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58話

 大金を得たからといって仕事をおろそかにはしない。

 むしろ今まで以上に頑張って『職場に残りたいんですアピール』しないとね。


 宝くじに当たって仕事を辞め、豪遊してたら使い切って破滅した……なんてお約束はしない。

 そんなちゃらんぽらんな性格ではない。


 そもそも研究してたテーマが『AIでの株取引』だ。

 金をぶっ込んだらあとはAI様に自動売買させて不労所得で老後を過ごしたいと思っている。

 元手は投資に回すタイプ。


 まあ儲けた大金貨のことは忘れて仕事に精を出そう。



 ところで最近、ティアラに来る冒険者が増えている。

 特に買取依頼が殺到していて大忙し。近頃は常に3人態勢だ。


 だがどうも見てると怪しい。


 真面目に採取してきてないだろ……って連中が多い気がする。

 数本の薬草しか手にしてなかったり、小動物1匹だけ持ち込んだりと変だ。


 遊びに来てんじゃないか……?


 しばらくして原因がわかった。


 例の集団――『ホンノウジ』に会いたい連中と、エルフのティナメリルさんを一目見たい連中が来ているみたい。

 装備が新人ではないからおそらくそうだろう。


 ラーナさんやリリーさんも知った顔がいる様子。

 挨拶交わして世間話をしたりしている。


 その際彼らが「例の冒険者は来た?」とか「今度来たら教えてくれる?」とか聞いている。

 よしよし……話が漏れているな。


 全職員に『金一封』を配って狙ってた隠れ効果だ。


 この国には祝いで金を配るという風習はない。

 珍しい出来事だと会話のネタに話してくれるはず……それで討伐の話が真実味を帯びるだろう。

 まあせいぜい頑張って探してくれ。『ホンノウジのノブナガ』をな。


 そしてティナメリルさんを店頭で見かけたという話も伝わったらしい。


 実際に買取騒動後、再びティナメリルさんが表に顔を見せた。

 そのとき職員と軽く会話して戻る姿を冒険者たちは目にしたのだ。

 ご尊顔を拝する機会が増えてるとわかり、お近づきになりたい連中がやってきている。

 しかも彼らをよく見ると妙に小綺麗だ……。


 意識しすぎだろ! お前らがティナメリルさんとどうこうなるとか勘違いも甚だしい!

 エルフ語しゃべれるようになってから来いってんだ!


 まあでも小汚い恰好でうろうろされるよりはマシだがな。


 だがそのあおりで経理業務がすごく増えた。

 たまに知らない薬草を持ち込まれて、いちいち調べる羽目になる。


 何だかサボテンの枯れたような物を持ち込まれたりもした。

 なるほど……手に入らないところで売れば高くなると踏んだか。正しいな。


 そのたびに冊子で価格調べて税額調べて……と手間も増えた。

 俺としてはいい勉強にはなるから構わないんだけどね。



 ふと仕事の合間、買取カウンターの作業をぼーっと眺めていた。


 まず冒険者がカウンターに薬草を持ってくる。

 丁寧な人だと紙や布に包んで扱い、出すときも静かに出す。


 だが雑に扱う連中も多い。


 抜いてきたままを鞄に突っ込んで持ち帰り、そのままカウンターにドサッと置く。

 職員は何か言いたいのを我慢して、バラバラっと中を確認しつつ選別する。

 雑草などがあれば間引き、土がたくさんついてるものがあれば払う。

 本数扱いの草は数え、重量扱いの草は秤に乗せる。

 それが一連の流れ。


 しかし見てるとあることに気づく。

 作業中に茎の一部が落ちたり、小さな若草や実だか種だかが落ちたりしている。


 そしてティンと閃く――


『薬草錬金』いけんじゃね?


