32話 魔法の練習に森へ行く
噂の男になってから数日後の週末。
俺はお休みを頂いて出かけることにした。
行くのは人がいない森へ――実に遭難時以来である。
いやもうとにかく魔法を練習をしないとマズい!
これはもう喫緊の問題だ。
この世界に来て1ヶ月近く経つ。
だが全然魔法を使えない。せっかく魔法のある世界に来たのにだ!
……いや使ってはいる。
襲われて反撃したのと、薬草全快にして根っこゲットもした。
だが問題は『よくわかってない』ことだ。
石も水も威力がわからない。
水はティナメリルさんに危うく土砂かけるとこだったし、土は上下運動だけで幻滅させた。
雷に至っては感電のレベルを確認できない。
人がいる部屋で使って「あっ死んだ」では済まされない。
だからといってじゃあ街で石弾放って練習……というわけにはいかない。
何せ余裕で壁をぶち抜いちゃう威力だ。
何度宿舎の窓から外に向けて撃ちたくなるのを我慢したことか……。
なのでまずは人目のつかない場所を探さなければならないのだ。
ということで結局街の外、森へレッツらゴーというわけなのである。
朝、屋台で食事し、テイクアウトも買っていざ出立。
東門を出て外へ、衛兵にペコリと挨拶して門を出る。
特に気にもされない様子で一安心。
まあ1ヶ月以上ぶりなら覚えちゃいないか。
森へ行くというのに服装は至って平服。
武器屋で買った皮の手袋、来た時に履いてたスニーカー、腰にウエストポーチ、ショルダーバッグに魔法書等を入れている。
パッと見「ちょっとそこまで」という出で立ち。
怪しまれることはない。
ギルドのみんなには森に行くことは言ってない。
言うと止められそうな気がしたせいだ。
何かあったときのために手紙でも置いてくるべきだったかな……まあ今更だ。
一応近辺の森についてはそれなりに聞いて情報は集めてある。
薬草の講義を受けた際にこの辺りの植生や人の活動区域などの話もあったからだ。
街から2キロ圏内は比較的安全な領域。
新人冒険者が採取に来たり木の伐採などで木こりも出入りしてるという。
ということで街道から外れて東の森の中へ入る。
起伏も少なく比較的歩きやすい地面だ。
遭難時にも思ったのだがあまり日本的な感じはしない。
地面は平坦で所々に広葉樹が生えてる『公園の一角』といった印象が強い。
富士の樹海じゃなくて助かった。
といっても俺自身アウトドア大嫌い人間だ。
歩きやすいならそれに越したことはないな……ぐらいの感想しか浮かばない。
しばらくして切り株が見られる開けた場所に到着。
ここなら人目にもつきにくそうだし、人の手が入ってる場所なら安全だろう。
さて魔法の特訓開始。
先日ティナメリルさんが言った台詞――
『水流や散水はできないの?』
これが気になっていた。
意味するところはおそらく、『彼女は人が使うのを過去にみた』ということだと思う。
彼女の日記には水系の魔法がなかったからだ。
なのでまずはこれについて検証していこう。
水魔法は《詠唱、水発射》だ。
これは水弾が撃ち出される魔法、単発だ。
これを水流と散水に変化させられるのだと思う。
早速言葉をいろいろ変えて試してみることにした。
――数分後、意外にあっさり見つかる。
放水は《詠唱、放水発射》、散水は《詠唱、放水拡散発射》、そしてこれは止めるとき《停止》が必要だ。
しかしこれ……威力が凄かった!
まるで消防車の消火放水だ。50メートル先は余裕で届いてんじゃないかと思われる。
なので水量がとんでもなく撃ち出し先が水浸しだ。
いままでの単発水弾は何だったんだと言わざるを得ない。
そして不思議な点が一つ――
『反動がない』
消防隊員がホース持って放水する光景見たことある。
あれはものすごい反動を必死で耐えている。
だがこの魔法は反動がない。
普通に棒立ちでおでこから水がものすごい勢いで出てる。
そのまま前にも歩けるしジャンプもできる。
反動で首が折れたりもしない。
何だこれ!?
