47話 犬の親子と再会
グレートエラスモスの素材の売買が成立した翌日、俺は休みを取った。
再び森へ行って肉の状態を確認するためである。
前日に、森へ行くことを主任に話すとみるみる表情が険しくなった。
「肉って……もう6日も経ってますよ?」
「いやまあその……いろいろと事情が……」
要領を得ない物言いになかなか納得しない。両足折られて死にかけたまで言っちゃったのもある。
とにかく今回はちゃんと奥の手があるので大丈夫……と言い含めて了承を頂いた。
奥の手とはエルフの『探知の魔法』である。
前回も先に使用して周囲の警戒をしとけばあんな目に合わなかったのだろう。
まあたられば言ってもしょうがないこと……もう過ぎたことだ。
今回は早期警戒しながら進むので問題はないはずだ。
さすがにあんなのがもう一頭うろついてるなんてことはないだろう――などと考えると壮大なフラグになってしまうのでやめよう。
朝早くに出立。東門を出るときに衛兵の目に留まる。
当然だ……馬で引くタイプの荷車を俺が引っ張ってきたからだ。
もちろん《剛力》のおかげである。
前回は人が引くリアカータイプの二輪の荷車だった。
今回は人が4、5人ぐらい乗れそうな四輪の荷車だ。
即座に声がかかる。
馬が使えないのでと話すと「なるほど」と納得される。
俺は納得されたことに驚くが、人が引くことはよくあること……なのかな?
「……また討伐の……か?」
「いやまあどうでしょう。一応来てって言われただけですし……」
あくまで新人職員が言われた仕事をしてるだけですと、事情はよくわからない風にとぼける。
衛兵が荷車に目をやり布をめくる。
積んであるのは鉈や鋸の解体道具、ひときわデカい背負子、紐やくるむための布、そしてリュック……中身は着替えと飯である。
この世界なら特に怪しい道具というわけではないはずだ。
だが引いてる荷車のサイズがすでにおかしいので相当怪しまれている。
衛兵の顔色を窺うに、前回のグレートエラスモスの件で要注意人物に格上げされている感じがする。
ただの真面目な一ギルド職員なのにな……。
だが止められる理由はない。
衛兵は布を戻して顎で行っていいと指図する。
「んじゃ……」
愛想笑いを浮かべつつ足早に立ち去る。
後ろをチラ見すると中へ駆け込む様子が見えた。おそらく隊長に報告しに行ったんだろう。
また帰りに止められるな……。
幸い森へ入るところはだいぶ東門から離れているので衛兵には気取られない。
荷車を森の近くギリギリまで持っていく。
道具を下ろして解体道具は革袋に入れる。布や紐を背負子に乗せて担ぎ、革袋を肩にかける。さすがに重い……。
一応辺りを見渡して誰もいないことを確認。
では早速奥の手を使う――『探知の魔法』だ。
《そのものの在処を示せ》
ざっと見渡して特に大きな反応なし。
森の方を見ると、小さな青い光がチラチラ見えるのだが、あれは小動物だろうか。
距離が遠くて小さいのかがわからないが、さして脅威ではなさそうだ。
街があった方を見たが、衛兵の光は見えない。
探知の範囲はどれくらいなんだろうか……帰りにでも確認してみよう。
ではエルフの身体強化術を発動する。
《俊足》
《跳躍》
俊足のおかげで短距離走る速度がジョギングペースの体力で持続できる。
跳躍で水たまりを飛び越えると、3メートルぐらい軽く距離を稼ぐ。
ただし解体道具を抱えているのでバランスが取れない。
調子に乗ると袋も破りそうだ。跳ぶのは控えめにしとこう。
そして前回通ったルートを発見する。問題なく覚えていた――
「おっと!」
正面に青い光の反応!
何か猛烈に動いてるな。
止まって警戒、少し様子を見る――2つの青い光と、2つの小さな青い光。
「あー……これあの犬の親子か……な?」
こっちに向かってくる気配はなく一か所をウロウロしてる感じ――
何だ? 何してるんだ?
少しルートをそれて横へ移動すると、犬もそれに釣られて横移動する。
「あーこれ俺バレてるな」
どうも俺が来るのを待ち構えてる感じだ。
まあいい、襲ってくるようなら石魔法で狙撃する準備をしつつゆっくり進もう。
数分後、森の境目が見えると、そこに犬達がウロウロしながら待ち構えていた。
「ワゥウワゥウ(ご主人、ご主人)、ワゥウワゥウ(ご主人、ご主人)」
「ワッフワッフ(待ってた、待ってた)、ワッフワッフ(お帰り、お帰り)」
尻尾をこれでもかってぐらい振り回しながらその場でクルクル回っていた。
「あれ? 何か……鳴き声が……あれ!?」
聞こえるのは確かに犬の鳴き声、だが意味がわかる。
「ご主人って何だ? 待ってたって……俺を?」
ゆっくり歩いて草原に出た。
すると先に子犬達がキャンキャン鳴きながら俺に向かってきた。
二頭の親犬はそれに続いてゆっくりこっちに向かってくる。
俺は警戒して構えていたが襲ってくる気配はない。
おそらく向こうも俺の警戒を察して慎重になってる感じ――だが尻尾はフル回転だ。
これは喜んでる仕草か。
すぐに子犬が足元にじゃれついてきた。
しゃがんで子犬を撫でるとすぐに親犬もそばに来ておれの周りをグルグル回る。
「うお…おぉい!」
思わず焦る。
「クゥーンクゥーン(嬉しい嬉しい)」
「グゥッフーン(ホント嬉しいな)」
「んんん?」
あーわかった……鳴き声を翻訳している!
