3話 創造主登場
世界がいきなりグレイスケールに染まった。
全てのものが止まった状態にオロオロしていると、どこからか声がしていることに気づく。
「……だろ!………を返せ!」
不意の事だったので、何と言ったのか聞き逃してしまった。
「聞こえてるだろ! 貴様…指輪を返せ!」
どこから聞こえてくるのかわからない。
拡声器で投降を呼び掛けてるような、怒鳴られぎみのやつが聞こえる。
「あぁ…なんて?」
不安と恐怖から少し苛立ち気味に返事をする。
「儂の指輪をどうした? 身に着けてるのだろう! この時を止めた状態で動けてるのが何よりの証拠だ! そもそもなぜこっちにいる? どうやって来た? それは貴様には過ぎたものだ。だいたいなぜ指輪が地球に――」
いやもう矢継ぎ早に話をされてよくわからない。
どこかに姿でも見えるのかなと探す。
だが見当たらない。
恐る恐る尋ねてみる。
「……あの~……聞こえます?」
すると声の主が答える。
「聞こえている。指輪はどうした!」
「…………何です?」
「儂の指輪だ。気づいたら小指から抜け落ちておった。おそらく地球に落ちたのだろうと探しておったのだ」
声の主は『地球に指輪を落とした』という理解不能なことを言っている。
だがもうここが異世界というのが確定している。
何となく雰囲気でお約束の人物かなと察した。
「あのぉ………あなたは神様ですか?」
「違うぞ」
「違うんかい!」
思わずツッコミを入れてしまった。
水に濡れた素っ裸の状態で話し続けるのは、下半身の収まり具合がなんとも所在なく心地が悪い。
せめて体を拭いてパンツ履いてから時を止めてもらいたかったものだ。
声の主は、最初こそ威圧的な言動だったがすぐに温和な感じになった。
怒っている奴に対しては反論せず、しばらくしゃべらせておくと冷静になる――クレーム対応で使われる技術だ。
俺自身に何が起きたかをわかる範囲で思い出し、ここに至るまでの経緯を説明した。
「ふむ……頭に何かくっついた感覚があったというんだな?」
「多分ですが……」
すごい偶然だがおそらく落っことした指輪が頭にはまったのだろうという結論になる。
「でもすぐに消えたのだな?」
「いや……わかりません……が何となく……です」
そんなことは起こるはずはないと訝ったが、感じたことを言うと受け入れてくれた。
「で……結局ここ何処なんです? 地球じゃないんですか?」
「ん? ここは地球だ」
おっと……異世界ではないのか!?
「はぁ? じゃあ俺を元いたとこに戻してくださいよ。もう2日も野宿ですよ」
「お主がいた地球ではない。元の地球だ」
「はぁ? もうわからんし! 元の地球とは何です?」
声の主も落ち着いたようで、説明を求めたら話してくれた。
まず声の主は『神』ではなく『創造主』だそうだ。一緒じゃないのかと聞いたら違うと言う。
で、その創造主というのが――
なんと3人いるそうだ。
声の主が創造主として誕生した時にはすでに2人いた。
なので彼は『三番目』と呼ばれている。
その3人で俺が今いるこの元の地球を創造したのが始まり。
それぞれがこの地に種族を作って育て始めたという。
ところがしばらくして一番目と二番目が「自分の種族のほうが優秀だ……」みたいなことで言い合いになる。
そしてお互いの種族で争い始めてしまった。
三番目が作り出したのが人種。
種族としては2人の種族より弱いのに、人もその争いに巻き込まれる形になる。
そしてついには争いが激化し止まらず――
なんと3種族全部滅びかける。
巻き込まれた形の三番目は2人に文句を言った。
だが立場的に低いのか無視される。
仕方なしにもう一度残った人種から育て始める。
そして一番目と二番目も反省して、前回より能力の低い種族を作って再び育て始めた。
が……やはりまた揉めて、また3種族滅びかけた。
再び巻き込まれた三番目、頭に来て袂を分かつ。
そして元の地球をコピーして今の地球を作ったんだそうだ。
「ふっ……マジか」
創造主の話を聞きながら、逐一俺のゲーム脳がピコンピコン反応していた――
まんま『文明発展ストラテジーゲームのマルチ対戦』じゃねえかっ!
