41話
無事にグレートエラスモスの皮と頭をティアラに持ち込むことに成功した。
初めての討伐と解体がサイ――グレートエラスモスという魔獣だそうで、牛よりも大きな動物である。
何の経験もない人間がよくやったもんだとつくづく思う。
魔法の力がなければ今頃あの世だ。
奴の解体も運搬もできなかったわけで、改めてこの世界の理――魔法のすごさを体感した。
倉庫にてギルドの面々に披露も済んだ。
そして主任に取扱いに関して相談したわけだが……どうにも渋い表情をしている。
「何か問題でも……」
「うーん……」
唸るだけで要領を得ない。
主任は少し調べるといい、明日ギルド長を交えて話をすることになった。
何だろう……。
これをギルドで買取してもらって一件落着ではないのだろうか?
次の日、主任と共にギルド長室にて事の次第を報告する。
入室した際、主任の「またこいつやらかしました」という表情にギルド長は眉をひそめる。
「何があった?」
「ええとですね……」
一昨日森へ行き、運悪くグレートなんちゃらに遭遇、たまたま倒して素材を持ち帰った――
と、出来事を三行ぐらいで説明する。
「待て待て待て……何? グレート……」
「エラスモスです、ギルド長」
「そうそう、それです」
ギルド長は右手の人差し指で机をトントン。
もう少しちゃんと説明しろと険しい表情だ。
さすがに端折りすぎだなと反省し、休日の出来事を順序だてて説明した。
「瑞樹、まずなぜ森へ行った?」
ギルド長も主任も怒ってはいない。
それなりの理由はあるんだろうな……という顔。
もちろん休みの日に職員が何をしようと自由だ。
しかし危険とわかっている森へ1人で行ったとなると話は別だろう。
「魔法の練習に行きました」
「魔法!?」
「はい。街では使えないので」
先日街で襲われた際に魔法を使用した件、防衛隊本部の聴取で問われた件。
この2件の出来事から、自分がどの程度使えるのかを知る必要があった……と説明した。
なおティナメリルさんの日記にあるエルフの魔法については黙っていた。
「うーむ……」
2人は魔法に関しては詳しくない。
俺の理由に渋々ではあるが理解を示してくれた。
「で? うちにグレートエラスモスの皮と頭を持ち込んだんだな、瑞樹」
「はい」
「ふむ……」
俺が頷くと、ギルド長は腕を組んで背もたれに体を反らす。
「で?」
「結論から言いますと、うちでは買取ができません」
「え?」
主任の答えに俺は驚く。
冒険者ギルドなのに素材の買取ができないとは一体どういう事だ……。
「鑑定できる人間がいないんですよ」
主任が手にしている冊子をかざしながら説明をする――
『グレートエラスモスをティアラで扱った記録がない』
これが理由らしい。
一応『素材価格一覧』に値段はある。
しかしそれはあくまでたくさん流通している素材についてのものだ。
滅多にないレア素材は時価だという。
グレートエラスモスはそれに該当する。
ティアラはこの手の素材の扱いがほとんどないので時価がわからないのだ。
もちろんヨムヨムに問い合わせれば教えてはくれるだろう。
だがきちんとした鑑定が必要で、素材の品質に関わることだという。
しかも皮の状態や採取時の扱い方などでも価値が変わる。
経験豊富な鑑定士でないと正しい評価がつけられないものらしい。
ティアラしかギルドがなかった時代なら扱ってたかもしれないがその記録が見当たらない。
それに当時と今じゃ値段も違う。
「まあヨムヨムの買取に持っていくのが一番でしょうかね」
つまり、ティアラで買取ると損だよ……というわけだ。
主任は俺に目を向ける。
あそこなら過去に実績はあるだろうし、なくても素材の鑑定ができる人間がいるだろうからと。
だが俺は首を振る。
「嫌ですよ」
「えっ?」
「『素材価格一覧』に値段があるならそれでいいですし、買取れないなら底値でもいいですよ」
「なぜです?」
「いや……単純によそに売ったらティアラの儲けがないでしょって話です」
「でも時価で買取ってもらえれば相当な額になると思いますよ」
「私が冒険者ならそう考えるでしょうが、私はここのギルド職員です。他社の売り上げに貢献するとか嫌です」
儲け云々は気にしないわけではないが、うちで扱えないというのが個人的に面白くない。
「ところでその冊子だと価格いくらなんです?」
「『大金貨6枚です』」
「おおー」
思わず声が出る。
大金貨はこの国の最高通貨だ。
ちなみにさらに上の『白金貨』という硬貨があるらしい。
だが流通はしていないそうだ。
上司の前だがついウエストポーチからスマホを取り出し電卓で計算する。
最初この街に来た時の宿1泊が小銀貨1枚、これが現代換算だと大体4千円ぐらい。
小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨の順で4倍、それが6枚ということである。
「えーっと……4千の4の4の4……の6っと」
2人共俺のすることをじっと見ている。
ギルド長は俺が電卓を使う様を見るのは初めてだ。
「153万か……」
日本だと軽自動車1台程度、結構な額だ……あ、違う。
人数で割らないとだ。
「そういえば奴って複数パーティーで倒すんでしたよね? 何人ぐらいです?」
主任がわからないと首を振る。
「儂が若かった頃の話だと20人ぐらいだったと思う」
おっ!? 昔ギルド長は冒険者だったというお約束なパターンだ。
「ギルド長、冒険者だったんですか?」
「ん……グレートエラスモスの討伐はしたことないがな」
背を反らしながら口角を上げる。
暗に「お前にゃ負けるがな……」という皮肉にも聞こえる。
いや……自意識過剰か。ギルド長に失礼だな。
「じゃ20で割ってと……んー1人当たり7万かぁ……これに税金と手数料の2割引いて……5万6千円か」
思わず渋い表情になる。
「何です?」
「あ…えと、うちの国での価値換算してみただけです」
主任は俺が何を計算したのか気になった様子だ。
「たしかに……安いですね」
つい口にしてしまった。
これが冒険者集団だったら確実に文句が出る。
奴に20人で「しゃーおらー!」って立ち向かって「はい1人5万円ね」は命が安い。
どう戦うのかはわからないが、俺なら遠慮しとくわって断るな。
あ、でも日本でも猟友会が熊の駆除、1人2万ぐらいだっけか。
――安いよな……。
やっぱこんなもんなのか。
いやでも奴は特別な感じがする。
となると時価だといくらだ……10~15万は欲しいところ。
そうポンポンいる動物でもなさそうだし、単発ならこんなもんか……。
素材の買取金額などいくらでもいいと豪語したが、いざ日本円で見てしまうと後ろ髪を引かれるものがある。
皮はともかく、あの角は相当価値があるような気がしてならない。
「うーむ……」
スマホを仕舞いながら何か妙案はないか考えを巡らせた。