39話 魔獣の皮剥ぎ作業
次の日、夜が空ける前の4時ごろに起床した。
どんだけ時間かかる作業なのか見当つかないし、なるべく早く作業に取り掛かりたい。
ギルドの倉庫へ寄って荷車を持ち出し、解体道具を積んで出発する。
東門の衛兵は、朝早く空の荷車を押して出かける俺に「おはよう」と挨拶してくれた。
衛兵は交代してたようで、怪しまれることはなかった。
しばらく街道を進み、昨日森へ入った所に荷車を待機させておく。
街道からは見えないようにするが、盗まれたら弁償になるなと少し不安がよぎる。
昨日の経路を思い出しながら、時折りジャンプして方角を確認する。
ところが森へ入ってすぐに気づいた!
何となくどこを通ったか覚えている。前日のたどり着けるかという不安は杞憂だった。
森を抜け、1時間足らずで無事現地に到着した。
「おおーやった!」
空はだいぶ白み始めてるが時刻は6時前。これなら12時間ぐらいはたっぷり時間が取れる。
と、すぐに犬の親子に目がいく。
「あれ!?」
昨日と変わらずの姿勢。一晩中あのままだったのか……。
もしかして死んでしまった?。
《そのものの在処を示せ》
すぐに『探知の魔法』で青い玉を確認する。
4匹とも生存。
眠っているだけだと安心する。命がこと切れそうな状態からの復活だからだな。体力回復には相当時間がかかるのだろう。
これなら起きても襲われることはないと安心した。
さていよいよ解体だ。
だがその前に、
『サイをひっくり返さないと解体ができない』
ということ。腹側を木に付けてずり落ちた体勢で死んでいる状態である。
どうしようかとしばらく考えたのち、ある案が浮かぶ。
『サイの背中側の土を掘る。《剛力》で木から剥がして腹を見せる』
これだな。
よし、スコップは持ってきたので早速――と地面に刺したところで気づく。
ここは『土の魔法』の出番だろう。
サイ野郎の横に立ってしばらく考える。
んー……まずなるべくずり落ちている辺りの土を、体ギリギリまでどける。
その穴に、奴を倒しやすいように周りの土をスコップで掘る。
「うーん……こんなかんじか」
では押し倒そう。《跳躍》で軽く飛んで奴のデカい角の上に乗る。
木と顎下の間に足を入れ込み、そしてずり落ちないように後ろ手で木を掴んで体を入れる。
そして一気に足に力を入れて蹴った。
「そおいっ!」
奴の体がふっと木から離れ、掘った穴へズドーンと倒れる。
同時に俺の身体がずり落ちそうになったので、必死に木を掴んだ。
「あっ!」
角がデカすぎて、倒れた際に先端が地面に突き刺さった。
一瞬折れたかと思った。
けどかなり硬いようで大丈夫だった。
「おおー危ねー! 多分あの角が一番価値ありそうだもんな。気をつけないと……」
奴のそばへ寄ると、ひっくり返した腹は俺の首辺りの高さだ。
となると、大体150センチといったところか。
まあ乗っかれば作業はできるか……。
「よっしゃよっしゃ!」
俺はやればできる子なのだ……とご満悦である。
では解体開始。
まずは首の辺りにナイフを刺して腹を裂く。
「よかった。腹の皮は柔らかい」
といっても背中の皮に比べればってこと、ゴリゴリというすごい音を立てて切っていく。
たしか腹膜破っちゃダメとか言ってた気がするので注意しよう。
――まだ温かいな。
そういえば『保存の魔法』をかけたんだ。
ということは、これ死んで間もない状態ってことになるのだろうか。
いやそもそも死体に魔法をかけて効いてるのかもわからない。腐敗とか進んでるのだろうか。
サイの腹に乗っかる形で腹を裂き、膜っぽいものに到達するまで刃を入れていく。
腹圧がすごい。
腹を裂くごとに中身が盛り上がるので結構怖い。
腕を中に突っ込んで腹膜と腹肉とを剥がす。
案外簡単に剥がれるのだなとびっくり。ちょっと強力に張り付いてるシールを剥がす感じ。
しばらくして問題発生。こいつの体がデカすぎる!
「いやこれ手が届かんな」
奴の体の半分ぐらいまでしか手が入らない。頭突っ込んで潜り込んでまではさすがに無理。
さらに次の問題が発覚。
『内臓を掻き出す方法がない』
猪の解体は吊り下げて行うと教えてもらった。なので内臓はそのまま下に落とせる。
当然だがこいつを吊り下げ……なんかできるわけない。
どうやって中身を取り出せばいいのだろう。
少し離れて俯瞰しながら考える――
「あっ」
いい方法を思いついた。
『埋まってるサイの半身の土を盛り上げ、横倒しにして内臓を流し出す』
これだ!
土魔法の特権、掘る以外に盛り上げられる。
これで体勢を傾けて内臓を流し出せばよいのだ。
早速盛り上げ開始。
横に回って地面におでこをくっつけて土を盛り上げていく。
ググッという感じで土がサイを押し上げ体が一部斜めになる。ジャッキアップで車を上げる感じだ。
角は地面に刺さったままなので体がねじれるように持ち上がっていく。
「ああっ!!」
やらかした!