見た目『おでこからビーム』だ。正直かっこいい……と思う。
だが彼女が言ってたのはこれじゃない。
花壇でこれやったら土が全部吹っ飛ぶ――幻滅されるどころではない。
おそらく威力調節のオプションがあるはずだ。それを調べてみよう。
――約10分後あっさり判明。
『放水の前に強弱を示す単語をつければいい』
しかもかなり単語がアバウトである。
バケツに水を入れたかったら『少し』、コップに水を入れたかったら『ちょっと』という感じ。
ちなみに何もつけないと『前の状態』だと思われる。
設定覚えてて省略できるというやつだろう。
そしてしばらく放水しまくり――何となくわかってきた。
これ……『翻訳が勝手に適正な単語に置き換えてる』な。
ある程度俺のイメージで威力を決められる。
そしてさらに検証した結果、
『威力や状態は後付けで変更できる』
ことが判明した。
たとえば、花壇に水を撒きたい場合――
《詠唱、小放水発射》
ドビュアアアアアアアア(ホースで水を全開)
ああ違う違う……散水散水。
《拡散》
バシャァアアアアアアア(シャワーヘッド装着)
あ…強ぇえなこれ……。
《下げて……下げて……》
シャワァアアアアアアア(蛇口を閉めて水量ダウン)
よしこんくらい。
《停止》
という感じだ。
停止前ならパラメーターの変更ができるということか……。
思ってたより詠唱柔軟で助かる。
ちなみに最大の放水はダム放水並みの水量と威力だ。
一瞬で辺りが水没する勢いにビビる。
これ……人間の撃ち出す量じゃねえぞ!
そしてこれは風でも同じようなことができる。
風の場合は『送風』でよい。
単発と連続の違いは『送』が付いてるか付いてないかだ。
おそらくこれが魔法語の『連続使用』の単語に置き換わるのだろう。
ちなみに風の最大は台風並みの威力。
一瞬で辺りのものを吹き飛ばした。
まるで人間台風だ……これもヤバい。
そしてこれも反動がない。
ジャンプしてもしゃがんでも俺が後ろに飛ばされることがなかった。
物理法則がおかしいな。
「これ船乗って後ろ向きで風送っても進めない……が、帆に当てたら進める!?」
何か理由はあるだろうがとりあえず置いとく。
では石の連続発射はどうか。
石柱が伸びるかマシンガン連射か……と期待した。
だがどちらも不発、発動しない。
実際《詠唱、連続石弾発射》としても一発出るだけだった。
石がにょきにょき伸びもしない。
連続を意味する単語が違うのだろうか……しばらくいろいろ試したが発見に至らず。
とても残念だ。
だが無詠唱で頑張れば『3秒で1発撃てる』感じ。
今のところはこれで我慢しよう。
サイズ変更も判明――『小』だとビー玉、『中』だとゴルフボール、『大』がテニスボール。
冒険者を吹っ飛ばしたのはテニスボールだったかな。
そりゃ顔面無くなるわな。
威力も大小調整はできるっぽい。
だが発射速度が速すぎてわからない。全部一緒な感じ。
とはいえかなり遠距離まで飛ばせることが判明したので嬉しい。
そして石弾の面白い点――これ火薬で発砲しているわけじゃないので爆発音がしない。
するのは風を切る音と衝撃波っぽい音。音速は超えてない気がするけども……。
これあれだ、『スリッパで床を叩いた音』だ。
「ドオォン」ではなく「スパァン」だ。
大で撃ち出すと地面の草が揺れるので威力のすごさが実感できて楽しい。
「んー……7センチって何インチだっけ……3インチか?」
つまり俺の現在の最大武器は、3秒に1発撃てる『3インチ戦車砲』だ。チートだチート!
あとは連射の単語を見つけてマシンガンみたいに撃ち出す魔法を見つけることだ。
目指せファランクス!