50話 売却代金 大金貨52枚
肉を森から搬出した5日後。
マグネル商会のファーモス会長が秘書のカルミスさんと共にティアラを訪れた。
買取の算定が済んだので支払いに来たのだ。
談話室に入るや否や、席にもつかずに主任に詰め寄る。
「どういう事なのか説明してくれるな? タラン」
主任は何も言わずにソファーに座り、隣の俺に目をやる。
「運搬した本人に聞いてくれ」
会長が席に着くとじろっと俺を睨む。
カルミスさんも同様に俺に対して怪訝な表情を浮かべている。
実は搬入直後、マグネル商会に肉の買取の打診をしたのだが――
『劣化しない術が施してある』
という実にうさん臭い話で持ちかけた。
しかも買取るなら後日説明するというふざけた条件付きでだ。
さすがにダメかなと思いきや、肉を見て状態を把握すると承諾してくれた。
金になるなら多少のことは目をつぶるといったところかな。
俺は扉の方を一瞥すると、
「ここだけの話にしてほしいんですけどね……」
大きく深呼吸する。
「先のグレートエラスモスを倒した冒険者パーティーにエルフがいます」
「「「は!?」」」
皆、目を丸くした。
俺は静かに頷く――そういうことなんですよという意味である。
「固く口止めをされているのですが、肉のことは聞かれるだろうからと、信頼できると思ったら話していいと承諾を受けています」
大嘘である。
「何か……状態を保存する魔法ってのがあるらしいんですね。それをかけてるから腐敗しないとのことです」
「魔法……」
会長は腕を組んで背もたれに体を反らす。
「何で前回のときに肉も出さなかったんだ?」
「事情があって解体できなかったそうです」
会長は疑ってる様子。カルミスさんも同様だ。
「瑞樹さんは解体に立ち会ったんですか?」
「いえ……運ばれてきたのを積んで帰っただけです」
主任を見ると無表情……よくもまあ嘘がペラペラ吐けるなあと目が語っている。
「本体の部分が足りなかったが?」
「みんなで食べたそうです」
「みんなって何人いたの?」
「知りません。運んだ人しか会ってませんから」
カルミスさんの目を見る。運んだ本人ここにいますけどねって……。
「まさか今回の依頼がこの肉だとは知りませんでした。聞いてびっくりしたのは私もですよ!」
「事情は聞かなかったのか?」
「聞いたけど教えてくれませんでした。エルフ絡みのことなので言えないと……」
俺もよくわからないという困った演技をする。
事情を聞くのはこれ以上不可能なはず……エルフを持ち出せば追及できないだろう。
会長はずっと俺を見たまま動かない。
諦めて主任に目をやるが、表情から何も知らないのだなと判断した様子。
カルミスさんはそんな会長の態度を注視している。
すると会長は後頭部をパチンと叩き、ふうと息を吐いた。
「最初あまりに怪しいんで断ろうと思ったんだ。肉がいつまでも今倒したばっかりという鮮度なんでな。で試しにうちのもんに肉を食わせてみたんだが特に問題もなく……旨かったらしい」
俺と主任は目を見合わせた。
そういや肉食うの忘れてた……大失態だ。
皆にもふるまうべきだった。
「でどうする? 買わないんならうちに戻すが……」
「いや、うちで買取る。劣化の心配がないんなら遠くに売りに行けるからな。それこそ王都に持って行けるのはデカい」
会長は小さく頷く。確かに劣化しないのなら遠くまで運べる。
「買う貴族連中は多いだろう。魔法に関してはうまく誤魔化すさ」
この世界、冷凍技術というものがおそらくない。
事実このフランタ市には海の魚介類が一切ない。あっても干物ぐらいだろうと思う。
魔法に関しては誰もわからないのでこれ以上話してもしょうがない。
ということで買取金額の話になった。
カルミスさんが書類を主任に渡し、俺はそれを横目で見る。
『――大金貨16枚』
即座に前回の円換算をもとにいくらか暗算する。
えーと、18枚で460万だったから……よんひゃく……ジャストか。
高いような安いような……よくわからんな。
まあでも日本じゃないし、この世界にしたら高い気がする。
「かなり高くないか? 高級肉とは聞いていたが……」
「さっきも言ったが王都に売りに行けるからな。あっちでさばけば数倍になるさ」
主任も大型の魔獣の肉は初めて扱うのでいろいろと気になる様子。
俺が素人っぽく尋ねる。
