6話
ティアラ冒険者ギルドに到着。
昨日は暗くて建物全体がよくわからなかったが、海外の映画でよく見る中世の石造りの屋敷そのものだ。
大きさはそうだな……日本の田舎の町役場といった所か。
佇まいも何となく公共機関っぽい雰囲気が漂っている。
タランさんがドアを開いて「どうぞ」と促す。
入ると昨晩と打って変わって随分賑やかだ。
昨日のリリーさんの所には客がいる。
そして隣にはさらに2人の受付嬢がいて3人とも対応中。
髪しか見えないがショートヘアのリリーさんが向かって一番右、セミロングの女性が真ん中、ポニーテールの女性が左端だ。
少し離れた左のカウンターでは、薬草を手に冒険者が話をしている……買取かな。
カウンターの後ろでは算盤を弾いてる数名の職員。
その横を書類を手に通り過ぎる職員、皆忙しそうにしている。
店内は、依頼を貼りだしている大きな掲示板を眺めている者や、壁際のベンチに座って雑談している者もいた。
派手さのない服装、コスプレ感溢れる鎧と剣、蛍光灯の明かりなどない低照度の店内――
これがテーマパークだったら満点だなと感想がよぎる。
「繁盛してますね」
「おかげさまで」
見たまんまの感想を述べると、カウンターが空くまでこの街のギルドについて説明を受けた。
この街、フランタ市には冒険者ギルドが3つある。
ティアラ、ヨムヨム、アーレンシアだ。
まずティアラ冒険者ギルド――東地区にある。
新人~中堅向け。
個人向けの護衛や配達、害獣駆除や軽量級の魔獣退治を主にしている。
街の求人募集や短期就労も扱っているので普通の市民も来店する。
次にヨムヨム冒険者ギルド――西地区にある。
中堅~上級者向け。
荷馬車の護衛、複数パーティーでの大規模駆除、大型の魔獣や魔物退治を扱っている。
ティアラで経験積んだらヨムヨムで頑張るみたいな感じ。
最後にアーレンシア商業組合――南地区にある。
中堅~上級者向け。
商業ギルドが運営しているのでほぼ護衛一択。実力と信用がないと門前払い。
ヨムヨムで頑張ってたら声がかかる感じらしい。
薬草採取や獲物の買取はどこも常時受け付けている。
なので生活地区で住み分けしていると思っても差し支えない。
ちなみに俺が発見した冒険者たちは配達依頼の途中だったそうだ。
ステップアップの試験だったらしく亡くなったのは残念らしい。
とは言え彼の口ぶりからは当の冒険者たちのことは知らなそうだ。
「あれだな……『ハローワーク』と『買取センター』と『宅配便』がくっついてる感じか……」
日本の職種と照らし合わせるとそんな感じだろう。
程なくリリーさんのカウンターが空いたので彼が手を指し示す。
主任を目にした彼女は、その横に俺がいるのに気づいて慌てて立ち上がった。
「あ…あの……昨晩はすみませんでした」
謝罪の声が店内に響き、皆の注目が俺に集まる。
この悪目立ちは地味に応えるなと思いつつ、大丈夫ですと手で示す。
「昨晩この方がお持ちした薬草の買取査定の結果をお持ちして」
「はい。あ…でも主任、彼は登録をされてませんので、その…規約的にお支払いが……」
彼はどうも想定済みだったようだ。
俺に冒険者登録を勧めてきた。
「身分証明書になりますんで」
「ん……」
まあ日本でも何かにつけて会員登録はするんで特に気にすることでもない。
彼女は頷いて登録書類を準備する。
隣にいる受付嬢たちは、前の客の対応をしながらこちらを横目でチラチラ見ていた。
主任がわざわざ連れてきた人物、リリーの何かあったと思われる反応――
昨晩と言ってた……昨晩何かあったのだ。
笑顔で客の相手をしつつ、耳はしっかりこちらの話を聞いていた。
登録書類の最初に名前の記入欄……一瞬戸惑う。
そういや俺が日本語書いたらどう見えるんだ!?
少し考えて名前を記入する。
「あの……これ読めます?」
彼女はそれを見て「はい」と答える。
「マール語お上手ですね」
なるほど……マール語を書いてるらしい。だがどう見ても日本語だ。
認識が操作されてる? それとも空間が歪んでる?
