこ数が多いうえに一般人は興味薄いから売れにくいらしい。
うーん……興味が薄いって意味がわからんな。
身体強化をすればいろいろと便利だろうに。
これは間違いなく識字率と教育が関係しているな。勉強するより働け……みたいなことだろう。
ちなみにこの街にもある『戦士学校』でも同じ教本を使うが、こちらは使いまわすためボロボロになるらしい。
そしてそのボロボロのを学校にいけない衛兵とかに配るので出回らない。
「じゃあこれも」
小銀貨1枚出してカウンターに置き、本をそのままリュックに入れる。
いきなりお目当ての品がひとつ見つかった。