「そんなに美味しいんですか?」
「ん? 旨いぞ。赤身のくせに柔らかくてな。草食だから肉も臭くない。焼いただけでも普通に旨い」
やっぱり松阪牛だったか。
無理してでも全部持って帰るべきだった――
てのは今だから思うのであって、あの時はもううんざりしてたしな。
欲張らなくても十分だ。
金額はそれで結構と主任が告げる。
すると会長は自分の鞄から恭しく小さな木箱を2つ取り出した。
サイズ的にパッと思い浮かんだのは、高級栄養ドリンクの1本売りのやつだ。
それを静かに俺達に真っすぐになるように置く。
そして上の木蓋をゆっくりと取る――中に入っているのは大金貨だ。
「おおー!!」
思わず感嘆の声が漏れる。
1つに36枚、もう1つに16枚。
金貨サイズの薄い木片を1枚はさみ、空いてるスペースを麦わらで埋めてある。
どうやら木箱は『大金貨50枚を入れるケース』らしい。
会長が確認してくれと主任に促すと、その作業を俺に振った。
顔が思わずにやける。
「さ……触っていいんですかね?」
「ん?」
「いや……金を素手で触ると怒られるので……」
「え? そうなの!?」
「あ……日本の話です。父が持ってたのは真空パックされてたので直に触るの初めてで……」
金は素手で触っても減ったりはしない。
だが金貨は傷が付くと地金扱いになり、プレミアム価値が消失する。
なので真空パックとかで直には触れないようにしてある。
まあ彼らには真空パックの意味はわからないがな。
大金貨はさすがに緊張する。
ケースから麦わらと木片をどけて1枚手に取る。
掌に乗せるとズシリとした重さが伝わる。
そして鋳造の質が他の通貨とは格段に違う。最上位通貨の威厳が漂っている。
「あぁこれ一緒だな」
「ん?」
「いや、大きさと重さ……日本で扱うのとほぼ同じだという意味です」
「ほぅ」
ファーモス会長が興味を示す。
俺は手で重さを測る仕草をする。
「うん、多分1オンスだ。てことは小金貨が4分の1オンスか」
昔、父の金貨を手に乗せた記憶を思い出す。
お給料で貰った小金貨のサイズが大体20ミリ(1円玉サイズ)、大金貨がおそらく30ミリといったところだろう。
各木箱から10枚ずつ取り出しテーブルに乗せる。それを積んで高さを見て確認する。
「大丈夫です」
そう告げてそれぞれ木箱に戻し、36枚入りの方を手に持つ。
「これで1キロかぁ……凄いな! さすが『山吹色のお菓子』は伊達じゃない!」
「何だ……お菓子って」
「んーと、うちの国で悪いことを企む連中が賄賂を贈るときに使う隠語みたいなもんです」
賄賂という単語に一同ギョッとする。
「まあ昔の話です。今は金貨を通貨として使ってませんしね」
「え? 金貨使ってないんですか?」
「あー……」
カルミスさんの驚く顔に、リリーさん達に紙幣を見せたときの光景を思い出した。
金銭のやり取りも済んだし、せっかくなので話のネタを提供するとしよう。
ウエストポーチから財布を取り出し、日本の紙幣を見せる。
「日本では金貨の代わりに紙幣を使ってます。紙の通貨ですね」
会長に一万円札、カルミスさんに千円札を手渡す。
するとその精巧な印刷技術に度肝を抜かれた様子。目を見開いて観察している。
「ファーモス、ランプにかざしてみろ」
主任は部屋の四隅にあるランプの一つを指さしてニヤリとする。
会長は言われるままに紙幣をかざす。
「うおっ何だ! 人の顔が出るぞ!」
透かしの顔を凝視する。
カルミスさんも、千円札の透かしに驚いている。
「偽造防止の技術です」
偽造できない技術について説明すると、理解できたか知らないが言葉を失っていた。
ついでに日本の硬貨もお見せすると、その精細な鋳造技術に目を丸くする。
「君は日本という国から来たんだと言ったな」
「はい」
「日本では何をしてたんだ?」
「ただの学生です」
「学生……てことは学校は?」
「あー事情があって今ここから帰れないんです。なのでタラン主任に雇ってもらったんです」
ふぅんと言いながら主任を見る。
「彼、優秀なんだって?」
「ええ、魔道具を作る勉強をしてるとかで、計算がとても得意なんですよ」
驚いて俺に目を向ける。
「魔道具! 魔道具作るのか!?」
「いえいえ、そういうのを研究してるだけで作れはしません」
「へぇ~」
会長は少し感心したように俺を観察し、カルミスさんも驚いた表情を見せる。