驚きを隠しつつ、興味をそそられる事象に次々と考えが頭をめぐる。
隣のカウンターは空いた様子。
笑顔で答える彼女の横顔を隣の2人がじっと見ている。
次いで出身地の記入欄、俺はまた筆を止め考え込んだ。
「事情があるなら空欄でもいいですよ」
「あ……いや、そうじゃないです……」
少し考えて『日本』と記入する。
「これ読めます?」
彼女に聞くと、じっと見て首を振る。
その仕草を見て確信する。
ウエストポーチから財布を取り出し、一万円札を出身地欄の下に並べて指差す。
「この字と……この紙のここの字……似てるように見えますか?」
彼女が覗き込む。
するとこの機を逃すなと隣の2人も飛んで来て彼女の両サイドから覗く。
タランさんも俺の後ろからヌッと覗き込んでその字を眺める――
『日本銀行券』という字だ。
「……同じように見えます。これが出身地名ですか?」
事情が飲み込めない女性たちはじっと俺を見据える。
「この紙はなんです?」
タランさんが聞いてきたので見上げ、少し自慢気な顔で答える。
「紙幣……日本の通貨です」
一万円札を彼に渡し、リリーさんにも千円札を出して手渡す。
するとその質感や図柄の精密さに感嘆の声を上げる。
その光景を見て、俺はある事実を認識した。
『使いたい言語は選んで使える』
おそらく何も考えないと、相手にわかる言語を勝手に選択してるんだ。
俺だけだと日本語、誰かを相手にするときはその人の使う言語――
ただし日本語使うと決めれば日本語にできる……と。
とりあえず筆記だけの確認だが会話もおそらく可能だと思う。
試しに日本語で話しかけてみようかと思ったが、意味ないことに気づき止めた――
しゃべる言葉が日本語だとは限らない。
漢字で日本と書いた横にマール語でも日本と書いておいた。
俺は書類に目を通す。
「書けるところだけでいいですよ」
「わかりました」
タランさんは肖像の人物が気になったらしい。
「この絵の人は誰ですか? 国王ですか?」
「あーその人は福沢諭吉、ユキチさんです」
「誰ですか?」
「んーと……すごい学校を作った偉い人です」
するとポニーテールの受付嬢が俺の前に身を乗り出す。
「じゃあこの人は?」
「キャロル!」
リリーさんにたしなめられた女性はキャロルさん。
リリーさんより若干年下な感じの明るい女性だ。
そしてもう1人の女性はラーナさん。
お姉さん然として落ち着いた印象の女性。
リリーさんも含めて3人ともかなり綺麗な女性だ。
「んーと野口英世、ヒデヨさんです」
「じゃこっちが国王?」
「いえ……んーと確か、人がたくさん死ぬ病気の研究で勲章をもらった偉い人です」
実はノーベル賞をもらった医者だか学者だかって程度しか知らない――天然痘撲滅だっけか?(※違います)
4人とも異国の通貨というものに興味津々。
リリーさんの笑顔に昨晩の失点を取り返したかな。
書類の記入が済んだのでリリーさんが確認。
人を呼んで支払いを持ってくるように指示を出す。
なお登録カードは後日になるとのことなので了承した。
そしてタランさんが少々ご相談があると本題を切り出してきた。
まあ薬草の支払いだけじゃないと覚悟してたので了承する。
スマホ売ってくれって言ってくるかな。
談話室に通されると彼は単刀直入に切り出した。
「うちで働きませんか?」
「ん!?」
あんな騒動起こしといて勧誘されるとは……。
「何でです?」
「立ち居振る舞いが理知的だったからです」
彼は昨晩の事を話してくれた。
憔悴した彼女への対応が上手だったこと。マール語が堪能で、敬語での対応できること。
文字が書け教養がありそうだったこと。そしてすごい魔道具をお持ちで興味を引かれたとのこと。
「魔道具?」
ゲームや漫画でお馴染みの単語が飛び出した。
即座にゲーム脳が起動する。
笑っちゃいそうなのを隠すために顔に手をやり、悩んでる仕草をしてごまかす。
「違うのですか?」
考えてみればスマホを説明する単語がこの世界にない。
ちょうどいいので乗っかることにする。
「あー……国によって呼び名が違うんだろうと思います。多分認識は合ってんじゃないでしょうか」
魔道具――おそらく魔法を使った道具と思われるものが存在することに顔がほころんでいた。
彼が俺の答えを待っている。
就職を斡旋されたのは実に渡りに船だ。
街での職業に就きたかったし、何より安定した正規雇用を望んでいたからだ。
返事を引き延ばして条件交渉……などという腹芸は俺にはできない。
数秒考えるふりをして受けることにした。
「いいですよ、私も仕事探してたので。……ウィンウィンですね」
彼は首を捻る。
「……何です?」
「『双方にとって満足』って意味です」
俺はにこっと笑った。
ノックの音がして男の人がトレーに乗ったお金と明細書を持ってきた。
「主任、買取の支払いをお持ちしました」
彼はテーブルの上にそれを置くと一礼して出ていった。
トレーの上を見ると銀色の硬貨が数枚見える。
「こちらが明細です」
頂いた明細を見ると一番下に大きな字で『大銀貨1枚、小銀貨2枚』とある。
銀貨――などというものを現実に見るのは初めてだったので少し舞い上がる。
