43話 ラッチェルと紙飛行機
昼過ぎに久しぶりのお客さんが来店。
猫人行商人のルーミルと娘のラッチェルだ。
入店時に店内がザワッとしたので、今回はすぐに気がついた。
俺はすぐに立って、カウンター越しに挨拶する。
「ご無沙汰してます」
ルーミルが笑うと、猫独特の目が細まるニンマリ顔に。
猫大好き人間がいたら一発でノックアウトだろう。
「まだまだ暑いですね」
「兄ちゃん元気してた! ラッチェルだよ」
「お…おう、元気してたぞ…………あれ?」
相変わらずの元気っ娘。
前はカウンターから頭が半分出てた状態だったのが、今日は首まで出ている。
「背、伸びましたよね?」
「ハハ、うちらは子の成長は早いので」
猫を飼ったことがないので知らないけれど、子猫の成長って早いものなんだな。
いや……このサイズを子猫って認識している俺も、この世界に順応してきてるな。
この会話はすでに猫人語なので、初見の人はびっくり仰天。主任は目が点だ。
そういや初めて目にするんだったな。
ニャーニャー言っているのが迷惑になるだろうから外で話をするか……。
「今日は外のベンチで……」
「わかりました」
その言葉に受付嬢たちは不満顔、小声で「えーっ!」と遺憾の意を表した。
俺とルーミルがベンチに座り、ラッチェルは俺の隣に腰かける。
今日は足をスリスリしてこないな。
俺が「お仕事のほうは?」聞くと「ぼちぼちです」と行商人らしい答えだ。
ラッチェルにどうしてたかと聞くと、待ってましたとばかりに口を開く。
ああだったこうだったといろいろ旅の話をしてくれたのでしばらく聞いていた。
「今日は頼まれてたものをお持ちしました」
そう言うと、ポケットティッシュサイズの茶色の包みを二つ出す。
中に入っているのはタバコだ。
一包みに十本、これがこの国での販売単位か。
太さと長さは今のと大体同じで、撒いている紙は茶色。まあ燃やす紙なので安紙だろうな。
当然フィルターなんぞない。上手に吸わないと葉っぱも吸っちゃう。
それぞれのサンプルを一本ずつくれたので吸ってみることにする。
まずは一本目。
スゥー――……フゥー――
一瞬舌がピリッとくる刺激にガッとくる力強い香り。
味わいが今吸ってるマールボロとほぼ同じだ。
「おおぅ結構今のと似てる…びっくりした」
「そうですか、よかった」
次いで二本目。
スゥー――……フゥー――
こちらは舌がピリッとくる刺激がした後に、ベリーの甘い香りが感じられた。
「これうちの国にもあるフルーツ系っていう種類のタバコに似てます。これもいいですね」
「味はほぼ同じなんですが少し香りが違うので……。不安でしたが気に入ってもらえて何よりです」
「フルーツ系は女性が吸う傾向にあるんですよ」
「なるほど」
今日はラッチェル大人しい。
横に座って俺の仕草をじっと見てる。面白いのだろうか……。
「これ今いくつお持ちです?」
「試してもらってからと思ったので……どちらも三包みだけです」
「んー……じゃあ全部ください」
「え? いいんですか?」
「もちろん」
俺の消費ペースは一日一本吸う程度なので、月に一箱ちょい。
前回ルーミルが来たのが、たしかほぼ一ヶ月前だった。なので六包みあれば、二ヶ月ちょいは持つ。
だがここ最近――というか、こちらの世界に来て二度も死にかけた。
数ヶ月しか経っていないというのに……。
平和な日本に住んでいた現代人には精神的に堪えた。
そのせいでしばらく吸う本数が増えた。今後も吸うペースが上がるだろうと思う。
三箱分あれば一日二本にしても一ヶ月は持つ。
「ちょうど切らしたとこだったんで助かったんですよ」
タバコを売っている店はこの街にもあるらしい。
だが場所を知らない。
それに正直まだ大通り以外を行くのが怖い。
トラウマではないが、細い路地を通るのは避けるようになった。
買いに行って迷ったり、また襲われたりするのは勘弁だしな。
売りに来てくれるんならそれに越したことはない。
タバコを受け取ってお金を支払った。
ラッチェルに目をやる。暇そうだな……。
うーん……よし少し遊んでやろう。
「ラッチェル、いいもん作ってやろうか」
頭なでなでしてやると興味を示す。
「え…何々?」
「ちょっと待ってな」
そう言うと俺はギルドに足早に戻った。
「リリーさんすみません。そこの紙、数枚取ってくれませんか?」
「ん?」
棚にある紙束を指さす。彼女は振り返って紙を見ながら、
