38話 両足骨折からの生還
時刻は15時半。
まずは現在位置の確認をする。
サイから少し離れて《跳躍》使って上空へジャンプ。
ズバンッ――――――――
上空にいられるのは一瞬、首をキョロキョロさせる――
あった!
左手のほうに小さく街の外壁らしきものが、小指の先ほどの大きさで見えた。
「正面かと思ったら左手、抜けてきた森の方ずーっと真っすぐ、しかも街が小さい。これ思ったより奥に来てるぞ」
魔法の練習してたとことは随分離れたところにいることがわかった。
「さて……コイツをどうするか……」
軽自動車が木に激闘して事故ったように見える状況――
いわゆる『サイのあとしまつ』である。
できれば持ち帰りたい。
だがこんな巨大動物どうすりゃいいのって話。
このまま運べるほど軽くはない。人を呼べる場所でもない。
漫画みたいな便利な道具もない。
刹那ゲーム脳が起動する。
「……便利な道具……ホントにないのか?」
そういや魔法語で試してないな……収納系の魔法の確認。
拾った『初級魔法読本』にはない。
だが『上級魔法読本』とかに書いてあるのかも知れない。
いやそもそも発見されてなくても存在している可能性もある。
もしかしてという可能性を願いつつ、思いつくだけの収納系単語を唱えてみた。
「マジックバッグ! インベントリー! アイテムボックス! 収納ポケット! 四次元……」
――ダメであった。
もちろん無いと決まったわけではないが、現状発見できないのでしょうがない。
今度創造主に聞いてみよう。
となると選択肢は一つしかない。
『自分で解体する』だ。
だが大問題がある。
当り前だが動物なんか解体したことない。それと時間がないことだ。
あと数時間で日が暮れる。どう考えても間に合わない。
それを考えると選択肢は『一度帰宅する』が正解だ。
今なら日のあるうちに帰れる。
だがそれをすると、ここにまた来られるかわからない。
しばし腰に手を当て考える。
「ととと…その前に…」
倒したサイに『保存の魔法』をかけとこう。
《そのものの有様を残せ》
サイにおでこをくっつけて発動。
ふわっと何かに包まれたような気がしたが、よくわからなかった。
「この手の魔法、おでこ発動はよく見えないんだよなー」
おそらく効いてるとは思う。
「今度ティナメリルさんに聞いてみるか」
ふと彼女の顔が頭に浮かんだ。
犬に目をやるがまだ起きない。治療した母犬が気になってもう一度『探知の魔法』を使う。
「あ…あれ? ちび2匹動いてなくないか?」
母親のそばで鳴いてた子犬がまったく動いてないように見える。なのでもう一度行ってみる。
ゆっくり近づいてみると、子犬は眠っていた。
「何だよ、寝落ちかよ」
母親もまだ目を覚ましていない。
このまま置いとくのは良くないだろう。ゆっくり子犬2匹を抱えて草原の父親んとこに運んだ。
続いて母親を抱える。
「こ……重! こいつもデカイ!」
何とも俺背丈を超えてるデカさ。あと血のりが泥と一緒に塊べっとりで汚い。
「いやもう血が……あーあーもう……」
背中越しに抱えながら引きずる格好で運ぶ。
「……あっ!」
ここで《剛力》の魔法を思い出した。
「あれ弓を引く力ってあったんだが、物を持ち上げるのにも効くんじゃねーのか?」
すぐさま発動させる。
《剛力》
そっと母犬をお姫様抱っこで抱えてみる。するとスッと持ち上げられた。
「おおおおおおおお!」
巨大な犬のぬいぐるみを抱えてるぐらいの感じになった。
「何だよ、普通に怪力スキルじゃねーか!」
ぐにょぐにょする体を落とさないようにゆっくり運び、父犬のそばに置いてやる。
これでこいつらは一安心。
さて犬の親子をサイのところに連れてきた。
そしてどうするか結論を出す――
『一旦帰る』だ。
正直解体するにも冒険者から拝借した小型ナイフしかない。
うつ伏せのサイを動かすにもどうすりゃいいか考える時間が必要。
んなことしてる間に日が暮れるだろう。