「大銀貨! これが大銀貨ですか」
鋳造技術は日本の硬貨と比べるべくもなく稚拙。
だが本物の銀に触れたことが無かったので思わず顔が綻んだ。
そしてこれの価値が気になった。
たしか四進数だったと思い出す。
これは一体現代換算でいくらぐらいなんだろうかと計算する。
「4、6、24……宿6日分……あっ違うな、4人だから1人1泊半……ん?思ったより安い…気がする。あ、でも依頼があったんよな。それ込みならもうちょいプラス……んーでも……」
前日の宿代から報酬を計算すると、1人当たりがそれほど多くない。
「これ4人だと宿もせいぜい1泊ですね。コスパ――命かかってる割に報酬が少なくないですか?」
疑問を呈すると彼は冒険者という職種について説明してくれた。
駆け出し冒険者はそもそも宿に泊まらない。
冒険者用のテント広場か、屋根と間仕切りだけの簡易宿泊施設を使うのが普通だそう。
料理も自炊、洗濯や体を洗う水場が用意してある。
ちゃんと衛兵が巡回もしているので安全とのこと。
それに普通の求人募集――たとえば工事現場だと飯場もあり、飯と宿が付いてる仕事も結構あるそうだ。
なるほどと納得する。
金額が少ないのも採取量が少ないからだそうだ。
そういえば冒険者広場というところにテント張ってたな。
あれは駆け出し冒険者なのだろう。
冒険者というのは実のところただの『フリーター』だ。
そもそもなぜ『冒険者』と俺の脳は訳すのか。
おそらくネトゲの影響だな……と想像はついた。
就職が決まった。
やはり亡くなった冒険者の報告に来たのは正解だったな。
結果的にいい方向に物事が進んだことを喜ぶ。
「ではよろしくおねがいします。タランさん」
「こちらこそよろしく」
早速寝泊まりする場所について聞く。
「ギルドに職員用の宿舎がありますのでそちらを用意します」
「ありがとうございます」
固定職の正式採用ゲットだぜ。
「3ヶ月は仮採用ですが、あくまでこれは規定上仕方ないので気にしないでくださいね」
「あ……仮でしたか」
思わずきょどる。
それ以前に給与がいくらか聞いてなかったなと今更気づく……まあ明日でもいいか。
そして宿舎に案内してもらう。
部屋は2階、ベッドと机とクローゼットのシンプルな内装。
広さは8畳ぐらい。俺のアパートと変わらんな。
彼は自分の仕事に戻ると言い、俺は深々と頭を下げてお礼を述べた。
いきなり異世界に飛ばされ、気づいたら就職して宿舎の一室にいるという。
人生何が起こるかホントわからんな……。
ともあれ落ち着く時間もできた。
ひとつ現在の状況を整理してみることにする。
名 前:御手洗瑞樹
能 力:勝手に言語を翻訳(マール語、猫人語)
魔法を使える(風、水、石、土、雷)、無詠唱可(理由は不明)、ただしおでこから出る(たぶん指輪のせい)
持ち物:地球産
ウエストポーチ、スマホ、ソーラー付きバッテリー、イヤホン、ペットボトル2本
財布、タバコ2箱、ライター、オイル、筆箱、アパートの鍵、Tシャツ、ジーパン、ベルト、スニーカー、パンツ1枚
:異世界産
リュック、ショルダーバッグ2つ、地図、小型ナイフ、魔法書、シャツ1枚、ズボン1着、パンツ2枚
所持金:大銀貨1、小銀貨2、大銅貨6、小銅貨12、大鉄貨2
職 業:ティアラ冒険者ギルド職員(3ヶ月仮採用)
スマホのメモ帳に書き出す――こんなところか。
冒険者ギルドとは人材派遣業、職員はその斡旋をする仕事。
ハローワークか大学のバイト斡旋課みたいなもんだろう。
事務職なら肉体労働じゃない。少なくとも外で野垂れ死ぬ心配がないのはありがたい。
とはいえあの冒険者たちみたいな目に遭わないとも限らない。
街の治安状況もよくわからない。
政治体制も不明……絶対民主主義じゃあないな。
しばらくは注意深く生活しないといけないな。
そして魔法だ。
現代地球人にとってはこれほど興味を引かれるものはない。
だが練習する場所がない。
街中で石の魔法ぶっ放すわけにもいかないし……。
そういえば火の魔法がなかった事を思い出した。
おそらくあるとは思っている――ヒール系もあるのか気になるところ。
情報収集はどうすればいいのだろう。
ギルドの職員に聞いたら知っているだろうか。
ただし手の内は明かせない。
魔法が使えることがいいのか悪いのかも現状わからない。
それにどうも……指輪の力は威力がすごい。
石は食らったら確実に人が死ぬと思う。むやみに使えない。
しばらく対外的には――
『魔法書は拾ったので読んでるだけ』
ってことで通すことにしよう。
2階の部屋の窓を開け、外を眺めながらタバコを一服する。
電気も無い、水道も無い、ガスも無い、車も無い、PCも無い、ネットも無い。
先行き考えると不安で発狂しそう。
ホームシックじゃないがお家に帰りたい。
頭に吸い込まれた指輪を外せば帰れるが……可能なのか!?
んなことを考えてたらカポッカポッと音がするので目をやる。
見ると下の通りを馬車が通り過ぎる。
「蒸気機関から内燃機関までは遠いな……」
あるシミュレーションゲームの技術ツリーを思い出す。
車は何百年先かな……と苦笑いを浮かべ、吸い終わると窓を閉めた。