「これですか?」
「はい」
ペラペラっと数枚取って俺に渡す。
「ありがと」
ラーナさんとキャロルがこちらを見やり、ほくそ笑んでた俺の顔を見逃さなかった。
「き……休憩! 休憩行ってきます!」
突然キャロルがスッと立ち上がり、そそくさと何食わぬ顔で表へ出る。
ラーナさんはじっとキャロルを目で追うと、
「あ、あ~~私もちょっと休憩行こっかな~~!」
疲れたなーという演技を見せつつ足早に続いた。
「ちょ…二人とも!」
リリーさんは出遅れてしゅんとする。
彼女は主任に目をやる。
主任はため息をつき、諦めた表情で行っていいと手を払う。
途端、リリーさんの表情は明るくなり、軽く礼をして広場に向かった。
俺がラッチェルのところに着いた頃、後ろからキャロルの声がした。
振り返るとラーナさんもいる。
どちらも「来ちゃいましたー」と嬉しそうに笑っている。
少しにんまりしながらベンチに促すと、やはりリリーさんもやってきた。
ティアラの三美姫と猫人二人、かわいさ最強の絵面だ。
広場にはテーブルがないので、ベンチを作業台にしよう。
キャロルとラッチェルの間を空けてもらって、しゃがんで作業する。
では始めよう。
まず一枚の紙を横長に置いて、下から上に半分に折る。開いて一辺の両端を三角に折る。
三角折りの側を、折ったとこが2センチ程度の幅になるように中央に向けて折る。
折った状態で再び両端を三角に折る。
すると中央のところに『おへそ』の出っ張りができるので、それを折る。
みんなは、俺が一体何をやろうとしているのか食い入るように見ている。
紙の三角側の先端を小さく折り、『おへそ』が外側になるように半分に折る。
そして紙を斜めに折って翼を作る。先端と羽根が二等分になる長さが理想的だ。
最後に折った翼を戻して折り目を平らにし、再び翼を開いて完成。
前から見て形がY字になっているように調整する。
「よしできた!」
みんな不思議そうな表情でその物体を見つめた。
そう――『紙飛行機』である。
「ラッチェル、見てな」
立ち上がって紙飛行機をゆっくり投げて見せる。
それはスゥーっと真っすぐ静かに、10メートル先ぐらいまで飛んだ。
そして偶然にも軽く風が吹き上げ、紙飛行機は左旋回してさらに遠くまで飛んでいく――
「わっ!」「えっ!?」「んあ!?」
皆それぞれに驚きの表情を浮かべた。
もちろんラッチェルも大喜び。驚きで猫目がカッと見開き、飛んでった物を目で追っている。
「な…な…何あれ……何あれー!!」
「取ってきていいよ」
その言葉にダッシュで取りに行く。
「これは紙飛行機といって、俺が子供の頃によく作って遊んでたおもちゃだよ」
いろいろな角度から見せる。
「紙をこんな感じで折って投げると、あんな感じで飛んでいくんだよ」
ラッチェルに飛ばし方のコツを教えて投げさせる。
「ふわぁああ!」
「そうそう、上手い上手い!」
そっと投げたのがいい感じになってよく飛んだ。
ラーナさんは、ラッチェルが飛ばした紙飛行機を追いかけてる様に、うっとり見惚れてる。
キャロルが俺の腕をチョンチョンとつつき、自分を指さす。
「私も私も!」
その要求に喜んで答え、もう一機作った。
リリーさんは、キャロルの分を折っている俺を、傍らでじっと見つめていた。
ルーミルは、紙飛行機で遊ぶラッチェルの様子を嬉しそうに眺めている。
「すごいですね。紙をそんなふうに折っただけで、あんな空を飛ぶものになるんですね」
「ふふふ、面白いでしょ」
広場にいた人々は、ラッチェルとキャロルの遊ぶ光景を目にして唖然としていた――
『一体あれは何が飛んでいるのだ!』
次回来た時にまたタバコをよろしく……と、お願いしてお別れをする。
ラッチェルには、紙飛行機を失くしても気にしないように言っておいた。
「紙飛行機は、屋根に引っかかったり川に落っこちたりするもんだから、失くしても気にするなよ。今度ちゃんと作り方教えてやるからな」
ラッチェルは、紙飛行機を大事そうに抱え、手を振ってくれた。
ギルドに戻るとキャロルがいきなり紙飛行機を店内で飛ばす。
「ちょ、キャロル!」
思いっきり慌てるリリーさん。
キャロルは気にせず明るい笑顔。
店内の客は、みんな頭にビックリマークを浮かべ、飛んでいる物を目で追っている。
それは狙ったかのように、主任の机の上に着地した。
「うわぁ!」
驚いてのけぞる主任を、キャロルは楽しそうに笑った。