56話
経理の3人が聞きたいことがあると俺の席に来た。
「瑞樹、節税ってどういう意味だ? 教えてくれ」
「ん?」
彼らは主任に節税の話を聞いたらしい。
それでその理由を経理として知りたくなったらしい。
「そうだなー、細かい話をするとわからなくなるから大雑把に説明するね」
自分の席に着かせるとゆっくり話し始めた。
ティアラ冒険者ギルドの利益の出し方は3つ。
『依頼の支払いの手数料』
『素材の買取と売却の差益』
『その他(購買の売上など)』
今まで税金は3つとも1割で処理していた。だが買取は素材によって税率が違っていた。
薬草や食料品は1割だけど、魔獣の素材は6割だ。
今回は依頼がないので、マグネル商会に素材を売却するだけの単純取引。
この場合、利益に6割の税金がかかる。
ところがティアラは今回鑑定していない。
しかもマグネル商会が即決で購入したので素材も素通り。
つまり見ようによってはこうとれる――
『運搬を頼まれた何かを倉庫に一時保管していた』
という扱いだな。
そこでティアラは『魔獣の討伐』の依頼書を作成する。
そして冒険者が魔獣を討伐して依頼を完了した。
するとあら不思議――
『素材の買取金:大金貨36枚』が『討伐依頼の支払金:大金貨36枚』
に変身する。(大金貨1枚――約26万円)
「待って待って! それ変じゃないか!?」
ロックマンが目をつむり、手で制止する仕草をする。
「ん?」
「だって素材売ったんだよね?」
「誰が?」
「えっと……みず――冒険者ノブナガが……」
「誰に?」
「……マグネル」
俺は意地悪く笑って首を振る。
「売ってません」
「「「え?」」」
「マグネル商会が加工業者に売るだけです」
彼らは全然わからない様子。
自分だけかとお互いの顔を見やる。
「……なので税金6割払うのはマグネル商会です」
この国の税制は『利益が出たらすぐ税を抜く』仕組み。
冒険者がティアラに素材を売ると、そこで6割抜かれる。
ティアラがそれをマグネル商会に売ると、そこでも6割抜かれる。
さらにマグネル商会が加工業者に売ると、そこも6割抜かれる。
つまり3回税金を取られる。
普通の国は3回分を上手に分配して1回分になるよう調整する。
日本では売上の消費税から仕入の消費税を引くことで、小売り店と仕入れ業者とで税負担を分けている。
だけどこの国はそういう調整をしない。
税率1割なら3回とられても影響は少ない。
だが6割も取られると、利益を出すには値段を吊り上げるしかない。
おそらく1取引ごとに前の値段の3倍以上にする必要があるだろう。
魔獣の装備品が高い理由はここら辺にある。
人件費や加工の技術料も加えると、素材が装備品になるころには桁3つは上がってるな。
おっと話がそれた。
マグネル商会との取引を、素材売却から依頼報酬に変更する。
すると税負担が『6割から2割(大金貨1枚の利益を超えるため)に変わる』というお話だ。
彼らは「うーん」と唸っている。なかなか納得いただけない様子。
わかりやすく説明してみるか。
机から計算用紙を1枚取る。
左側に『マグネル商会』、右側に『ティアラ』と書く。
「そうだなー……たとえばなんだけど」
3人ともじっとペン先を見ている。
金の移動経路をマグネル商会からティアラへと矢印を引く。
まず『危険な魔獣の討伐』という依頼がマグネル商会から出されたとする。
報酬は大金貨36枚。
そして討伐後、その魔獣の素材が何も手に入らなかったとする。
運悪く谷底へ落っことしたとか、川に流されたとかな。
だが討伐はしたから報酬は支払われる。大金貨36枚ゲット。どう見ても依頼の支払いだな。
その後、偶然マグネル商会が死んだ魔獣を発見、そそくさと回収する。
当然、冒険者もティアラもそんなことは露と知らない。
でも素材はマグネル商会の手に渡る……と。
素材の移動経路を紙に線を引く。
買取の場合はティアラからの矢印、依頼の場合は別の位置からの矢印だ。
「あっ」
ガランドがいち早く理解した様子。
次いでレスリーも気づき、遅れてロックマンも何となくわかったみたい。
「一緒でしょ? やってること」
「うーむ……」
「討伐の依頼を受けてそれを完了しただけ。素材なんか知らん……という話」
もう一つの例として、今回の俺のパターンを話す。
俺が1人で討伐したけど、あんな巨体の魔獣は運搬できずに捨てて帰る。
後日、マグネル商会が森の中で素材を見つけて勝手に回収する。
この場合、マグネル商会は濡れ手に粟で素材を得ることになる。
その後、マグネル商会が適当な依頼を持ち込む。
遺跡調査でも森の調査でも何でもいい。歩いて帰ってくる程度の内容で十分だ。
それでティアラに代金を還元する。
「ね、簡単でしょ?」
3人とも顔を見合わせながら悩んでいる。
おそらく「いいのかな~……」とでも思っているのだろう。
「あのな、収益の内容を変えて税率下げる話、うちの国ではできるんだよ」
「えっ!?」
「魔獣の取引ではないんだが……」
そう言って床をチョイチョイと指さす。
「ん?」
「土地と建物の税率……日本じゃ高いんだよ。狭い国なんでな」
日本の話を出したので少し気がそれたのか、明るい表情になる。
難しい話をずっと聞かされてたからな。
それに不動産所得や所得控除、経費の付け替えの話などしてもわかりゃしないので、ざっくり一言で締める。
「家賃収入の一部を給料にすると税金安くなるんだよ」
「ふ~ん……」
何となく興味なさそうな反応。まあわかんないもんな。
「瑞樹の国は狭いのか?」
「島国だからな」
「……島?」
「えっ!?」
俺がポカンとする。
「島わかんない? 海って知らない?」
3人とも首を振る。
持ってたペンがポトリと落ちる。
「マジか……」
どうやらこの国の人たちは海を知らないらしい。