急いで帰れば主任に相談できるかもしれないし、道具を借りてもう1回来るのが正しいと思う。
またここに戻って来れなきゃそれは運がなかったと諦めるだけ。
生きてただけでめっけもんなのだ。
そうと決まればとっとと帰り支度だ。
荷物抱えて犬を見やる。
「まあ、起きて食われたらしゃーなしか……」
痛む足首を気にしつつ、《跳躍》《俊足》を駆使しつつ街へ向かった。
◆ ◆ ◆
エルフの身体強化術はかなりすごかった。
1時間もかからずに東門へ到着。
まあ街へ向かって一直線で向かっただけだしな。
東門通過時に衛兵に不審がられたけど、コケて汚れたと誤魔化したら気遣われた。
嘘ついてすまん。
時刻は17時過ぎ。
先に自宅へ戻り、体を拭いて服を着替える。
サイ野郎との戦闘では膝を擦りむいた程度だったが、犬の親子を運んだ際に血だらけになっていた。
一応帰る前に服を水洗いしてみたが、んなことで血なんか取れりゃしない。
また服をダメにしてしまった。
それなりに身綺麗にして、何事もなかった感じでギルドへ顔をだす。
裏から入って主任に声をかける。
「主任、ちょっといいですか?」
「瑞樹さん……どうしたんです?」
裏から覗いた俺に主任が驚く。その声に他のみんなも気づいてこちらを見る。
「あーっと……ちょっと相談ごとができまして……」
少しバツが悪そうに作り笑いを浮かべ手招きする。
主任にギルドの裏に来てもらう。
「何です?」
「実はですね……」
森に薬草探しに行ったら動物に遭遇した。
倒したはいいが大きすぎて解体できずに置いてきた。
なので明日もう一度行って解体したい――と伝えた。
「はぁ!? 何ですって!?」
話を聞いた途端、険しい表情になる。
森へ1人で行ったことを注意するのは上司としてあるだろう。
だが今は時間がない。
俺は両手でまあまあ抑えてとポーズを取ってなだめる。
「……獣って何です?」
辺りを見渡し、大声出さないでと念を押してスマホの写真を見せる。
「うわぁ!」
「しー!」
映し出されてるのは、木に激突した状態で死んでるサイ野郎の写真だ。
「な……ん? 何ですこれ!?」
偶然…運良く…たまたま倒せた……と身振り手振りで出来事を説明する。
何か言いたそうなのを再び両手でなだめ、愛想笑いで誤魔化す。
死にかけたなんぞ言おうものなら確実に激怒される。
今は黙っておこう。
主任はしばらく考えて知っている獣の名前を出した。
「……エラスモスってやつですかねー」
「そうなんですか?」
サイじゃないっぽい。
まあ俺もそう思ってたけども……。
「で?」
「えーそれで明日もう一度行って、自力で解体してみようと思うので休みが欲しいというのと、解体するための道具、運搬する道具って何がいるのかなという相談です」
主任の俺を見る目が怖い。
ずいぶん図々しいお願いだと思われてるのだろうか……。
危険な森へ行った馬鹿さ加減に呆れてはいるだろう。
先の襲撃で命の危険があったばかりだというのにだ。
でも怒ってくれるというのは心配してくれてるということでもある。
そこは自分も大いに反省している。
だが今は時間がないのだ。
とにかく何か言われたとしても「お叱りはあとで」と告げて対処の手立てを教えてもらいたい。
俺が困った子犬のような表情を浮かべていると、ため息をついて目線を倉庫に向けた。
「そうですねー、解体の道具は倉庫にありますが……したことは?」
「ありません!」
キリっとした答えに顔をしかめて呆れつつも、することに反対はしなさそうだ。
明日休むことも了承を頂き、しかもティアラで小型の獣の解体を担当している職員を紹介してもらえた。
主任に内容は伏せるようにお願いしたので、猪を自分で解体すると言ってコツを教えてもらった。
指導の後、帰る前に主任に一言お礼を言いに行く。
「瑞樹さん」
「はい」
「森は危険ですので無茶はされないように!」
その忠告に苦笑いしながら答える。
「すみません主任……もうしちゃってます」
彼は「でしょうね」って目で俺に顎で返事した。