53話
マグネル商会との取引が完了し、大金貨52枚を得た。
その収益をどう扱うかを少し考えている。
『大金貨36枚』
グレートエラスモスの皮と頭の売却代金である。まずこれから見ていく。
倒したのは俺1人、ギルドに多少手数料として渡しても30枚は貰って問題なかろうと思う。
1ヶ月の給料が小金貨1枚、それで喜んでた身分だ。
それがいきなり臨時収入で大金貨30――120ヶ月分の給料だ。10年分だよおい。
んー……取りすぎかな。やはり半分にしとこう。
マグネル商会が鑑定した金額が18枚、それをそのままギルドの収入にしてもいいだろう。
そして『素材別税率一覧』を見ながらグレートエラスモスの税率を見る――
「――――え? 6割!?」
頭の中で「デデドン!」と効果音が鳴り響く。
何と売却金額から買取金額を差し引いた、いわゆるギルドの利益から6割税金で引かれるとある。
「あれ? 薬草は? ……いやそれ以前に法人税も6割!?」
薬草はほとんど1割――というか今まで経理書類の税金は全て1割で計算していた。
依頼手続きの手数料分、冒険者の源泉徴収分、薬草の売却分――など全てだ。
「あー……魔獣は6割なんだー」
ティアラは討伐の買取があまりない。あっても小型の獣の皮や角で高い素材はない。
肉も直接肉屋に持っていったほうが高い。うちは仲介手数料を引くからだ。
グレートエラスモスの素材は高級素材――という区分になっており、贅沢品と同じ税率を課せている。
見ると魔法関係の素材は軒並み6割、魔獣の素材売却益は全部だ。
「今まで魔獣の素材の売買がなかったから知らなかっただけか……」
せっかくの大金貨36枚が結構税金で取られるのか。
まさに「ぐぬぬ……」である。
「まあ日本でも雑所得はデカいと6割近くもってかれるしなー。そんなもんか」
仮想通貨で億稼いだけれど、税金ごっそり持っていかれるのが嫌で脱税したら捕まった――というニュースを思い出す。
「……いやそもそも日本は社会保障費も含めりゃ5割取られてるんだ。それ考えたら大して変わらんか」
スポーツ選手や芸能人の高額納税者は8割以上持っていかれるとかだった気がする。
それを考えたらこの国の6割が良心的に思えてる。
「すると冒険者も同じか……」
冒険者から源泉徴収する税の利率を見る。
「2割になるのか……でもあれ!?」
冒険者の依頼完了の支払いに対する税額は通常1割、大金貨1枚を超えると2割になる。
ところがそれ以上になっても2割を超えない――記述がないのだ。
「冒険者は高くても2割の源泉徴収か……ふぅん」
まんま日本の株取引の源泉徴収と同じでわかりやすい。
冒険者の税金は、ギルドが報酬から引いて預かり、それを代わりに納める。
なので冒険者は税金に関して何も気にする必要はない。
しかも報酬ごとの支払い、高くても常に2割である。
大金貨1枚でも2割、それを1万回こなして大金貨1万枚稼いでも2割だ。
「……まあ冒険者はわかる。非居住者だからな。報酬ごとに取らんと徴収できんわな」
1年を通しての合算で儲けてたら累進課税でごっそり取る……なんて芸当はできない。
そんなこと言われたらとっとと逃げるだろう。
じゃあ街に住んでる住人や企業は当然1年を通しての合算だろうと思い調べてみる。
日本では企業は1年の決算で収益を算出し、利益ならそれに応じた法人税を払う。
個人は1年の収入から必要経費や売却損などを差っ引き確定申告をして所得税を払う。
ティアラでは財務部の職員がやっている作業だ。
「あれ? おかしいな……」
企業も個人も利益が出たらその時点で税額が決まり、それを支払うとある。
だが損失を控除する記述がない。
1年通して合算するという考えがない――この国は利益と損失を合算しない。
「んなアホな! 利益毎に税取って損失は知らんぷりか!」
思わずおでこをパチンと叩く。
たとえば100万で買った株が値上がりして200万になったとする。売って100万の利益。
2割の税金がかかるとして20万引かれて手元には80万残る。
次に200万で買った株が値下がりして100万になったとする。売ったら100万の損だ。
日本の場合、利益と損失を合算して税金を決めるので、最初の100万の利益と次の100万の損失を合算すると儲けは0円。
なので税金はかからない。
この国の場合、合算しないから先に最初の利益分の税金20万を支払う。だが次に100万損失を出しても払った20万は返ってこない。
儲けは無いのに税金取られて20万の損だけが残る。
『利益が出たら税を取る、損失が出ても税は返さない』
ということだ。
日本はちゃんと損失が出たら申請して税を戻してもらえる。年度を超えて税控除もある。
だがこの国の税法ではそれがないみたいだ。
何も考えずにギルドも俺も支払金額ほぼ満額もらえると思ってたが、どうも税金でごっそりいかれるみたいだ。
「『冒険者に甘く、住民に厳しく』という感じか……」
思わずため息が出た。
腕を組んで目をつむり、首をグルグル回しながら考える。
「でもなぁこれ……利益どうとでも誤魔化せるんじゃないか?」
売買の証明になるもの――『領収書』がない。
もちろん依頼の報酬や買取の支払い書類はある。なのでまったくないわけではない。
だが街での買い物や食事、宿泊代などは何も示すものがない。ティアラの購買も領収書は発行しない。帳簿に記入するだけだ。
脱税御用達の『二重帳簿』や『経費の水増し』なんか容易にできてしまいそうだ。
いやこれよそは絶対やってるな……。
それこそうちもマグネルに頼んで「あの素材、薬草ってことでお願いします」って言えば通るんじゃないか?
薬草の売買契約で大金貨36枚……どんだけ買うんじゃっちゅーねん!
これはさすがに反面調査でバレるな。グレートエラスモスの素材がマグネルに渡ってるからな。
――いや待て……素材にしなきゃいいんじゃないか?
何かこう……いい案が閃きそうで、ある方向を見つめたまま固まっていた。
「――樹さん!?」
リリーさんが呼んでた。
「ん? え……何!?」
「いえ……私を見てたので……」
「あ…や、ちょっと考え事をしてまして……」
思わず目を伏せる。視線の先にリリーさんがいたみたい。
考え事をしてたせいで彼女を見つめてたことに気がつかなかった。
焦って顔が熱くなる。
ガランドもロックマンも顔を俺に向けた。
気を取り直してもう1つの利益について考える――
『大金貨16枚』
肉の代金だ。
こちらは普通の食料品とすれば低い税率で通せる気がする。
合計52枚、円換算でおそらく1300万円ぐらいの価値だと思われる。
「むふっ!」
この国の不動産価格はわからないが、家でも買えそうな額だなと思うと顔が緩む。
死にそうな目に会って得た大金だ。節税はしたい。
高い税率をどう対処するか少し考えよう。