4話 ティアラ冒険者ギルド
何とも拍子抜けで終わり気が抜けた。
死体を発見しても放置な世界に驚きだが、余計な刺激は与えずそそくさと立ち去ろう。
部屋を出ると何やら門のほうが少し騒がしい。
隊長が何事かと向かう。
見ると衛兵達数人で誰かを囲んでいる様子だ。
まあ俺には関係ないな……と無視してギルドへ行こうとしたら叫び声が聞こえた。
「助けてくれよー! 父ちゃん助けてくれよー!」
何か事故かな……聞こえた子供っぽい声に振り返る。
傭兵達の間から見えたその姿に俺は衝撃を受けた――
二足歩行の巨大な猫が見えるではないか!
「猫!? デカッ!」
思わず唖然とする。
身長が人の腰ぐらいまであるデカい猫がそこにいた。
二足歩行で服も着てるとか!
長靴をはいているとか、銀河鉄道に乗っているとか、耳をすましたりするのが実際にいる世界か……。
驚きでしばし見入る。
その猫はそのサイズで子猫らしい。
お父さんが道で倒れてしまったので助けてほしい……みたいなことを泣きながら訴えて衛兵の裾を引っ張っている。
だが衛兵は困り顔で佇むだけで何もしようとしない。
妙だな……何してんだこいつら。人以外は助けないのだろうか。
「助けに行かないんですか?」
「ん?」
隊長に向かって尋ねる。
「いや……その子の父親が道で倒れてしまったので助けてほしいって言ってますが……」
すると俺の言葉に全員びっくりしてこちらを向く。
「お前言葉がわかるのか!?」
「ん? いやだって……」
そう言いかけてすぐに気づく。
そして咄嗟に誤魔化す。
「ええ、まあ……」
彼らがしゃべっているのは日本語じゃないんだ!
そしてどうやら猫の言葉と人間の言葉も異なっているみたい。
すぐに創造主の話を思い出す――『相手の言葉がわかる指輪』のおかげか。
その子の話を聞きながら同時通訳する。
「行商人の父さんが『森からマタ…なんとかの匂いがする』と言って森に寄り道した」
「だけど何かに刺された」
「大丈夫と言ってすぐ森を出て歩いたんだけど、すぐに倒れてしまった」
「父さんは人の言葉はわかるけどこの子はわからない」
「けど助けを呼びたかったので走ってここにやって来た」
話を聞き終えて彼らを見やる。
衛兵達は本当かと疑心暗鬼の様子、だが隊長は疑うことなくわかったと返事をした。
街道沿いで病人が出たとなると防衛隊の管轄だ。
すぐにテキパキと指示を出して救助に向かわせる。
そして衛兵はその大きな子猫を馬の背に乗せた。
「ありがとう兄ちゃん!」
猫の子の笑顔に右手を振る。
「まんま犬のおまわりさんだな」
ボソッと言った独り言に隊長が気づく。
珍しい異国人だなという目つきだ。
「マール語もずいぶん上手だと思ったが、まさか猫人語も解するとはびっくりしたぞ。さっき話してるときに違和感あったんだがそれだな」
違和感……なるほど、この国の言葉も日本語ではない。
要するに旅人のくせにこの国の言語――マール語とやらが流暢なのが変だってことか。
「まあ、勉強したんで」
怪しまれたかな? まあいっか。
そして今のやりとりで判明する――
『言語が自動翻訳されて日本語で会話している』
それは間違いなく創造主の指輪の力だとすぐに理解した。
◆ ◆ ◆
東門から通りを歩いて10分ぐらいすると広場っぽいところに出た。
見渡すと左手奥の方に大きな3階建ての建物がある……おそらくあれだろう。
やれやれとため息をついて向かう。
玄関は大きな両開きドアで、上に『ティアラ冒険者ギルド』とある。
時刻を見ると18時50分。
すでに辺りは薄暗く外からは中の様子が見えないので開いているかどうかわからない。
ゆっくりドアを押すと、ギィっと音を立てて開いた。
中は結構広く、正面奥にカウンターが見え、そこに受付嬢が1人座っている。
俺が入ってきたことに気づいていないのか、下を向いて書類作業している。
近づくと顔を上げあいさつをしてくれた。
「こんばんは」
ショートヘアの可愛い娘で同い年ぐらいかな。
クリっとした目で直視されてドキッとする。
「どうも」
よく考えたらこっちの世界で初めて出会った女性だ。
単刀直入に本題に入る。
亡くなった冒険者のネームタグを彼女の前に置く。
「この人たちが森の中で死んでました」
すると彼女は息をのむように驚き、そして悲しい表情になった。
少し待つように告げられ席を立つと、左手奥に見える男性職員に事情を話している。
彼は驚いた様子で俺に目をやると、やって来て話を聞きたいと告げられた。
俺もそのつもりだったので了承すると、談話室に案内された。
「ティアラ冒険者ギルド、主任のタランです」