 仕事が一段落ついたふりをしながら声をかける。


「あの…そこ掃きましょうか」

「あ、いえ大丈夫です。すぐ掃きますから」

「まあまあ、俺ちょうど手があいたんで……」


 職員はしばらく考えると「お願いします」と頭を下げ、奥へ薬草を運んでいった。

 急いで箒で床を掃き、塵取りで集め、ゴミを俺の横のゴミ入れに捨てる。

 その際塵取りをよーく見て、細かい粒がついてそうなら叩いて捨てた。


 終業後、帰る際にゴミ箱から書類以外の内容物を紙袋に移す。

 その袋を持って別棟横にある花壇へ向かう。

 薄暗くなっているので人気もないが、一応辺りに誰もいないのを確認する。


 紙袋の中身を土にばら撒き、苗や茎は植えなおす。

 そして例によって畑に向かって土下座。頭を土につけて『生育の魔法』を唱える。


《そのものの成長を促せ》


 約1分ぐらい詠唱後、花壇を見てほくそ笑む。


「…………ぐふっ!」


 そこには見事に成長した薬草が何本か生えていた。


 しかも種類の違うのもいくつか混じっている。

 おそらく他の買取時の種子が落ちてたのだろう……ラッキーだ。

 とりあえず成長した薬草を全て抜き、自宅に持ち帰った。


『ゴミからの薬草栽培の成功だ』


 これに味を占めた。

 それからは事あるごとに床やカウンターの掃除を申し出る。

 そして持っていない薬草が持ち込まれたときは、その一部を採取した。


 ◆ ◆ ◆


 何日か経ったある日、珍しい物が持ち込まれた。

 4人パーティの冒険者のリーダーが、布に丁寧に包まれた物を置いて開けて見せる。


「うわ! これはすごい!」

万年赤芝草(まんねんせきしそう)じゃないですか! しかも大きいし状態もいいですね」


 職員の声に店内の人たちは一斉に向く。


 冒険者たちも得意げで、リーダーも笑顔を見せている。

 しかし俺は、至って冷静に……あるものを思い浮かべていた――


「……霊芝(れいし)?」


 もちろん実物は見たことない。

 だがネットで写真なんかをよく見たことがある。漢方で使われる珍しいキノコだ。

 主任も声には出てないが、口元がおおーと驚いている。


「あれ草なんですか?」

「ええ、薬草ですよ」


 いやどう見てもキノコだろ……この国じゃ草扱いか。


「あれって珍しいんですか?」

「そうですねー。うちじゃ数年前に小さいのを持ち込まれた以来ですかねー」

「へぇー……」


 やっぱ霊芝ってそんなに見つからないものなんだ。

 珍しい持ち込みに店内もざわついている。

 ふとその万年赤芝草を見てひらめく。

 キノコって菌類だよな……菌が木に付着して育つんだっけ。


 てことはカウンターの上に……。


「奥で査定してきますのでしばらくお待ちください」


 そう言って職員が丁寧にトレーに乗せて奥へ持っていく。

 すかさず俺は立ち上がり、冒険者へ声をかける。


「すごいですね、偶然見つけたんですか?」

「ん? あぁまあな」


 聞くと、西の山村の害獣駆除の依頼を受け、奥深く入り込んだ時に偶然見つけたんだそうだ。

 急ぎ駆除を済ませ、帰りに採取してここへ持ってきたのだそうだ。


「ヨムヨムに持ち込まなかったんですか?」

「ん? ああ…まあちょっとなー」


 歯切れが悪い。

 まあティナメリルさん目当てかなーというのは察しはつく。


 だが今日はいなくて残念だったね。

 俺は冒険者を褒めつつカウンターに右手を付き滑らせる。


「きっといい値が付きますよ」


 掌を上にしつつ自分の席に戻った。


 そして仕事のふりをして紙を一枚机の上に置き、静かに手をはたく。

 何となく掌のザラっとした感触にほくそ笑む。

 息で吹き飛ばさないように呼吸を止め、静かに紙を折ってそのままポケットにしまった。


 なお万年赤芝草の鑑定結果は何と『大金貨12枚』――税金と手数料引くと9枚弱。

 ギルド内もその金額に騒然として冒険者は大喜びでガッツポーズ。

 誰ともなく拍手が湧き起こり冒険者を祝った。


 俺も彼らに別の意味で拍手を送った。

 一攫千金の素材をティアラに持ち込んでくれてありがとう……とな。


あけましておめでとうございます。今年も頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] お、薬草のターンだ。それにしてもベルさんは博識…、もしくは調べた知識をそれっぽく使うのが上手いお方だ。
[一言] 小狡い事を覚えちゃったなあw 程々にね あけましておめでとうございます。 今年も楽しませていただきます!
[良い点] ギルドの裏事情といったファンタジーなのに妙に現実感ある話はなかったので新鮮です。 [気になる点] 主人公の着地点が匂わせ程度でも見えてこないので、主人公の日記帳みたいな感覚で読んでいます。…
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