51話
今回はマグネル商会のファーモス会長と秘書のカルミスとのやり取りです。
グレートエラスモスの売買が完了して数日後のマグネル商会会長室。
ファーモスは各部門の売上推移の書類に目を通している。
トンットンッ
「どうぞ」
「失礼します。頼まれていた調査報告書です」
秘書のカルミスが、ある報告書を会長室に持ってきた。
ファーモスはその書類を受け取りペラペラっとめくるが、たった3枚という少なさに驚く。
「こんだけ?」
「はい。彼の情報はほとんどありません」
「いつものとこに頼んだんだよね?」
「ええ。ですが情報屋が言うには他も同じだそうです」
渋い顔をしながら報告書に目を通す。
『人物調査報告書』
名 前:ミタライミズキ
出身国:ニホン(本人談)
職 業:ティアラ冒険者ギルド職員、経理担当
本国では学生、魔道具の勉強をしている(本人談)
現在は事情があって本国に帰国できない。そのためティアラに就職(本人談)
約2ヶ月前に『森で亡くなってた冒険者パーティーの報告』にティアラを訪問。
数日後ティアラに就職。
経理を担当し、受付業務、買取業務を兼任。
1ヶ月前に街で4人の冒険者の襲撃に遭い重傷、聖職者の治癒により一命を取り留める。
なお襲撃した冒険者4名は返り討ちに遭い3名死亡、1名は意識不明の重体後、聖職者の治癒により回復。
原因は魔法による反撃だとの証言を得ているが詳細は不明。
なお防衛隊の魔法士は否定しているとのこと(聴取内容は別紙)
一部冒険者が『魔道具による仕業である』と発言していたとの噂もある。
冒険者および職員の証言――
『小型の魔道具を度々使用しているのを見た』
『彼の魔道具を受付嬢が見て喜んでいるのを見た』
『小型の魔道具が光るのを見た』(詳細は別紙)
『猫人語を話す』『辺境の方言を話す』
『エルフを激怒させた』
『紙で空飛ぶ道具を作るのを見た』
以上
補足:グレートエラスモスの討伐に彼が関わっている可能性が高い。出所は東門防衛隊衛兵。
報告書を眺めながら首を捻る。
「ニホンってどこにあるんだ?」
「わかりません。マルゼン王国の近隣には存在しません」
「――にしてはマール語が堪能だったぞ」
「そうですね」
さらに目を細める。
「それに猫人語を話すって何だ! そんな人間見たことも聞いたこともないぞ!」
「ニャーニャー鳴いていたそうです」
「はぁ!?」
口を半開きで呆れる。
カルミスも報告書の内容が信じられずに苦笑いしている。
「この……『襲撃者4人を返り討ち』ってのはホントか?」
「聴取の結果から見ればそうなります」
「魔法が使えると読めるが……」
「魔法士は異議を唱えたようです。魔法士でもできないことを述べたそうなので……」
意味が分からず眉をひそめる。
「できないって何?」
「内容までは……。ただ発言を信じると『魔法学校出の魔法士より優れている』ことになるそうです」
思わずため息をつく。
さっぱりわからない。
ファーモスは魔法についてはほとんど目にしたことがないからだ。
「あとやたら魔道具の証言が多いんだが、そんな凄いものなのか?」
「凄いかはわかりませんが、ギルドでは普通に使ってる様を見られるそうです」
「普段使ってるのか!」
思わず目を見開く。
「経理業務で使ってるようです」
「光るのを見たって何だ?」
「わかりません。ただその後冒険者が腰を抜かしたのを見たという証言もあります」
「さっきから『わからない』ばっかりだな!」
「も……申し訳ありません」
会長のイライラにカルミスは萎縮する。
だがそれを見て謝る。
「――すまん、おまえに怒ったわけじゃないんだ」
「いえ……」
報告書の内容がまるで理解できず、自分自身にイラついていた。
「魔道具……魔道具を作る勉強をしていると言っていたな。……魔道具ねぇ」
ファーモスはその魔道具を見てみたい衝動に駆られる。
仕事で使う……光る……一体何だというのだ!?
