30話
フランタ市の西地区にあるヨムヨム冒険者ギルド。
ここに今日も多くの威勢のいい連中が集まっている。
素材募集や魔獣討伐の依頼などが貼り出された板の前では、どれを選ぼうかとパーティー達が話し合っている。
受付では討伐の報告を自慢気に話している者や、受ける依頼の条件の説明を聞いてる者、報酬貰って受付の娘を飲みに誘って断られている者などが見える。
店内では冒険者達が依頼や魔獣に関する情報交換などで賑やかだ。
そこへ若い冒険者が入ってきた。
仲のいい友人を見つけると、面白い話を聞いた……と妙に響く声で話し始める。
「よ~ちょっと聞いてくれよ~~」
「あ?」
「いまティアラの外通ったらさ~~職員がひそひそ話してて~~何かと思って聞いてたらさ~~新人職員が何かヘマやらかして~~エルフのお偉いさんに怒られたんだと~~。んで呼び出されて地面に頭こすりつけて泣いてたんだってよ~~」
「何だよそれ~!」
人の不幸は蜜の味、職員の失敗談を冒険者たちはケタケタと笑って馬鹿にする。
話が聞こえた連中も、その無様な様子を思い描いて鼻で笑っていた。
買取カウンターに女性職員が並んで座っている。
彼らの話が彼女たちの耳にも届く。
相変わらずうるさい連中だな……と茶髪の娘が目に留める。
「先輩、私ティアラのエルフ見たことないです」
「私もないわよ。たしか副ギルド長だったかしら」
栗毛の女性は書類を記入しながら答える。
「でも激怒されるってどんな失敗かしらね。あんたが前にやったようなことかしら――」
「雑草を買取ったとか」
意地悪そうな笑みを浮かべて後輩を見上げる。
すると彼女は頬をぷうっと膨らます。
「ひどーい! それもう何年も前ですよ! 今もうちゃんとわかりますぅー」
その顔を見て満足し、再び書類に向かう。
「ふっ、まぁ新人なら通る道でしょ。いい勉強なんじゃない」
「んーでもでも先輩、エルフって怒ると怖いんですかね。頭を地面に謝らせるとか……怖いですぅ」
彼女も上司に怒られたことはあるが、そこまでの叱責はない。
怒られ具合に驚いている。
「うーん…どうかしら。エルフのこと知らないしねー」
ペンを置いて顔を上げる。
そして冒険者たちのほうに目を向ける。
よそのギルドのことではあるが、職員を馬鹿にする姿はあまり気分いいものではない。
笑い飛ばしている冒険者たちに嫌悪感を覚えた。
そして二人してエルフって怖いのかな……と考えていた。
しばらくして4人の冒険者が真っ青な顔をして入ってくる。
すると先の討伐で一緒に組んで依頼をこなした別パーティーの連中が声をかけた。
「おうお前ら、俺ら次は魔獣の討伐に行くがお前らどうする? また組んでやるか?」
だが彼らの表情は冴えず、返事も要領を得ない。
「……なんだあいつら、変なもんでも食ったのか?」
彼らを見かけた茶髪の女性職員は「ほらね」って顔つきをする。
入ってきた連中は、ティアラで薬草の買取騒動を起こした冒険者たちだ。
例の薬草は、実は先にここの買取に出していた。
受けたのは茶髪の女性職員。
当然ティアラ同様「価値はない」と査定し買取を拒否した。
しかし中々引き下がらなかった。
埒が明かないので「じゃあティアラに持って行ってみたらどうですか?」と厄介払いをしたのだ。
で、彼らの様子を見てダメだったのを確信した。
「ほらやっぱりダメだったでしょ?」
彼女はドヤ顔で彼らに言い放つ。
彼らは反応せず通り過ぎようとした。
だが一番最後の奴が一瞥して呟く。
「買取ってもらえたよ」
その言葉に彼女は勢いよく立ち上がる。
「はぁ!? そんなわけないじゃない! あの枯れた根のない草のどこに価値があんのよ! 買取った査定職員馬鹿じゃないの!?」
驚いてまくし立てた。
自分の評価は間違えてないと確信があったからだ。
だがすぐに先ほどの噂話が頭をよぎる。
「あっ……」
――ティアラの新人がうちで断ったやつを買取ってエルフに怒られたんだ!
