40話 魔獣の素材回収
頭付きのサイの皮を担いで荷車のところまで戻る。
背負子に積んだままの状態で載せ、布をかぶせてギルドまで運ぶ。
うーん角が隠しきれない。
そして東門を通過する際に門番に止められる。
知ってた。
「ティアラの職員です」
制服を着ていないので、職員である証明カードを提示する。
「それは?」
「ある冒険者から討伐した素材を運んでほしいと頼まれまして……」
門番が荷車に目をやるが、突き出た角が異様に目立つ。
「見てもいいか?」
「どうぞ」
不審がられても困るので素直に応じる。
だが次の瞬間、衛兵は悲鳴を上げて後ずさる。
「うわぁあああぁああ!!」
「何だ何だ!」
その声に他の門番が駆け寄って来た。
俺は別に悪いことをしているわけではないので冷静に対応する。
「彼が討伐した獣の頭を見て驚いただけですよ」
「討伐? お前がか!」
「私は運搬を依頼されただけです。ティアラの職員ですから……」
大きく手を振って違うと答える。
すると騒動に気づいてガットミル隊長がやってきた。
俺を見かけると、見おぼえあるなという表情。
猫人の救助の件で覚えていてくれたようだ。
「お前確かティアラに勤めたんだったな」
「その節はどうも」
隊長が布をめくって素材を目にする。
すると驚いて俺を見た。
「これ……グレートエラスモスじゃないか! どうしたんだ!?」
「どうしたと言われても……」
自分は素材についてよく知らない――
討伐した冒険者にティアラに運ぶように言われただけと説明した。
どう考えても俺が倒したとは思われないだろう。
疑われるような嘘ではない。
すると隊長はわかったとだけ答え、特に問題はないと通してくれた。
つくづくギルド職員の肩書は便利だなとにんまりした。
時刻は15時過ぎ。ギルドの裏手へ到着。
別棟からまる見えだが、布がかけられているので大丈夫だろう。
「ただいま帰りました」
「瑞樹さん!」
「おかげで何とか皮と頭だけ持って帰りました」
主任に声をかけて手招きをする。
そして荷車に積んでいる荷物を見せる。
「うわぁ!!」
主任は思わず悲鳴を上げた。
「これ……エラスモス……ですか?」
「それが東門の隊長が『グレートエラスモス』だって言ってました」
「えっ…そっち!?」
「いや私は全然知らないんですけども……」
思わず俺を見る。
「これを瑞樹さんが!?」
「あー……まあちょっといろいろと……」
たしかにたまたま偶然倒せるような敵ではない。
歯に物が詰まったような受け答えである。
そこへ主任を呼びにガランドが来た。
「主任! 買取のほうでお呼びが……って瑞樹どうした!?」
「ん? いやちょっと……」
外にある荷車に気づく。
「何それ?」
「あー……と……」
主任に目をやり、話は明日にでもってことで倉庫に一時保管の許可をいただく。
正直かなり疲れてるのでとっとと帰って寝たい。
というわけでそそくさと倉庫に運んで帰宅した。
◆ ◆ ◆
翌日早々、皆にグレートエラスモスの素材を見せることにした。
「あの……見ても悲鳴とか、大声とか出さないでくださいね」
みんな荷車の周りに居並んでいる。
布がかけてあっても目立つ尖がった角に視線は向いている。
「ホントに叫ばないでくださいね」
女性陣はすでにドン引き。
男性陣も不安な表情を浮かべている。
「では……」
ゆっくりかかっている布を剥いだ。
「「「「うわぁぁあ!!」」」」
皆一瞬たじろぐ。
大声ではないが、それでもそれなりの声量の声が出た。
だが物珍しさからか、落ち着くと近くで角とか皮を触りだす。
キャロルはあまり怖がってない様子だ。
「これ、瑞樹さんが倒したんですか?」
「……まあ……はい」
「どうやって?」
「それは今はちょっと。追々説明します」
ガランドが「2日休んだのはこれか?」と指さしたので、うんうんと頷いた。
「肉は?」
「全部置いてきた。めんどくさかったので……」
「もったいないな!」
「価値あるん?」
「いや知らんけど何となく……」
「うーむ……」
主任は腕組みしながら俺を見る。
「で、ミズキさんはこれをどうすると?」
「それを相談したいんですがね……」
◆ ◆ ◆
夕方にはフランタ市街で『グレートエラスモスの討伐』の噂が広まっていた。
もちろん出所は東門の衛兵たちだ。
ティアラの職員が運んでたというのをどこかで話したのだろう。
討伐自体が珍しいので話題になるのは当然ではある。
だが噂の根幹は――
『誰が倒したのかがわからない』