内臓を流し出す穴を掘り忘れていた。
しかも半分ほど腹膜を剥がしていたので、横倒しにした途端、残りがメリメリっと剥がれてしまった。
結果、綺麗に剥がれず腹膜が裂けてしまい、中身がダラダラと流れ出た。
「ああぁぁああぁああぁああ!」
目にしたくない光景……大量の内臓がそのまま周囲に流れ出してしまった。
「もぉぉ、スプラッタじゃあああん!!」
生臭さがあたりに漂う。
まあでも糞尿臭くならなかったのが救いだな。やってしまったものはしょうがない。
さてどうするか……。
「うーん…………そうだ! 風で吹き飛ばそう」
流れ出た内臓めがけて最大出力で風魔法を詠唱する。
《詠唱、最大送風発射》
「あらららっ!」
全然ナイスではなかった――
ものすごい勢いで内臓から腸から全ての物が吹き飛んだ。
動画投稿するなら確実にモザイク処理が必要な映像である。
見ると辺り一面血だらけの惨憺たる状況を生み出していた。
幸い、犬親子が眠っているところには散らばらなかった。
内臓を取り出した腹に水魔法で放水。中をきれいにして風魔法で乾燥させる。
一通り処理が終わるとあることに気づいた――
奴の体がある程度揺らせる。先ほどまで微動だにしなかったのに……。
軽トラを少し力を入れて揺らす感じかな。
「んー、大型獣って体の重量の大半は水分含む内臓ってことか」
もちろん《剛力》のおかげで動かせるわけだが、これは都合がいい。
今いる辺りは、内臓が流れ出たせいで周辺が相当汚れてしまった。
気分がよくないので場所を移動させよう。
刺さった角を掴み、一気に引き抜く。
「ふんぬ!」
するとズズッと抜けて奴の体が動く。
「おおおお、怪力だのう!」
わっせ、わっせ、と、10メートルぐらい移動させた。
では皮剥ぎ開始。細いナイフに替えて、教えてもらったテクニックを実践する。
『肉側じゃなく皮側に刃をスライドさせるように切る』だ。
最初は慎重にし過ぎて時間がかかる。
しばらくするとコツがつかめてサッサと進められるようになった。
「表皮が硬いからかな……思ったより剥がしやすい」
ナイフで皮を突き破りそうにならないのがいい。
剥ぎながら手で皮を押し上げるのだがかなり重い。《剛力》がなかったら一人じゃ無理だな。
身体強化のおかげで、厚手の布を掴んで剥がす感覚で行えている。
汗だくになりながら作業を進め、気がつくと、ずいぶん日が高くなっていた。
「何となく要領よくなってきたぞ!」
土魔法でサイの体勢を変えるのも慣れてきた。
横倒しにして背中の皮、反対に倒してもう半身側……というようにジャッキアップも前後左右自在だ。
土魔法職人といった感じ。これぐらいの重量ならお構いなしに土を盛り上げられるのだな。
「家とかも押し上げられるんだろうか……」
なんてことを思いつつ作業を続けた。
「はぁ……」
12時を過ぎたころに皮剥ぎが終了した。さすがにクタクタだ……。
と、そういえば朝早かったから飯も食べてなかったな。まあいっか。
頭の部分を見やる。
ここの皮も剥げるのかもしれないが、さすがにわからない。猪はそのまま廃棄って言ってたしな。
けれどこいつはむしろ頭が大事……というか角だな。
まあ頭ごとお持ち帰りだな。
首のところから折って、体の皮ごとでいいだろう。
「しかし……これ角がまあ……」
改めて本当にデカい。
俺の片足より太い角だ。相当重たいんだろうな……と思ったら角はそんなでもなさそう。
ゆっさゆっさ揺らすと簡単に頭が揺れる。
軽そうなことに少し安堵した。
それでは運搬準備。
皮をゴリゴリッと巻いて紐でくくる。
背負子に頭を上にして積むと、角が地面に引っかかりそうになった。
「うっは! ギシギシいうとるな!」
頭自体が結構な重量だ。積めたことが奇跡に近い。
皮は見事に全身一枚だ。背負子から横に飛び出るほど大きい。
「木に引っかからんようにして歩かんとだな……」
とりあえず一服しよう。
皮を剥ぎ終えた肉に目を向ける。
めっちゃ食いごたえありそう、こんだけの大量の肉は廃棄するにはもったいない!
が、どのみち一度皮だけ運ぶ必要がある。このまま一旦荷車のところへ帰るしかない。
でも……帰ったら今日はもう絶対に来ないなーと、頭を本音が駆け巡っている。
7割以上めんどくさいって思っている。
ま……捕らぬ狸の何とやらだ。確実に皮と角だけは持ち帰ってから。肉はあとだ。
帰る前に犬の親子に目をやる……まだ動けそうになさそうだ。
サイ野郎の肉を一塊ほど切り取って、犬の親子の面前へ置く。
「これでも食って元気出せ。じゃあな」
そう言い残すと、俺は帰還の途に就いた。