一番目と二番目は戦争思考の君主。
戦争で領地拡大しようとする鬱陶しいタイプ。
三番目は内政思考の君主。
争いが嫌いでちまちま国造りするのが好きなタイプ。
だが種族間での争いが絶えず、しまいには核戦争に突入して滅びるっていうお決まりのパターンだ。
で、三番目はマルチ対戦が嫌になって設定コピーしてソロプレイをすることにした……と。
そしてここが重要――
俺がいた現代の地球には、元の地球で争いで使われたマナが存在しない。
なので三番目が言うには、俺がこちらに飛ばされた理由――
『指輪のせいでマナを持つ身になったのでこっちに飛ばされた』
ということみたい。
もちろんこんなことは想定外なのであくまで仮説だ。
創造主すらわからない。
「俺はその……地球に戻れるんですか?」
「指輪を外したらおそらくな」
「どうやって?」
「それがわかればやっておる」
俺を殺しても指輪が戻ってくる保証がない。
なので外す方法を模索してくれと提案される。
何かあればいつでも相談してよいとのお墨付きをいただき、創造主の知恵を拝借できることになった。
「そういやこの指輪は何なんですか?」
少し間が空く。
話していいか悩んだ様子だ。
「相手の言葉がわかるという代物だ。一番目にもらったもので、なので失くすとその……いろいろ問題があるのだ」
これには思わず苦笑い。
すごく怒られるやつだ。
パイセンから貰ったものを失うわけにはいかないということか……。
だから確実に回収する目途が欲しいのか。
「でも一番目と二番目と袂を分かったんでしょ? いま2人はどうしてんです? そこにいるんですか?」
「いや……一番目と二番目は見えんな。ずいぶんと来てないみたいだ。まあ……会いたくないのでちょうどよい」
彼の物言いに兄に勝てない弟の弱さみたいなのを感じる。
それ以上聞かないほうがよさそうだ。
そういや自分は神ではないと言ってたな。
引っかかったので聞いてみる。
「そうそう、そういえば風の神とか石の神とか知ってます? こっちの神様らしいんですが……」
「知らん」
にべもない。
「じゃあイエス・キリストとか仏陀とか天照大神とかは? あんたが作った地球の神様なんだけど……」
「おらん」
聞かなかったことにしよう。地球で宗教戦争が起こりそうだ。
とにかく指輪を外す方法を探してくれと言い残すと、止まっていた時が動き出した。
何とまあ……人類は創造主によって作られたんだな。
アメリカ人の4割は神が人類を作ったと信じているって記事を読んだのを思い出した。
馬鹿な連中と思っていたが、あいつらが正しかったのか……。
◆ ◆ ◆
創造主イベントが済んで出立する。
すると早々道路に出たので思わずガッツポーズ。
地図を発見した成果だ。
しばらく歩いてると向こうから馬に乗った3人の連中がやってくる。
この時になって『遭遇する人物が善人とはかぎらない』ということに思い至ったがもう遅い。
何せ相手は馬に乗っている。
「あ……そういや日本語通じるのか?」
疑問が浮かんだがすぐに魔法書の言語が日本語だったことを思い出す。
多分大丈夫だろう……。
だんだん近づく。
それは中世の衛兵のような恰好をした3人だ。
戦闘集団とわかり恐怖で心臓がバクバクする。
すれ違いざまに恐る恐る会釈する。
何か言われるでもなく通り過ぎてホッと胸をなでおろす。
途中休憩をいれて歩くこと2時間。
遠くのほうに城壁らしきものが目に入り一気にテンションが上がる。
だが時刻を見ると16時回ったところ。
距離的にまだ数キロありそうに見えたので、気持ち駆け足で街へ向かう。
城門前に到着。見た目がまんま中世の城壁である。
実物は見たことないがゲームや漫画でよく見るやつだ。
堀はなく開き戸タイプの門、両サイドの見張り塔が壁より数メートル高い。
衛兵2人が門の両サイドに1人ずつ、奥の方にも2人いる。
そして門の内側に受付みたいな小窓が空いたところがある。
運悪く人通りがない。
通る人を参考にしようと思ったがそれができずに少し悩む。
ずっと止まっていると不審がられるので思い切って門へ進む。
そして中央の小窓のところに寄って声をかけた。
「すみません。この街はそのまま入ってもいいんですかね?」
