59話
俺のスマホには『国際大百科事典』が入っている。
有料の1万円以上するやつな……。
なぜこんなくそ高い本がスマホに入っているのか――
実はよく覚えていない。
大学2年のときに、女性にお誘いを受けて飲む機会ができたんだ。
そしていい雰囲気になった覚えがある。
何かこう、いいとこ見せようと調子に乗って……ってたぶん飲まされたのかな。途中から記憶がない。
そしてしばらく経って数万円の引き落としにビビる。
で、これを買わされてたと気づいた。
なぜすぐ気づかなかったのかって? ご丁寧に非表示にされてたさ……。
今思えば商材とかの販売だったんだろうなこれ。
落とし物を拾ってお礼にと食事に誘われて、下心100パーセントでホイホイ付いていったのが間違いだった……。
こういう展開あるんだなーと、そんときは嬉しかったんだよ……。
こんなベタな展開に……と思うだろ? 漫画みたいな話と思うだろ?
食らった人間にしかわからんのだよ。
あるんだよ! 引っかかるんだよ! 余裕で釣られるんだよ! うわああああん!
恥ずかしくて誰にも言えずにいる黒歴史である。
だがこの大百科事典が、この異世界で日の目をみるときが来たのだ!
決して騙されて買ったわけではない!
この日のために買ったのだ!
ネットの使えない今、実力を発揮するときが来たのだ――
ということで早速調べる。
霊芝:湿気のある山林に自生、梅やナラやクヌギの古木に超低確率で見つかる。
「うーん……ナラもクヌギもどんな木かわからん。梅だって咲いてなきゃわか……いや梅の花もよく知らん」
木になるんだから原木がいるよな……と思い調べたが、そもそも木についての知識がないのでどうしようもない。
なので木の入手方法がわかるまでしばらく置いといた。
数日後、主任に材木を扱う店を教えてほしいと尋ねる。
「何です?」
「いえ、少し試してみたいことがあるので原木が欲しいんです」
「原木……ですか」
少し考え込むと、たまに短期の人材募集で依頼がくる店を教えてもらえた。
そして昼休憩時にそこへ向かう。
雑貨街を抜け、タバコを吸ってた橋の手前を右折、川沿いを西に向かう。
しばらくすると船着き場みたいな場所が見え、木材が浮いてるのが見える。
「あーなるほど、川に流すのか」
そういえば戦国時代物の話で木場っていう単語を見たな。川並衆とかいうんだっけか。
作業している人に声をかけ、ティアラから来たと告げると奥を指される。
頭を下げて、数人が話をしている場所へ顔を出す。
「こんにちは。ティアラ冒険者ギルドの者です」
「おう」
いきなり「原木ください」はないな。
仕事の依頼はないかとギルドの立場としての姿勢をとろう。
「最近どうです? 人材派遣の依頼とかはありませんか?」
「あー仕事か?」
少し話を聞くと、今は特に忙しくないからと依頼はないと言われた。
冬になったら頼むかもしれないという。
「冬が忙しいんですか?」
「あぁ?」
「すみません、最近入ったばかりの新人なので……」
下から上まで品定めするように見られる。
異国の人間とわかると世間話する感じで教えてくれた。
林業というのは冬が繁忙期なのだそうだ。
木が乾燥するのと、落葉樹の葉が落ちて伐採しやすいからだ。
なるほどと話を聞きつつ、ちょうど木の話になったので原木の件を持ちだす。
「ナラやクヌギの原木ってありますか?」
「んん?」
何でそんなことを聞くのかという顔をされる。
だが木の話だからか表情がパッと明るくなり、すぐに木のほうを向いて指さした。
うまく翻訳されたようでよかった。
「あの辺にあるのがそうだが……」
「実はこれくらいの長さのが欲しいんですが」
両手で直径40センチぐらいを示し、腕一本ぐらいの長さと伝える。
そしたら付いてこいと手で招かれる。
見ると奥のほうに切れ端がうず高く積まれていた。
どれが何の木かまったくわからんな……と思っていたら職人がサッと手に取る。
「これがクヌギだが……」
「あ、じゃあそれをください。いくらですか?」
「ん……切れっ端だからいいぞ」
「え? あ……どうも」
無料でいただけたのは素直に嬉しい。
もしかするとギルド職員という肩書きが功を奏したのかもな。
木を両手で抱えるとずっしり重くてびっくりする。
そして頭を下げてお礼を述べた。
業務終了後、自宅に持ち帰る。
そして紙に採取した『おそらく菌があるはずだろう埃』を木に撒く。
椎茸栽培はたしか……原木に穴を空けてそこに菌糸を埋め込むんだったと記憶している。
さすがに手についた菌を木に振りかけた程度じゃダメな気がするな……。
まあとにかく物は試しで『生育の魔法』をかけてみよう。
《そのものの成長を促せ》
1分……当然変化なし、5分……全然変化なし、10分……何も変わらず。
「んーやっぱダメかな」
そもそも菌類に魔法が効くのかどうかもわからない。
内心ダメかも……と思いつつも原木におでこあてて魔法を継続する。
ちょうど頭が木で支えられてる体勢だ――
ぼーっとしてたらそのまま寝落ちしてしまっていた……。
「……あ、ん?」
しばらくして寝てたことに気づき起きる。
だがなんと魔法の効果はまだ続いてた。
「あれ? これ自分で止めないと寝ててもしちゃってるの?」
期せず魔法は寝ていても有効と知る。
そして時間見たら1時間ぐらい寝てたみたい。
おそらく常人は魔力が尽きて気絶でもするんじゃないかと思うが、指輪のマナの持続力に驚く。
そして原木を見る。やはり変化はな――
「……ん?」
よーく見ると木の表面に小指の先ほどの大きさの、霊芝っぽいヒダヒダの物体が5つほど生えてた。
「おおおおお!? これ霊芝じゃね?『生育の魔法』効いてんじゃん。てかやっぱ菌糸落ちてたな。ワハハ」
思わずガッツポーズ。
魔法で万年赤芝草の栽培に成功したようだ。
「1時間魔法かけっぱなしでこのサイズか。霊芝についてはよく知らんが年数かかって成長するキノコなんだろうな」
そう思いつつ栽培に成功したことを喜んだ。
薬草錬金の件は、ティナメリルさんに「ほどほどにね」と釘を刺されている。
なのでギルドで売買するのは今のところしない。
手持ちに資産としてキープしておいて、いつか必要なときに吐き出せばよい。
ということで薬草は栽培して種だけ保存しとく方針にしている。
いろんな薬草の種を集めるのは面白いしな。
そして俺は、時折り万年赤芝草に『生育の魔法』をかけて成長を楽しむのが趣味になった。