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55話 金一封

 ティアラ冒険者ギルドの全職員にあるものが配られる。

 小さな紙袋、その表には『金一封』とマール語で書かれている。


「『キンイップウ』です」


 主任の言葉にみんなキョトンとする。

 そして袋の中から大銀貨1枚(約1万5千円)が出てくるとびっくりした。


「主任、これ何です?」

「なんで大銀貨もらえるんです?」

「金一封って何ですか?」


 主任は報奨金だと答えて俺のほうを見る。話は彼に聞けという態度だ。

 皆が俺に向き、リリーさんが口火を切る。


「瑞樹さん、これって何です? 金一封って……」


 俺は両手でまあまあという仕草をする。


「日本では会社に特別いいことがあったときは、全従業員に感謝の意味を込めてお小遣い程度のお金を配るんです。それを『金一封』と言います。『お金を少し包みましたよ』って意味です」


 みんな初めて聞く話に関心を寄せている。


「今回、グレートエラスモスの討伐という大仕事がティアラに舞い込みました。それは普段の皆さんの働きの賜物ですから皆で祝いましょう……というわけです」


 ラーナさんが首を傾げる。


「でも倒したのは瑞樹さんなんですよね? ギルドは関係ないんじゃ……」

「関係なくはないですよ。いろいろ段取りつけてくれたのはティアラですし」


 理解できないようだが話を続ける。


「たとえば、財務部門は冒険者たちとは関わりません。でもティアラには必要ですよね。儲けに関わってないように見えても実は全職員が頑張ってくれてるから今回の収益があったんですよ……と思ってほしいのです」


 配った主任も顎に手を当てて聞き入っている。


「『金一封』というのは祝い事です。深く考えずにギルドからお小遣いもらった……ぐらいに思っておけばいいんですよ。ギルドも気前がいいなって思うでしょ? これからも頑張ろってなるでしょ? そんなもんです」