「ん? 旅の人?」
中の衛兵がこちらをジロッと見る。
受け答えに圧がない。よかった。
しかも日本語が通じる。
だが彼の見た目はどうみても日本人ではない……。
「……まあそんなところです。あ…あと森で採取した薬草を売ろうかなと……」
「なるほど」
身分証明書の提示や通行料の徴収などはないそうだ。
手配書と似た人物や不審者と思われたら別室で調べられるらしい。
「あの……」
「ん?」
「この街にティアラ冒険者ギルドってありますか?」
「あるぞ。ああ、薬草売りに来たんだったな」
「あーええ……まあ」
冒険者ギルドで薬草売るのか。
「こっからまっすぐ通りを進んで10分ぐらい行ったところに広場がある。その奥だ」
「どうも」
「…………」
人が死んでた話は衛兵にしたほうがいいのだろうか……。
少し考えて伝えることにする。
「あのですね……私、森で迷っちゃってですね……そのとき冒険者らしい人たちの死体を見つけたんでギルドに報告したほうがいいかな……と思って聞いたんですが」
突然の死体発見報告。
話をしていた衛兵の温和な顔が真顔になる。
城門の衛兵4人も一斉にこちらを向いた。
「どこで?」
「森ん中です」
「どこの?」
「それはわかんないです。森で迷ってたときに見つけたんで……」
衛兵は中にいる誰かと相談しているようだ。
すると横の鉄扉が開き、スキンヘッドの中年の衛兵が現れた。
「ちょっと話を聞きたいんでいいかな?」
ついてくるようにと告げられる。
東門を入って右に曲がると衛兵の待機所があって、その一角の取調室に通される。
窓がない小部屋――聞いたのは間違いだった……。
後悔するが遅いな。
スキンヘッドの彼が横に並ぶと、俺より頭一つ飛び出てる。
となると身長は190センチぐらいか……。
しかも衛兵だけあって筋肉がもの凄い。
「フランタ防衛隊第三小隊隊長ガットミルだ。あんたは?」
「御手洗瑞樹です」
「ミタライミズキ……」
「あ、御手洗が苗字で瑞樹が名前です」
「ミョウジ……」
意味が通じていない。
少し考えて表現を変えてみる。
「んー家名ってわかりますかね」
「ああ家名な。てことはあんた貴族か。そうは見えんが……」
「普通の一般市民ですよ。うちの国じゃ誰でも家名持ってるんで」
「国ってどこ?」
「日本です」
「ニホン……」
知らないという素振り。
なるほど……日本はないのか。まあ異世界だもんな。
「で、死体見つけたってどこで?」
「それが私も森で遭難してたときだったので……」
バッグから彼らの持っていた地図と依頼書を取り出して見せる。
「その持ってるのは彼らの荷物か?」
不審そうな顔つきになったので急いで弁明する。
俺が殺害したと思われたら大変だ。
「そうですが俺も遭難してて偶然彼らが死んでるとこに遭遇して……で荷物だけ残ってたんで持てる分もらったんです。食料もなかったし、ちょうど地図があったんで助かったなと思ってそれで……」
焦って早口になった。
逆に怪しまれたかなとドキドキする。
隊長はしばらく俺を観察すると、ふぅんと地図を見る。
「あ、これ彼らのドッグタグです」
手渡すと、一瞥してこちらに返す。
そして依頼書を見ると頭をスリスリする。
実に面倒くさそうだ。
「ロックナムへの配達依頼か」
あまり興味なさそう。
衛兵の隊長という割にやる気が感じられない。
そういう国だろうか。
「あの……あまり頓着がなさそうですが……」
「ん? 冒険者が森で死んでたぐらいで俺たちが動くことはあまりないんだよ」
よその国の人間ということで説明してくれた。
自分達は街や領内の街道を治安維持が仕事で、森の中で死なれてもいわゆる管轄外らしい。
それに冒険者が死ぬなんてのはしょっちゅう。
このような報告も普通なんだそうだ。
「あんたが殺した疑いもなくはないが、わざわざ報告する馬鹿はおらんだろうから事実なんだろう。詳しい話はギルドに持ってってくれ」
隊長はご苦労と言って席を立つ。
どうやら犯罪者風情には見られなかったようだ。
存外緩いチェックだなと思う。
だがそれで助かっているのだから余計なことは言わずにとっとと立ち去るのが吉だ。
ひとまず安堵した。