彼女は慌てて話を聞き返す。
「ちょ、ちょっとあんたたち……そこにエルフの偉い人……いた?」
「え!?」
「エルフよエルフ! いたんじゃないの?」
エルフがいたかと聞かれ、4人は激しく動揺する。
もう話が伝わっているのかと情けない表情だ。
「……あ…ああいたよ。彼女が買取を――」
言い切る前に彼女は先輩のほうを向く。
「先輩! 彼らうちで断った草、ティアラに持ってって買取らせたみたいですー」
「え?」
彼女はうちが買取拒否をしたものをティアラに押し付けた話をした。
先輩職員が冒険者たちに目をやる。
彼らの妙に気落ちした様子が腑に落ちない。買取ってもらえたなら喜ぶんじゃないのかと……。
「査定は正しかったの?」
「だって根もない枯れたグロリオ草ですよ。買取りませんよ!」
もうヘマはしていないと自信を持っている。
後輩の職員が再び冒険者たちに聞く。
「あんたたちティアラに強引に押し付けたんじゃないの? 買取れって騒いだりして」
その発言に4人はみるみる小さくなる。
途端、彼女は嫌悪感を露わにする。
そして価値がない草を無理やり買わされた新人がエルフに怒られたんだと理解した。
「新人恫喝して押し付けたの!? 信じられない!」
職員の勘違いに4人の冒険者は一斉に口を開く。
「ち…違う違う! してない…そんなことしてない」
「たしかに騒いだのは認めるけど、対応してたのはベテラ――」
「やっぱり騒ぎを起こしたのね!」
「い…いやでも買取をしてくれたのはエルフで――」
先輩職員は眉をひそめ、深いため息をつく。
「主任!」
振り向いて声をかける。
すると一番奥の席の人物が、机に積まれた書類の横から顔を出した。
ヨムヨムの統括主任である。
彼は冒険者たちを目にするとすぐにやってきて何事かと尋ねた。
彼女は主任に4人の冒険者と後輩のやり取りについて説明し、その結果ティアラに迷惑をかけたであろう旨を伝えた。
主任は以前ティアラに勤めていた経歴がある。
世話になった思いもあるが、事の判断を正確に下す。
「ふむ……彼ら4人が騒ぎを起こしたのは問題ですが、それは彼らとティアラの問題です」
冒険者たちを一瞥する。
そして茶髪の職員に目を向ける。
「うちが買取を断った物をティアラが買取って、それで上司に怒られるのもうちには関係ないことです」
そして栗毛の職員に向き直る。
「なのでうちがこの件でどうこう言うことはありません」
「わかりました」
「ただ……」
「ん?」
主任は別のことで首を捻る。
「……人に対して激怒するってのが信じられないですね」
「え?」
主任はエルフが感情を露わにしたという話が信じられないらしい。
「私が以前ティアラにいたときも、彼女が激怒するなんて一度も見たことありません」
「…………」
彼は『エルフは人に興味がない』というのを知っていたからだ。
4人の冒険者が必死に話に割って入ってきた。
「い、いやだから買取ってくれたのはエルフなんだよ」
「茎は難しいけど頑張ったんだから買ってあげるって言ってくれて……」
「え…笑顔で話しかけてくれたんだよ」
「すげえ優しかったんだよ。だから俺ら……悪かったなって反省して……」
主任も女性職員も冷めた目で彼らを見やる。
エルフが冒険者に笑顔で話しかける――嘘も大概にしなさいよ!
主任は彼らに「ティアラに迷惑をかけるようなことは今後慎むように」と釘を刺した。