 お互いに顔を見合わせ、頬を緩めて笑いだす。

 ガランドが大銀貨を手にして気分よさげだ。


「金一封っていいですね。覚えました」


 俺は得意気な顔で返した。

 まあ今回の件は、もう一つ重要な理由があるんだけどね。


 ◆ ◆ ◆


 数日後、街のいろんな所でとある冒険者集団の存在が話題になっていた。


「おい聞いたか! 例のグレートエラスモス討伐したの……流れの冒険者集団らしいじゃねえか!」

「ああ聞いた聞いた。ティアラの職員がギルドから報奨金が出たとか言ってたぞ」

「マグネルが討伐依頼を出してたらしい」

「は? なんでマグネルが居場所知ってたんだ!? どっかから情報仕入れたのか?」

「仕入れたとしてなんでティアラなんだ? 普通ヨムヨムじゃないのか!?」

「ティアラの職員が対応したらしい」

「だからなんでティアラなんだよ! あそこ新人しかいねえじゃねえか!」

「そもそも流れの集団ってどこ拠点にしてんだ? 街のギルドじゃねえのか?」

「いやあどこも聞いてないらしい。アーレンシアの連中も知らんと言ってた」

「名前とかパーティー名とか誰か知らねえのかよ」

「ええっと確かな……」


 若い冒険者がティアラで仕入れてきた情報を思い出す。


「そうそう『ノブナガ』だ。パーティーは確か……『ホンノウジ』だ」


 初めて聞く名前だ。

 皆が神妙な面持ちでどんな連中か気になっている。


「ノブナガ……か」


 冒険者たちの間でホンノウジの噂が駆け巡る。

 そしてヨムヨムの女性職員も討伐の噂が耳に届く。


「先輩! ティアラの友達に聞いたんですけどー、『金一封』ってお小遣いがギルドから出たそうですー」

「例の報奨金ね。いいわね」

「何かーティアラに依頼が来たのは自分らが頑張ってるからだーってギルドがくれたってー」

「へえー」

「うちはそういうのないんですかねー」

「まあ例の魔獣クラスの討伐でもあれば出るんじゃない?」

「えーじゃあ冒険者連中に発破かけないとですねー」

「そうねー」


 彼女たちはティアラで出た『金一封』が少し羨ましかった。


 ◆ ◆ ◆


 マグネル商会の会長室にも話は届いていた。


「うちが討伐の依頼出したことになってますけどいいんですか? 会長」

「タランからそうしてくれと頼まれたからな。まあかまわんよ」


 会長は椅子の背に体を反らせ、いい取引だったと満足している。


「何か隠したいんですかね? 例の流れの冒険者集団とか」

「それもあるだろうが今回は純粋に税務処理の関係だな」


 カルミスはわからないと首を傾げる。


「ティアラは素材売却ではなく、討伐依頼の支払いにすれば税金安いんだ」

「……あ、ああーそうですね。税率ですか」


 はいはいと頷く。


「うむ。ティアラはあれの税率が高いことを今回知ったんだ」

「ティアラは魔獣の買取したことないんですね」

「新人ばかりだからな……まずないだろう。なので今回の件は討伐にして、素材は知らんという形を取ったというわけだ」

「……討伐で通せますかね。グレートエラスモスの素材ですよ?」

「放置してあったのをうちが拾ったで通るだろ。やりようはいくらでもある」

「なるほど」


 会長は机に両手を組んで前のめりになる。


「――でな? このことに気づいたってのが例の日本人だ」

「タランさんじゃないんですね」

「あいつは彼から説明受けてもよくわからなかったそうだ」

「そうだったんですか」


 確か優秀だと聞いたな……とカルミスは思い出す。


「しかし会長、魔法の件……本当でしょうか?」


 会長が黙り込む。

 取引した肉はたしかに新鮮だったが6日も経った肉だという。

 どうにも感覚的に受け入れ難かった。

 だがファーモスも商人である以上、売れそうな品を逃したくはなかった。


「まあ真偽のほどはわからないが、話としてはあり得ると思う」

「どうしてです?」


 会長は組んだ手を解いて指で机をトントンと叩く。


「素材がティアラに持ち込まれた件だ。『なぜティアラなんだ?』という話だ……」

「――エルフ繋がりですか!」


 叩いてた指でカルミスを指す。


「そうだ。おそらく肉にかかった術がわかるのはあそこのエルフだけだろう」

「それでティアラに……なるほどそうですね。ヨムヨムじゃ劣化しない肉のことなんかわからないでしょうね」


 会長は少しホッとした様子で胸の内を漏らす。


「実は肉の件……少し不安だったんだ。やはり劣化しないというのは不気味だったしな」

「……そう……ですね」

「だがエルフの術と言えば通用するだろう。ティアラにもエルフがいるしな」

「冒険者にエルフがいなくても、ティアラのエルフがかけたことにしてもいいわけですね」


 会長は体を後ろに反らす。


「んー……まあそうだがどうせ確認取らないだろう。ティアラも答えないだろうしな」

「なるほど」


 2人は討伐者の素性や素材の出所などの話が繋がってとても安心していた。


 ◆ ◆ ◆


 金一封をもらった日のガランド宅。

 夕食が終わり、妻が酒を持ってくる間にガランドは小さな袋をテーブルに置く。


「何それ?」

「『金一封』だ」


 スーミルが首を傾げる。

 ガランドは酒を一口飲んで嬉しそうに、今日ギルドでの出来事と瑞樹から聞いた話をした。


「へぇー面白い制度ね」

「うん」


 袋から大銀貨1枚をテーブルに出す。そして人差し指を大銀貨に乗せて押し出す。


「お小遣いね」

「ホントは今日これで何か買って帰ろうかなと思ったんだけど、まずはそのまま見せようかなってね」

「ふふ」


 乗せた人差し指をトントンとするガランドが妙に嬉しそう。

 その様子にスーミルはいつもと違う雰囲気を感じ取る。

 席を立つとガランドの後ろに回り、腕を首に回して抱きついた。


「あなた少し前まで辛そうだったものね」


 ベテラン経理が抜けた穴が大きく、瑞樹が来るまで仕事をうまく回せてなかったことを思い出していた。

 そして自分の胸の内を吐き出す。


「実家の商店は兄が継いで、次男の俺も居場所がなかったわけではないが、自分でも一本立ちできると見せたくて、家を出てティアラに入ったんだ」

「うん」

「でも経理が得意と言ってたくせにうまく回せず、他の2人にもうまく指示ができずにいてな……」

「うん」

「そしたら瑞樹が入ってきて、あっという間に仕事を片付けてしまった」

「うん」

「それから仕事は楽になったんだけど……『俺ってティアラに必要なんかな……』って少し思っちゃってな……」


 スーミルは彼の胸の内を聞いて、自然に抱く力が強まる。


「でも今日これもらって、瑞樹に『みんながいるから自分も助かってる』って言われてな……」

「うん」

「何か……何かな…………凄く嬉しかったんだよ……」


 うまく言葉にはできなかったが、『金一封』と書かれた小袋にこんなにも励まされた自分が妙に照れくさかった。


「ふふ、よかったわね」


 スーミルはそっと彼の頬にキスをする。

 ガランドは彼女に目をやると、お互い目を閉じて口づけを交わした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いなぁ。すごくいい。打算と親切心が入り混じる人間模様。俺つえーももちろんおもしろいけどこういうのがあるとさ、深みってやつがさ、違うよね。
[一言] 瑞樹が何を思ってあんな事したかわかる人もちゃんといるんだなあ こういう人とは今後もいい付き合いしたいですねえ
[一言] スーミル、めっちゃいい奥さんやん、ガランドめー!
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