「御手洗瑞樹です」
容姿が完全にこの国の人間じゃないので出自について聞かれる。
俺自身も森で遭難してたという話をしてたら彼女がお茶を運んできてくれた。
「申し遅れましたがリリーと申します」
そう名乗ると男性の隣に腰を下ろす。
話をするのに現場の写真を見てもらったほうが早いと踏んだのでとっとと見せることにする。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんですが……」
ウエストポーチからスマホを取り出し、死体画像を表示してテーブルの上に置く。
「これなんですがね……」
2人はスマホを覗き込むと、恐怖のどん底に突き落とされたような表情で絶叫した。
「うわぁぁあぁあ!!」
「き…きゃあああああああああ!」
女性はバランス崩して顔を背け、男性は驚愕の表情を浮かべて睨んだ。
テーブルに彼女の足が強く当たり、カップがガチャンと音を立ててお茶がこぼれた。
「え……何!?」
あまりの驚きっぷりに俺も身じろぎした。
たしかに死体の写真は気持ち悪い。なのでグロい部分は撮影していない。
現場と服装ぐらい見せればいいかなと、視認に耐えられる程度の写真と思ったのだが……。
どうもダメだったらしい。
冒険者ギルドというからこの程度は大丈夫なのかと勝手に思い込んでいたが、普通に免疫がない様子だ。
俺の予定ではこうなると踏んでいた――
「うわ! 何ですこれ。見たまんまの死体じゃないですか」
「これならやられた原因も一目瞭然ですね」
「ああ……これはきっと○○の仕業ですね。特定しました」
「いやこれはすごい箱ですね。なんて言うんですか?」
「ス、スマホ……ですか。うわっ……このスマホすごすぎ!」
こんな感じ――だが実際は違った。
怯える彼らを見つつ、どうしていいかわからず、ただ佇んでいた。
するとすぐに2階から誰かが駆け下りてくる音が聞こえ、部屋のドアをバタンと勢いよく開くと男が入って来た。
目にした瞬間、あっ終わった……と思った。
昔ヘビー級のボクサーでしたと言われても納得する体躯に彫りの深い顔。
そして左目の上に10センチぐらいの刀傷。
茶色の髪が怒りで逆立ってんじゃないかという見た目に、全身から血の気が引く。
「何事だ一体!」
彼は職員の怯える姿を目にし、俺にきつい口調で言い放つ。
「貴様! 一体何をした!」
殺されそうな勢いに泣きそうになり体が震えた。
だが文句を言われる筋合いはないと気づき頭に血が上る。
反論しようと試みたが、恐怖が勝って声が出ない。
すると主任の人が震える声で答える。
「うちが依頼した……冒険者が森で死んでたのを見つけて、その報告にいらしたんですが……その……それが……」
彼はスマホを指さした。
すると入ってきた男がスマホの画像に目を落とす。
その瞬間、彼は大きな目を見開き一瞬怯む。そしてスマホを指さして尋ねた。
「これは何だ!」
俺は大きく息を吸って一度止め、ゆっくり吐く。
「何だって言われても……現場の写真見てもらって……何の獣にやられたのか特定したいんじゃないかと思って撮ってきたん――」
「死体が入ってるんでしょ! それ!!」
突然、受付嬢がヒステリックに叫んだので俺は咄嗟に反論する。
「違いますよ」
それを聞いた2人は驚き、
「「え?」」
彼らの反応に俺が驚いた。
「え?」
それでわかった――
どうやら『スマホに死体が入っている』と思ったらしい。
困惑した俺は手で待ったをかける。
「ちょ……ちょっと待ってください! みなさんこれに死体が入ってると思ってんですか?」
スマホを手にしたが何も返事はない。
俺は一気にまくし立てる。
「いやいやいや……何言ってんですか。そんなわけないでしょ……えぇ? いや違いますよ! 死体なんか入ってませんよ!」
何の返事もない。
男性は厳しい表情を崩さず、女性は顔を伏せたまま話が耳に届いていない様子。
「当り前じゃないですか。こんなもんにどうやったら死体が入るんですか。しかも4人も――」
4人という言葉に彼女がさらに身をこわばらせた。
あ……そういうことか。
この時やっと間違いに気づいた。
『彼らは写真が理解出来ないのだ』
まだカメラが登場して間もない頃に『写真を撮られると魂を吸われる』と恐れられていたという話――それを思い出す。
写真を撮る際2分もかかってたから「動くの禁止」「まばたきも禁止」と言われ、息を止めてた人もいたらしい。
撮影者は「そうしないと撮れないから」と説明するが、される側は『なぜそうしないといけないのか』がわからないのだ。