「そういえばトルビスが魔装具って名前出した時も反応してたな。ああいうのか」
「いえ、魔装具は魔道具みたいなものかなと興味を持っただけです」
「そうか」
彼は頭を掻きながら話を切り上げて立ち上がった。
「もし魔道具を作れるようになったら俺んとこに持ってきてくれよ」
「ええ是非」
俺も立ち上がりお辞儀をした。
◆ ◆ ◆
「大金貨52枚ですねミズキさん。このまま受けとりますか?」
「……は? いやいやいや何言ってんです! ダメに決まってるでしょ!」
「ん?」
「これはギルドへの支払いです。ギルドを通してから私への支払いになるのでギルドの取り分は引かないとダメです」
「でも今回うちは何もしてませんよ」
「んなことないでしょ。私は主任に相談したし、荷車や解体道具を借りましたし」
「…………」
「何よりマグネル商会に渡りをつけたのは主任でしょ? 完全にギルドの仕事です」
主任の中では職員の手伝い感覚でいたので業務と思っていなかったらしい。
「ではどうされます?」
「んーその前に一つ聞きたいことがあるんですが……」
席に戻り、とりあえず主任に金貨を預ける。
「この街って銀行ってあります?」
「ギンコウ?」
翻訳できてないので無いみたい。だが代替の施設はあると思う。
「んと、お金を預かる施設です。商売するのに金を借りたり両替をしたりする会社……商店かな」
渡した木箱を指さす。
「遠距離の商会と取引するのにいちいち金貨運ばないでしょ? 何か書類でやり取りするみたいなことを扱う所です」
今度はわかったらしく主任が頷く。
「はいはい、貸付証書や振替証書を扱うギルドのことですね?」
「そうそう。会社や個人のお金を預ける場所です」
「そういうのは『商業ギルド』が扱っています。商売する人は必ず登録するので。個人も預けることはできます」
時々商業ギルドと言う名前を聞いていたのだが、いまいち何をしているのかわからなかった。
要は銀行のようだ。
「ただ……お金の預けるだけならうちでもやりますよ。『冒険者ギルド』も個人の預金業務は扱ってます」
「おー! うちでもやってるんですか、知りませんでした……ん?」
そんな光景ティアラで一度も見ていない。
「でも勤めてからお金預ける冒険者一度も見ませんよ」
主任が笑みを浮かべながら説明する。
1つは理解度の問題。『お金をギルドに預ける』という意味がわからない人が多い。
庶民の教育の低さがモロに出ている模様。識字率が低いのも原因。
2つ目は信用度の問題。『お金を手元から離す』という行動を多くの人ができないらしい。
大金を持ってる方が危ないと説明しても、逆にギルドに奪われると思って怒られるという。
そもそもうちにくる人は新人冒険者や一般職が多いので、預けるほどの金額を持ってる人が少ない。
単純に生活が厳しいのだ。
なので手持ちが大金貨を超える頃になって初めて相談に来る。
だがその頃はヨムヨムやアーレンシアで仕事を受けているので、商業ギルドかそちらの冒険者ギルドで預けてるのだろうということ。
「うちの職員はここに預けてるんですか?」
「まあいますけど、送金してる職員も結構いますので商業ギルドが多いと思います」
「あーなるほどね」
冒険者ギルドは小金の金庫代わりといったところか。
なお預金利息という概念はない模様。当座預金か……ホントに金庫だな。
「じゃあ私はここに預けることにしますが――」
言いかけた瞬間、実家で父が経費の話をしていたことが頭に浮かんだ。
そして悪だくみを思いついた顔で主任を見やる。
「数日待ってもらえます? 私にちょっと考えがあるので……」
「考え?」
その言葉に主任は怪訝な顔つきで俺を見ていた。
金貨の設定は、現代の基準(メイプルリーフ金貨など)にしました。見た目優先です。
大金貨は1オンス(約31グラム)です。超重たいです。
これだと“大金貨1000枚”は実に31キロもします。
重量は18リットル灯油タンク2個、なのに体積は1リットルの炭酸水ボトル2本です。
金はそもそも小分けにしないと運べません。大金貨は現代同様丁寧に扱います。
ちなみに中世の金貨(フローリン金貨 重さ1/10オンス)は、1円玉の大きさで厚さは1/3です。超薄い。
こちらは1000枚でも3キロですが、茶碗山盛り1杯分です。絵になりません。