31話
ティアラでのグロリオ草買取騒動から数日後。
冒険者ギルド界隈である噂が話題になっていた。
『エルフに激怒された新人職員がいる』
という内容である。
エルフとはティアラ冒険者ギルドのティナメリル副ギルド長のこと。
普通に捉えれば『新人職員が何かヘマして上司に怒られた』だけの話。
まあ大した出来事でもない。
ところが相手がエルフというところがこの噂の肝。
エルフを知っている者とそうでない者とで反応が違う。
まず知らない者は、単にエルフという単語が珍しくて噂をしているだけ。
激怒でも何でもいいからお目にかかりたいなと話に華が咲く感じ。
しかし知っている者は違う――
『到底信じられない』という反応だ。
というのもティアラのエルフが激怒するなどという光景を見たことある人間が誰もいないからだ。
彼女はとにかく、人には興味がない。
ティアラ歴代のギルド長もそう評していた。
ギルドでトラブルが数多く起きても彼女は無視。
成り行きを眺めるまでもなくその場を離れるのだという。
つまりエルフが人に対して感情を露わにしたいう事実が信じられなかったのだ。
ましてや一職員、新人職員がエルフと話す機会などまずない。
一体そいつは何をしでかしたのか……と噂になっていた。
◆ ◆ ◆
ティアラ冒険者ギルド。
噂の出所であるここにも話は舞い戻ってきた。
そして俺はみんなから事の真相を質問されていた。
「瑞樹さ~ん、副ギルド長に激怒されたって話になってますよ!」
「レスリーが出所聞いたんだが、財務の職員が別棟横で副ギルド長に謝ってる瑞樹を見たそうだ」
「地面に突っ伏してたってホントか? 何してたんだ?」
「いやまあ俺らは違うってわかってるんだけどな」
「もう会う職員みんなから聞かれるんですよー……『彼…何しでかしたの?』って」
「それと副ギルド長の豹変っぷりが凄かったんですけど、瑞樹さん何かしたんでしょ?」
「私もだいぶ慣れてきたつもりでしたが、さすがに副ギルド長が隣で冒険者に笑顔で会話してたのは衝撃でした」
俺は机に両肘ついて顔を覆う。
――やっぱりあの土下座見られてたかぁぁあああああああああ!!
どの場面から見られてたかはわからない……。
だが大半が副ギルド長の足元で平伏してる姿だ。
大声出して謝り、木切れで花壇の土を掘り、枯れた草を刺してど真ん中で土下座してるのだ。
誰がどう見ても罰せられてるようにしか見えない。
んなもん目にしたらダッシュで職場に戻って話すだろう。
とはいえあの夜のことや魔法のことを話せない。
かといって場面が場面だけに言い繕う理由も思いつかない。
どうせなら話を膨らませることにしよう。
「まあ怒られてたわけじゃないんですが、ここまで噂が広まった以上否定しても面白くないですねー」
腕を組んで少し考え込む。
「なのでそうですね……『俺が伝票の桁間違えて損害出したので怒られてた』ということにしときましょうか」
新人職員がしでかしそうな話、そして損害もデカそうだ。
日本ならニュースになって上司が頭並べて謝罪会見するやつだろう。
するとキャロルが心配そうな顔をする。
「地面に突っ伏して号泣してたって話にもなってますよ。いいんですか?」
「まあ謝ってたしな……」
「えっ!?」
ふっと笑って頷く。
水弾で土吹っ飛ばして思わず謝ったのは事実だ。
「例の草の件、あんまり勘ぐられたくないんですよ」
枯草が新品になって戻ってきた件は事情があって言えないと伝えてある。
見るとリリーさんも怪訝な表情を浮かべている。
「なんでそこまで評判落とすんです?」
皆も理解できないといった様子。
まあ悪い噂立てられて平然としているというのはたしかに変だろうな……。
俺は組んだ腕を解くと、机を指でトントンしながら説明する。
「うちの国じゃ『できのいい新人は嫌がらせを受ける』って相場が決まってるんですよ。なので大ポカやらかして怒られて泣いてた……ぐらいの話があったほうがいいんですよ」
「……嫌がらせって何されるん?」
「ん? ん~何だろ……無視されるとか、私物を隠される……とかですかね~」
ガランドが驚きの声を上げる。
「う~わ! 日本って新人にそんな嫌がらせするんですか!?」
「いや…酷い場合の話ね」
「……じゃあ瑞樹は凄い嫌がらせ受けたんじゃないの? そんだけ仕事できると……」
ロックマンの指摘にプッと笑う。
そして大きく手を振って否定する。
「ないない! 俺なんか全然できない部類だよ。学校でもサボりまくって一番出来が悪かったし」
「「「「ええ~~!!」」」
皆が驚きの声を上げる。
このギルドで一番業務処理が早い人間が自分は出来が悪いと吹聴する……驚くのも無理はない。
「え…瑞樹さんで出来悪いんですか?」
「悪い悪い! 素行最悪だよ! 卒論サボって遊びまくってたしな」
にやりと笑うと皆信じられないと顔を見合わせる。
「だから噂はあれでいいんですよ」
あまり目立つと先日みたいに襲われちゃうでしょ……とは皆には言わなかった。
心配かけたくないしな……。
業務する上でスマホ使わないわけにもいかない。
そして薬草を新品にした魔法をまた使うことがあるかもしれない……いやたぶん使うな。
どっちにしろ目立つ行為は今後も発生する。
だから落とせる事案があれば積極的に落としとくほうが都合がいいのだ。
それでもリリーさんは物憂げな表情を浮かべている。
俺が口角上げて笑うと、口をキュッとして諦めたように微笑んだ。
ラーナさんが副ギルド長の件を尋ねた。
「ねえ瑞樹さん、副ギルド長はなんであのときここに来たんです?」
「あーそれ言い忘れてた!」
思わず手をポンと叩く。
「副ギルド長にお願いしたんですよ。『たまには表に顔を出してください』って」
以前に呼び出された理由について『エルフ語で話せる人を見つけたから話し相手になってただけ』ということをみんなに伝えてある。
「『みんなも話したがってますから』って誘い出したんです」
その話にみんなびっくりする。
俺としてはティナメリルさんにもう少し人に接してほしいと思ったのだ。
忘れてしまっているようだが元々そういう理由で森を出たはずだ。
無理してでも接してればまた思い出すかもしれない。
もちろんただのおせっかいかもしれない。
だが正直来てくれると俺も顔が見られて嬉しいという本音もあった。
「よく受けてくれましたね」
「頑張りましたから」
ドヤ顔で胸をポンポンと叩く。
「なので今度からティナメリルさんが来たら遠慮なく話しかけてあげてください」
「『さん』付け呼びですか」
レスリーがにやける。
「エルフ語仲間ですんで」
「すげー!」
彼が羨ましがるとキャロルが俺を揶揄った。
「でも怒られて泣いてたんですよね~」
「ですねー」
両手でえーんえーんと泣く真似をしてみせる。
するとみんな爆笑した。
結局、噂に関して当の本人は何も答えず、ギルド職員も噂を否定しなかったことで、
『エルフに激怒されたやらかし新人職員』
という残念な二つ名を冠することとなった。