そして報告書の下の方を見て再び眉をひそめる。
「この……空飛ぶ道具って何だ?」
「紙を折って作る道具だそうです。ティアラの前で遊んでる子が多いみたいですよ」
「おまえ見たか」
「いえ……」
先日行ったときには見なかったな。運が悪かったのだろうか……。
「最後の『討伐に関わっている』という話は事実なのか?」
「それはですね……」
運んだのは彼で間違いない。だが倒したという冒険者を誰一人目撃していないという。
その事実から彼が討伐に関わっているのだろうと衛兵が噂した……という話だった。
カルミスの説明にファーモスは顎を触りながら聞いている。
「ただですね……別紙の聴取内容を見てください」
ファーモスは襲撃事件の聴取内容に目を通す。
「…………3人は外傷なし!?」
「はい。聴取では『雷の魔法』だと話したそうです」
「雷って……あの?」
「すみません。わかりません」
雨の日にピカッと光るのを雷だという知識は持っている。
だがそれが何かは知らない。
この世界の人間には電気の知識がないので、魔法以前に雷がよくわからないのだ。
「ただ、ティアラから持ち込まれたグレートエラスモスの皮ですが……あれ……まったく傷がなかったですよね?」
「あっ!」
顎を触る手が止まり、ゆっくり机に下ろす。
「雷の魔法で倒したってことか!」
「彼が1人で魔獣を倒したとは思えませんが、罠に誘って止めを刺したのは彼なのではないかと」
「うーむ……」
「倒した方法がわからないとトルビスも言っていましたし……」
「言ってたな」
雷が何かはわからないが、おそらくその魔法で倒したのだろう。
会長はグレートエラスモスの件の真相に近づいたように感じていた。
だがカルミスが疑問点を呈す。
「ただ一枚目のここ……襲撃者を倒したのは『魔道具による仕業である』と言っていた冒険者がいる、という点が気になります」
「何だそれ!? そいつは魔道具の何か凄い秘密でも見たのか!」
「証言の『光るのを見た』に関わった冒険者らしいです」
ファーモスは報告書を睨む。
そしてふっと雷の光景が頭をよぎった。
「雷は『光る』よな。そしてその魔道具も『光る』という――」
「あー……」
カルミスも会長が言わんとしたことを理解する。
「その魔道具で倒したってことですかね?」
「かもしれんな。防衛隊の魔法士は魔法ではないと異議を唱えたと書いてあるしな」
「そのほうがしっくりきますね」
2人は魔道具でグレートエラスモスを倒したのではないかという結論に至る。
「だが奴は魔道具を普段使いしているんだろ? 業務で使っていると……」
「別の魔道具なのでは?」
「そうか……人が殺せる魔道具を別に持っているってことか!」
「おそらく。それで脅されて腰を抜かしたのではないでしょうか」
何らかの魔道具で脅されたという話なら辻褄が合う。
報告書にやたらと記載されている魔道具の文字、そのことが彼らの意識を魔法から遠ざけた。
ファーモスは報告書を机に投げ出すと、椅子の背に体を預ける。
カルミスがその報告書を手に取りペラペラとめくる。
「あの男がグレートエラスモスの件に絡んでいるのは間違いない」
会長はタランがいちいち瑞樹に確認を取る様子が気になっていた。
「おそらく倒した集団の一員か……それらと繋がりがある人物だ。ティアラに就職したのも偶然ではない気がするな」
カルミスがティアラを訪れたときの会話に触れる。
「彼は度々わからない単語を発していましたね」
「おそらく日本の言葉だろう。その集団が日本の連中なのかもしれんな」
「なるほど」
確か『日本に帰れない』と言っていた。
その集団と共に何か事情があって帰れないのだろう。
「そういえばその集団にエルフがいると言っていましたね」
「!」
会長はガバッと体を起こす。同時にカルミスも気づいた様子。
「それでティアラに就職したのか!」
「日本のエルフと情報のやり取りをするためにでしょうか?」
「うーん……なら直接エルフが出向けばよかろう」
「知られたくないのでは? 肉の取引では秘密に……という話でしたし」
「そうだったな」
日本のエルフは知られてはマズいのだろう。
エルフ同士の連絡役としてティアラに就職したのかもしれない……という結論に至る。
「あっでも『エルフを激怒させた』とありますね」
会長はその文言に目をやる。
「何だろうな……調子にでも乗ったか!」
「あー……彼は何か、そういう雰囲気ありましたね」
「ああ。話し出すと止まらないみたいな感じだったな」
2人は思わず笑みを浮かべる。
「彼はエルフに関わっているのは間違いない」
「そうですね」
ファーモスは、タランが「彼は優秀だ」と言っていたことを思い出す。
確かにマール語が堪能だった。それならティアラのエルフと会話も可能だ。
エルフとやり取りできる人間などそういない。
優秀な彼が連絡役に選ばれたのだろう。
「日本の紙幣や硬貨も凄かったですしね」
「ああ。日本とは凄い技術を持ってる国みたいだ。是非他の商品も見てみたい」
「そうですね」
日本の凄さを知り、瑞樹という人間に会長は非常に興味を持った。
「とにかく今後も彼の情報を集めるように伝えておいてくれ」
「わかりました」
グレートエラスモスの件ではいい取引ができた。
それに瑞樹が関わっているのは間違いない。
彼の行動を注視しておけば、今後もいい話にありつけるかもしれない……。
ファーモスは商人としての勘がそう囁いていた。