37話
時刻を見ると15時。
タバコを取り出そうとウエストポーチに手をかける。
ふと吹っ飛んできた黒い塊が目に入る。
「そういやあれ何だ!?」
ゆっくり腰を上げ、恐る恐る近づいてみる。
「あ……犬? 犬かな」
見ると体長は結構でかく、人の背丈はありそうな黒い毛むくじゃらの犬のように見える。
「うーんどうなんだろう……自然の森ん中に犬って」
全身真っ黒なのだが顔を覗き見る。
一躍有名になったシベリアンハスキーっぽい顔立ちのようだ。
「真っ黒な狼っているん?」
まあどっちでもいいか。
傷はよく見えないが血だらけ。
おそらくあいつに吹っ飛ばされたのだろう。
となると骨折と内臓破裂は確実だ。
「もう死んでるかな」
も少し顔を近づけてみる。
かすかに呼吸している。
ただしめちゃくちゃ弱く間隔も早い。
「生きてはいる……が事切れる寸前かといったところか」
あれにやられてまだ生きていることに驚いた。
「…………助けたほうがいいかな?」
こいつがいい動物かどうかがわからない。
さっきの奴みたいな狂暴なやつだったらまた戦闘だ。
だがあのサイ野郎に襲われたもの同士。
仲間意識みたいなものも感じている。
あと犬嫌いじゃないしな。
まあ他の対象にヒールする練習だと思ってやってみよう。
そばにしゃがみこんで犬におでこをくっつける。
《詠唱、大ヒール》
おでこが光り、犬の体を包み込むように広がる。
そして十数秒後に光が消えた。
おでこを離して犬を見る――
動かない。
まあ瀕死だったからな。
顔に近づいてみると、呼吸はさっきより緩やかになり、大きく吸って吐いてという感じになっている。
「よし、おそらくヒール効いてるな。まあしばらくこのまま置いとこう」
体力を回復してくれることを祈る。
さて、倒したサイをどうするか――
とその前に、他に敵らしき生物がいないかを確認だ。
エルフの魔法である『探知の魔法』を使う。
《そのものの在処を示せ》
すると先ほど治療した犬に青っぽい光の玉が見える。
「ん? 何これ?」
サイに目をやるが奴には青い光は見えない。
ゲーム脳が簡単に理解を示す。
「んー……生命の何かを見る的な感じか。じゃあ探知ってことは遮蔽物は関係なしでいける?」
そう思って辺りを見渡す。
「特に近くに生物的なのはいな……あっ!」
――何かいる!
サイ野郎がやってきた茂みのずーっと奥辺りに動かない1つの玉。
そしてその周囲に微かに揺れる2つの玉が見える。
「ホントに見えた、スゲーな!」
ゲームでいうところの透過モードみたいな感じ。
何かが透けて見えるという現象は、現実世界ではかなり衝撃を受ける。
赤外線センサーと違って可視光線で透けてるからな。
思わず目の前を手で覆って確認……。
「あー重なっては抜けないのか」
自分の手で隠すと見えなくなる。
生物同士は重なると見えないのか、自分の手だから見えないのかはわからない。
「であれ……察するにこの犬の仲間かな? 奴にボッコボコにされた生き残りとか……」
何となく犬に聞く。
「あれお前の仲間か?」
そりゃ答えないわな。
「うーん……どうすっかなー」
別の動物の可能性もあるが、こいつが吹っ飛ばされてきたことを考えると仲間のような気がする。
しばし犬を見る。
今度は不意打ち食らうわけじゃないし、遠目に見つつ行ってみよう。
近づくとすぐに判明する。
「あっ」
子犬の鳴き声だ。
そして近づくと一頭の犬が倒れててその周辺に子犬が二匹いた。
おそらく母親だろう。
「あーそういうことか」
親子でいたところに奴に遭遇、父親が必死で引き離そうとしたってところか。
どうりでサイ何ぞと戦ってたわけだ。
歯すら立たんだろうに……物理的に。
「子供が無事だったのは幸いだな。うまく隠してたのかな」
ゆっくり近づく。
すると子犬が気づきこちらに吠えた。
キャンキャンキャンキャン
「あー待て待て大丈夫。見るだけ。見るだけだから」
人にするように手で制止する仕草をしてみせる。
子犬は警戒しているが襲ってくる感じはない。
不審者に怖がっているだけだ。
探知の魔法で見えた青い光はまだ見えている。生きている証拠だ。
おそらく猶予もないだろう。
このまま大ヒール詠唱して治すことにする。
子犬に襲われても死にはしない。
「大丈夫、治すから」
そしてサッと近づいて詠唱。おでこを犬にくっつける。
子犬は吠えるのをやめてじっと俺を見てる。賢いな。
十数秒後、光が消えて治療完了。おそらく完治しているはずだ。
「じゃ…じゃあ治ったから。俺は帰るな」
まだこちらをじっと見ている。
「あとお前らの仲間……父ちゃんかな? あいつも治ってるからそのうち来るだろう」
怖がらせないように後ずさりで離れた。
再び襲われたところに戻ってきた。
犬はまだ起きてない。
吹っ飛ばされたときに落としたサイドバッグを拾う。
すべて踏まれずに無事だった。
入ってたのはペットボトルとタコス1本、それと魔法書だ。
「考えたら魔法書もう要らんかったな。呪文のとこは覚えたし」
何となく必要かも……と持ってくる癖がついているな。
飯に気づいて急に腹が減る。
座って食事を取ると、腹に物が入ったせいで生きてる実感が湧く。
そして一服する。タバコが旨い。
倒したサイ野郎を目にし、ふと森で死んでた冒険者のことを思い出した。
「もしかしてこいつに遭遇したとかかな?」
今いる場所とはだいぶ離れているから違うだろう。
だがやられ方は似てると思った。
「こんなんが複数いるとかないよな?」
んなこと考えたらフラグが立ちそうだったのでやめた。
期せず『治癒魔法』『探知の魔法』を使う事態になり確認できた。
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