という点だ。
グレートエラスモスは複数パーティーで倒すような奴だ。
大規模討伐といえばヨムヨムなので、ここの常連冒険者パーティだろうと思われた。
だが誰も知らないという。
しかも素材の持ち込まれた先が、何とティアラだという。
ティアラは新人が多いしそもそも大規模討伐を扱っていない。
なので皆が不思議に思った。
ヨムヨムの冒険者連中に噂が伝わると、情報を聞き出そうと若い連中が数名ティアラにやってきた。
いかにも俺たちがこの街で一番実力のあるパーティーだと言わんばかりの態度のデカさである。
「なあグレートエラスモスの討伐依頼があったんだろ?」
「誰がやったんだよ。教えてくれよ!」
「ティアラに素材が運び込まれたって聞いたぞ。倒した奴がいるのは確かなんだろ?」
「どこのパーティーだ? この街の連中じゃないのか?」
リリーさんがため息をつく。
「ですからお答えできません。依頼についてもお話しできません。業務に支障をきたすのでお引き取りください」
そう言われても彼らは中々引き下がらない。
冒険者としてどんな連中なのか気になって仕方がないらしい。
だがこれ以上リリーさんに迷惑をかけるわけにもいかないな……。
俺は彼女の横に行き、代わりに話をすることにする。
「あの……いい加減帰ってもらわないと困るんですが」
「あぁ? 何だお前」
「素材を回収して運んだ新人職員です」
「ん? 新人?」
「……ああ、あのエルフに怒られて泣いてたっていう」
後ろで冒険者がクスクス笑うのが聞こえる。
「ええ、その新人です」
「ふん…で、お前……その冒険者は見たのか」
「いえ見てません」
思わずリリーさんが「あれっ?」という感じで俺を見上げる。
「じゃあ何でティアラが回収すんだよ」
「決まってるじゃないですか!」
腕組みして薄笑いを浮かべる。
「私が倒したからですよ!」
その台詞に職員一同俺を見る。
話が耳に入った客も俺のほうを向いた。
叫んでいたリーダー格の冒険者は一瞬キョトンとする。
だがすぐに馬鹿にされたと理解し怒りを露わにした。
「ふざけんな!!」
「何がです?」
「お前ギルド職員だろ!」
「そうですが何か?」
小馬鹿にしている態度が気に入らないとみえ、冒険者たちはさらにヒートアップする。
「冒険者じゃねえだろ!」
「あ? 一応冒険者登録してますよ」
そう言ってカードを見せる。
すると裏の項目に市外への配達依頼の実績解除がないのに気づく。
それがないと初心者だと一目でわかってしまう。
「てめえ! 配達依頼もしてねえ素人だろっ!」
「あっそういやまだしてなかったですねテヘペロ」
「ああ!?」
対応している職員がガチの初心者だとわかり、店内の客も揶揄っているのだと理解した。
「いいから教えろ! どんな冒険者だったんだよ!」
「コレ」
親指で自分を指す。
「お前っ!!」
「いい加減にしろよ!」
冒険者たちが声を荒らげる。
リリーさんも眉をひそめて迷惑そうだ。
俺はそれを見て機嫌悪そうに煽る。
「文句があるならあんたらで討伐してくりゃいいじゃないですか。強いんでしょ?」
職員のほうに目をやり、うんざりした表情で冒険者たちに通告する。
「これ以上居座るならこの街で仕事できないように手を回しますよ?」
新人とはいえギルド職員という立場の人間に脅しをかけられるとさすがにマズいと思ったようだ。
ティアラからは情報が得られないとわかると渋々引き上げていった。
冒険者たちがギルドを出た後、皆を見ると吹き出しそうな顔をしている。
「おっかしいなー……ちゃんとホントの事言ったんだけどなー」
その台詞で皆、堰を切ったように爆笑した。
「アハハハハハハハッ!!」
「み…瑞樹さん!」
「そ……そうですね……アハハハ!」
「なるほど……クフフフ!」
大規模討伐で倒すような大型獣を、冒険もしたことないギルド職員が倒したなどと一体誰が信じるというのか。
むろんそれが本当だとしても、信じさせる方法は誰も持ちえていない……もちろん俺もだ。
あの冒険者たちが馬鹿にされたと吹聴すれば、うちに来ても情報は得られないと諦めて来なくなるだろう。
仮に来たとしても同じ対応をすればいいだけだ。
何せ本当のことを言ってるだけだしな。
すると主任が一言苦言を呈す。
「瑞樹さん、ほどほどにしてくださいね」
「おっとそうでしたね」
逆恨みでまた襲われでもしたらかなわんしな……さすがに今後は自重しよう。
結果、謎の冒険者集団についての情報は誰も得られずに、一旦立ち消えになった。