これも創造主の指輪の効果か……凄まじいな。
しばらく犬が嬉しい嬉しいって鳴いてるのが頭に響きつつ、俺が声をかけてみる。
「お前たち、俺を待ってたのか?」
すると犬は一吠えして「待ってた」と答える。
「俺の言ってること……わかる?」
「ワン(わかるわかる)」
「ワン(ご主人言ってることわかるわかる)」
「――マジか!」
『犬の鳴き声は普通、だが言いたいことを翻訳している。そしてこちらの言葉は理解されてる』
一吠えで意味がズララーと伝わってくる。
この親子犬達が俺に敵意がないのがわかり一安心した。
「これ俺またワンワン言ってんのかな?」
ルーミルやラッチェルの時とは違う感じだが確認のしようがない。
俺が座ると二頭は俺の右に並んで座り、子犬達は俺の胡坐のとこに入って来てスンスンしてた。
犬と会話が通じるというのはなかなか興味深い。
俺は地面に座ってしばらく彼らと会話を試みた。
犬達の会話は、鳴き声が普通のためか片言で意味入ってくる。
あまり長い文章だとわからず首を捻るようだ。
なので短めの文章で話をし、イエスノーで答えられる感じの話し方にすると要領よく会話できた。
「つまり子供達を守ろうとしたわけか」
「ワン(そう)」
前回の状況が大体つかめてきた。
彼らも運悪くグレートエラスモスに遭遇し、まず父ちゃんがやられ、次いで母ちゃんもやられた。
奴が母ちゃんを確認しに茂みから奴が出てきたとこに俺が遭遇――即戦闘という顛末だ。
オスだと思ってた方がメスだったのな。
そして犬達は「肉を守ってた」という。
どうもグレートエラスモスの肉の塊をずっと俺が来るまで守ってたらしい。
普通に食われてるかと思ってた……律儀な奴らだな。
母ちゃん犬の頭を撫でつつ肉の塊に目をやる……そして不自然なことに気づく――
「…………何か妙に新鮮じゃね?」
6日も野ざらしで日にさらされてたというのに、切りたて新鮮な赤身の色を維持している。
まるでさっき倒したような感じだ。
近づいて肉をよく見てみた。
「…………これ全然劣化してないんじゃないか? 虫も湧いてないし腐敗もしてないぞ!」
倒した後に『保存の魔法』はかけておいた。その影響なのは間違いないだろう。
だがここまで劣化がないとは思っていなかった。
そして解体時に周囲に散らばらせた内臓がチラっと目に入る。
扇状に散乱したそれは見事に艶やかな色をしており、今さっきぶちまけたようなままだ。
「ぶちまけた内臓すら劣化してないのか……」
肉に顔を近づけてよく見ても何ら特殊な加工がされてるようには見えない。
触っても肉の感触はするし魔法の効果が目にはわからない。
「時間が止まってるわけじゃないのか」
ただ何となく、肉の香りがあまり漂ってきてないようにも思える。
とはいえ肉がそのまま残っているとは運がいい――
こんなこともあろうかと、解体道具を持ってきたのだ。
早速解体作業に入ろう。
まずシャツとズボンを脱ぐ。パンツ一丁に靴と手袋だ。
そして肉の塊を目の前にして鋸を手に持つ。
「いやでもこれどうするよ……」
軽自動車サイズの肉の塊――背中を地面に、空の腹を上に向けた状態で鎮座している。
牛の解体とかしてるのを動画で見たことあるが規模が違うし、そもそもその動画は鎖でつるしてあるのを解体してた。
「てかチェーンソーいるだろこれ! 使ったことないけど」
「それに肉はそもそも生じゃ切らないんだよ」
「牛の解体動画じゃ包丁みたいなのでチャッチャカ切ってたけどありゃプロだもんな」
肉は半解凍で切るもの、生で切るには相当な熟練者でないと無理。
しかも鋭い包丁でないと切れないし、それも数回ごとに油を落とさないとすぐ切れなくなる。
だからこいつの解体は鋸でないと無理なのだ。
「背骨も肋骨も太っとい。鋸どこ切断すりゃいいんだこれ……」
「てかまず運べるサイズってどれくらいだ?」
犬達は俺がウロウロしながら肉をチェックしてるのを座って見てる。
時刻はまだ朝の9時台、さてどうしたもんかと腕組みしながら考えた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
早いもので投稿から一ヶ月が経ちまして、月間連載中ランキング8位になりました。
上も下も書籍化アニメ化の先生方ばかりで、ポッと出の新人がはさまれ奮闘中です。
今後も頑張りますのでブックマーク、評価を5つ星をぜひよろしくお願いします!
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に、ひとつよしなに。