57話
俺はあまり人のプライベートを聞くのが好きではない。
興味がないというのが一番の理由だが、実はそういう話を切り出す度胸がない。
よくドラマや漫画で「ご両親は何してんの?」と聞いて「いやうち離婚したから」とか「父は交通事故で死んで……」とか言われて空気がしんみりするシーンがある。
そんな感じで空気をぶち壊すのが怖い。
なのでなるべく人の出自や家族構成などの話はしない、聞かない生き方をしてきた。
田舎あるある、名前を言うと「ああ~〇〇さんちの隣の、お母さん〇〇出身よね……」とかすぐに身バレする。
家族構成はおろか、親の出自や兄弟の住所や勤め先、果ては祖父母は何してた人だったまで知られている。
そういうのがホント嫌だった。
素っ気ないと言われればそれまでだが、性格的に人の領地に土足で入り込むのを躊躇ってしまう。
昔から付き合いが薄いと言われてきた。
単に空気を壊すのが怖いだけなのだがな……。
ティアラに勤めてもうじき2ヶ月になるが、経理の3人の出自も人となりもまったく知らない。
日本のことや自分のことを聞かれれば普通に話す。
だが彼らがどこの出身で……と俺から話を振ったことはない。
たまたまガランドが妻帯者だというのを知って、ちょっと羨ましいなと話をしたぐらいだ。
そんな3人の口から「海を知らない」と聞かされた。
ギルドに勤めてから地図をいくつか見たが、世界地図たるものは見当たらない。
この国、マルゼン王国の領地分布がせいぜいで、それも正確ではない。
3枚地図を見たら3枚とも王都への経路が違っている。
知識レベルの低さを考えれば、測量なんて技術はないよな。
よくそれでやれてるなと思う。
日本でも地図作ったのって江戸時代だっけ?
仕事上この近辺の調査ができていれば事足りる。
必要ないっちゃないんだろうな。
「なあ……その……3人はこの国の出身なん?」
軽く切り出す感じで聞いてみる。
やれ孤児だったの、やれ家を追い出されただのという、ハズレの話がないように願う。
「ん? あーそうだな。レスリーどこだっけ、隣のレミンドールだっけ」
「うん。ロックマンはミールブルだっけ?」
「いやいや、コリントだよ!」
「ああすまん、そっちだったな。俺は王都で実家は商店経営してる」
ミールブル市とコリント市はフランタン領に属する一都市だ。
フランタ市の北西がミールブル、北東にコリントがある。
レミンドールは西に位置する別の領、王都はレミンドールの上辺り。
「あー……なるほど。じゃ3人ともこの国の出身か。国から出たことは?」
3人とも首を振る。まあそうだろうな。
マルゼン王国は四方を囲まれている。
地形やサイズを無視して他国との位置関係を説明する。
日本地図でたとえると――
四国がマルゼン王国、中国地方がダイラント帝国、九州がシシリア教国。
瀬戸内海が森や山で、マルゼン王国の南、太平洋は大森林、東はだいぶ先が山脈らしい。
日本海や東の近畿地方も陸地らしいが情報が伝わってこない。
理由はダイラント帝国と仲が悪い。
昔戦争していたそうだ。
今は国交正常化しているが、現在かの国の政情が不安定。
戦争吹っ掛けまくって侵略した結果、あちこちで内戦状態らしい。
そりゃあ付き合いたくないな。
そして西のシシリア教国、ここは聖職者連中の総本山。
治癒魔法を武器に他国に神殿建てまくって布教活動している。
他国も恩恵を受けているので文句を言えない状態。
文化侵略真っ最中といったところか。
そしてやはりというか、宗教国家なので異国人に対して排他的。
鎖国はしていないが、商人もあまり行きたがらない雰囲気だそうだ。
なのでさらに西がどうなってるかもまったくわからない。
つまりマルゼン王国は、北にダイラント帝国、西にシシリア教国、南が大森林、東が山脈、と見事に囲まれている。
出ようにも出られない国というわけだ。
「そういや食事に魚類を見ないなー」
「魚? あの川で取れるやつか?」
「あーまあそうなんだけど……海の魚……」
「海って川なのか!」
「いやー……、湖のデカいやつだな」
「へえー……」
説明がめんどくさい。
ふとスマホに写真でもあったかなーと思ったが、見せてもポカンとされるだけだな。
しかし海の食材が手に入らないのは厳しい。
別に魚が好きというわけではないが、昆布が手に入らないのが致命的。
出汁が取れないから日本食が絶望的。つらいなあ。
今度機会があればマグネル商会に尋ねてみるかな。
海って知ってますかって……。
話を戻して、他に質問はあるかと尋ねる。
するとレスリーが経費の部分を聞いてきた。
「瑞樹、依頼書見たら『諸経費をギルドが持つ』という文章が追加されてたけど、あれは何?」
「あれはですね、冒険者とティアラが払う2割の部分を減らすためのテクニック……工夫です」
「工夫?」
「一般的には『経費で落とす』という技です。えっとですね――」
紙に数字を書きながら説明した。
費用は『税金を引かれた後』ではなく『税金を引かれる前』に使うようにするんだよと……。
なるべくわかりやすく話したつもり――
だが3人とも神妙な面持ちで絶句していた。
まあ実際うさん臭い話だ。
本屋で売ってる節税指南書に書いてあるような内容の話だ。
納得しなくて当り前だな。
「瑞樹はなんでそんな詳しいんだ? 前、経理知らないって言ってなかったか?」
「あーっと、うちの父が食堂経営してんだよ」
ガランドは、俺が経費をどんどん積み重ねる話を聞いてて顔が青ざめていた。
別に違法ではないと言っても納得してなかったからな。
俺の知識は、父が経費を計上する様を見て学んだからと告げる。
そしてもう一つ、この国は経理上の致命的欠陥がある――
なんと『領収書』が存在しない。
市民の識字率の低さと計算ができない教育の低さが原因だろう。
冒険者は非居住者、どこにいるやらわからない。あっさり死んじゃうしな。
なので『誰が何をどこでいくら購入したかなどの履歴が追えない』のだ。
「まあ冒険者ギルドは人材派遣業、金の出入りがすっきりしてる。なのでまず疑われないな」
ティアラは新人御用達なので薬草や小動物しか持ち込まれない。
経費を計上しようにもできる隙間がほとんどない。もともと税金が安いのだ。
今回の突発案件も書類が整ってれば問題ない。
そういうふうに整えたからな。
と言ってもなかなか不安が解消されない様子。
うーむ……安心させとくか。
「今回は討伐の冒険者――まあ俺ですが、ティアラの職員だという特殊事情があったから融通が利いた話です。職権乱用というやつですね。1回こっきりの珍事です。次はありません」
3人は顔を見合わせると、たしかにそうだと頷く。
「普通の冒険者にこんな話持ち出せないな」
「『報酬減らして経費に……』とか言っても激怒されるだけだな」
「てかそもそも素材うちに持ってこない」
「それなっ!」
レスリーを指さすと、やっと彼らに笑顔が戻った。
いつもお読みいただきありがとうございます。
気づけば今年も終わりです。来年もぜひお読みいただければと頑張ります。
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