54話 架空の冒険者ノブナガ
マグネル商会から代金を受け取ってから数日後。
15時を回って少し暇になった頃合いを見て主任の机に向かう。
「主任、ちょっとお話……いいですか?」
「ん?」
「グレートエラスモスの件のご相談です」
「相談?」
「はい」
顔を上げると、俺が手にしている数枚の書類に目がいく。
「――それは?」
「お前を消す方法です」
主任はさっぱりわからんぞという顔。
対して俺は埋蔵金を掘り当てましたという不敵な笑み。
それを目にしてうさん臭い話を持ってきたなと顔が曇る。
俺が恭しく談話室へ手を指し示すと、やれやれと立ち上がる。
十数分後、揃って談話室から出る。
主任は困惑した表情を浮かべ、俺は大丈夫大丈夫……と主任を説き伏せていた。
「リリーさん」
俺の机の横に椅子を持ってきて座ってもらう。
「何です?」
「ある冒険者の登録をしてもらいたいんですが……」
紙を1枚手渡す。
「ここに書いてある名前とパーティー名で登録をお願いします」
「え?」
驚く彼女に俺はにっこり笑って返す。
「いや…でも本人がいませんが?」
「頼まれました」
「は?」
キョトンとする。
「来られないということなので……」
彼女は、通常の手続きでないことに難色を示す。
「いやでも本人がいないとできませんが……」
「でももう討伐依頼も完了してて報酬を支払わないといけません。登録しないとできないんでしょ?」
「何の討伐です?」
「グレートエラスモスです」
「え!?」
それは俺が倒した魔獣の名前――でも討伐は俺じゃないという。
「でも倒したのは瑞樹さんじゃ――」
「ああっ、あれ嘘!」
「!?」
「だってあんな魔獣、俺1人で倒せるわけないっしょ。口止めされてたから言えなかったんです」
リリーさんが主任に目をやる。主任は渋い顔でゆっくり頷いた。
その仕草に彼女は眉をひそめる。
「わ……かりました。で、この紙に書かれてる方を登録すればいいんですね?」
「お願いします」
彼女は紙を見ながら登録申請書に記入を始めた。
「名前とパーティー名……がこれですね?」
『名前:ノブナガ、パーティー名:ホンノウジ』
「これ……日本の方ですか?」
「はい。とても有名な日本の戦闘集団です。ですが国籍の欄は不明にしといてください」
「わかりました」
登録申請が済むと、次の書類を渡す。
「次はこの内容で『魔獣討伐依頼書』を作ってください」
彼女は書類に目を落とす。
「これは?」
「『マグネル商会』からの『グレートエラスモス討伐』の依頼です」
「え!?」
彼女は驚いた顔で俺を見たあとすぐに主任に向く。
だが主任は机に向かって自分の仕事をしていた。もうこちらのことは知らんという態度だ。
さすがに理由を聞かずに書く気はなさそうだ。
「一体何です?」
「今回の件の段取りをよくするだけです。主任も何も言わないでしょ?」
彼女は顔を近づけて小さな声で囁く。
「……でも倒したのは瑞樹さんなんでしょ?」
「それじゃ困るから話を作ろうとしてるわけです」
俺も囁くと彼女はじっと俺を見つめる。
「そんなに見つめられちゃうと照れちゃいますぅー」
その言葉にちょっとムッとした様子。
「だ……大丈夫ですって! 悪いことじゃ……ないですから」
架空登録はアウトだなと頭をよぎり一瞬間が空く。
法人登録みたいなもんですって説明しようと思ったが、まあわかんないよな。
リリーさんに納得してもらうべく筋書きを説明する――
ある日俺が森で薬草採取していたら謎の集団と遭遇した。
どうしたのかと聞くと森で魔獣を倒したという――どうやらグレートエラスモスらしい。
何とびっくり! それは討伐依頼が出てた魔獣じゃないですか~!
私はギルド職員で、このグレートエラスモスはマグネル商会が討伐依頼を出していた魔獣だと教える。
すると彼らもびっくり!
これは好都合。「じゃあ『冒険者登録』して『魔獣討伐依頼』を受けたことにしましょう」と提案する。
無問題と承諾してくれたが、このあと用事があるので街には行けないという。
私が全部手続きしておくので大丈夫と告げると去っていった。
「こんな感じでーす!」
軽い感じで説明した。リリーさんは呆れた様子で黙っている。
「ね、問題ないでしょ?」
諦めた様子でため息をつくと、書類作成を始めてくれた。
彼女の綺麗な指先を眺めつつ細かな指示を出す。
「あ、ここチェック入れて、この文章を記入してください」
『諸経費は全てティアラ冒険者ギルドが提供。内訳は以下の通り』
『20名6日分の食料と飲料水、調理道具一式、寝具、テント』
『負傷時に使用した薬代は別途計算』
リリーさんは文章を読んで顔を上げる。
「あのこれ……」
「はい?」
「……倒したあとに出会ったんですよね?」
「あっ、気づいちゃいました?」
リリーさんが急に険しい表情になる。
「んー何かぁーグレートエラスモスにぃー装備一式潰されたそうなのでぇーうちがぁー補償することにしましたぁー」
「はぁあ!?」
「いやー大変な戦闘だったみたいですぅー」
軽い口調が気に障ったか、表情が消えてジト目になった。
「調子乗ってすんません」
早口で謝る。
ペンが止まっているので書類を指さしてせっつく。
「こんな内容初めて見ました」
「魔獣の討伐の必要経費をこちらで持つという文言です。ちゃんと認められてる項目です。うちじゃ魔獣討伐受けないから書いたことないですもんね」
しばらく文言を眺め、そして書いてくれた。
時折りチラっと俺を見る彼女の上目遣いがとても可愛い。
「ところでなんで瑞樹さんが書かないんです?」
「私が登録やら依頼の書類を書いちゃうと思いっきり不正っぽいでしょ?」
彼女は俺を見上げると、肯定するように数回頷く。
納得されるとそれはそれでちと悲しい。
「本当はリリーさん巻き込まずにしたかったんですが、まあリリーさんならいいかなと」
字を書く手が止まる。
「た……頼りにしてるって意味ですからっ!」
まだ手が動かない。
「ホントホント、ゼンゼンワルイコトジャナイデス!」
いたずらがばれた子供のような表情の俺をじっと見やり、しょうがないわねと笑みを浮かべて書類を作成してくれた。
「う~んリリーさん大好きっ!」
「……バカッ」
今のやり取りは何となく彼氏彼女っぽかったな……と妙に気分が高揚した。