わからないことは怖いこと、自分の知っていることが他人も知っているとはかぎらない……とはわかってた。
だが『レベルが違いすぎるとその基準に気づかない』というわけだ。
彼らは『死体を見たのが怖い』のではない――『俺のしていることが怖い』のだ。
得体の知れない旅人が意味不明なことを言い、死体の入った小箱を出して平然としているのだ。
そりゃ怖がらないのがおかしい。
アニメで過去からタイムスリップしてきた侍がテレビを見て『人が箱の中に入っている』と驚くのを周りの人たちがハハハと笑い飛ばすシーンがよくある。
これは、わかる人間が多くわからない人間が1人なので成り立つお約束事だ。
では逆ではどうだ。
過去へタイムスリップした現代人がポータブルDVDで映画を再生すると『人が箱の中に入っている』と村の人間は驚くはずだ。
ではこの後どうなるか――
『こいつは箱の中に人を閉じ込める恐ろしい道具を持っている』
『こいつは村の住人全員を箱の中に閉じ込めるためにやってきた恐ろしいやつだ』
『そうだ……盛大にもてなし油断して寝込んだところを襲って殺してしまおう』
おそらくこんな感じのオチが待っている。昔話でよくある展開だな。
怖いものは排除するのが一番手っ取り早い解決法だ。
状況を把握した。
俺は顔に手をやり、大きく息を吐いて収拾させる算段を考える。
彼らは幼稚園児だと仮定して、何がわからないのかから推察する。
まずは写真だ。
彼女はかなりショックを受けてるようで手を顔に当てうつむいたままだ。
なので俺はあまり近づかないよう床に片膝をついて謝罪しよう。
「リリーさん、怖がらせて申し訳ありませんでした。死体なんか見たら怖いですし、ましてこの道具に死体が入ってると思ったらおぞましいですもんね……」
彼女は伏したまま微動だにしない。
「でもこれに死体なんか入ってません。それは信じてください」
少し間を空けて静かに話を続ける。
「これは私の国では人と話をする道具なんですが、いくつかできることがありまして……その1つに、目で見たまんまの景色をこれに入れられるんです」
スマホに画像を表示し、彼女に見せようと少し近づく――
「リリーさん、これ見てもらっていいですか?」
彼女は恐る恐る手をどけてスマホを見る。
するとその画像を見て驚いたが表情は和らいだ。
2匹の子猫がへそ天で戯れてる写真……。
「これは私の知人が飼ってる子猫です」
彼女の表情を観察しつつ、少し落ち着いたのを見て次々とスマホで撮ったスクショを見せていく。
「これは桜という木で、ある時期に満開になる綺麗な花なんです」
「これは丼っていう食べ物……これもラーメンっていう食べ物、これも……食べ物ばっかりですね」
少し笑いながら話しかける。
「そしてこれ、これは友人と麻雀っていうゲームしてるところなんですが……ここ、私がいるでしょ」
次々に表示される画像を見ながら黙って聞いててくれる。
「こういう風景を切り取ったようにみえる絵を『写真』って言います」
「…………シャシン」
やっと言葉を発してくれた。
「そう写真。この箱はね……写真を撮る――作れる道具なんですよ」
彼女はしばらくスマホの写真を眺め、そして落ち着くとゆっくり深呼吸をし、涙を拭いて座り直した。
俺はゆっくり立ち上がり、男性のほうを向いて説明する。
「誤解してるようなのでもう一度言いますが、これには死体が入ってたりはしません。死体の風景の写真を撮っただけです」
俺は自分が森で遭難してたこと、遭難中に死体に遭遇したこと、自分では死因がわからないのでわかる人に見てもらいたかったこと、数日迷ってやっとこの街にたどり着いたことを端的に説明した。
大柄の男はここのギルド長で名前はロキという。
彼は事情を理解し大きくため息をつき、俺はそれに合わせて謝罪を述べる。
「ご迷惑をおかけしました。良かれと思ってやったんですがね……思いっきり裏目に出てしまいました」
「ふん……まあいい。それにしてもその……」
何か言いかけたが途中でやめる。
「タラン、あとは任せる」
そう言って部屋を出ていった。
ちらっとスマホを見ると時刻は19時半。
さすがに今日はもう話をできる雰囲気じゃない。
俺ももう死体画像を見たくないし、とっとと消してしまおう。
東門の隊長も言っていたが、冒険者が森で死ぬのはよくあること。
この世界ではその程度のことなのだ。
とっとと退散しようと彼らに頭を下げてギルドを出る。
だが辺りが暗くて宿が何処にあるのかわからない。
そして再び戻って図々しいお願いをする。
「あの?1つお願いがあるんですけど」
「なんです?」
「どっか宿屋を紹介してくれませんかね?」