29話
ギルド本館の裏から出て左手に見える別棟へ向かう。
そのまま正面を通り過ぎて建物横へ。
そこには何も植えられてない花壇があった。
こんなところあったんだなと初めて知る。
今から一体何をする気なんだろうか。
呼び出された理由もわからず彼女の横に立っている。
「瑞樹、魔法は使えるのよね?」
いきなり魔法が使えるかとの問い。思わず動揺する。
先日のお茶会の時に魔法の話はしたっけ?
覚えていないな……。
だがそれ以前に襲撃の件の報告は当然入ってるか。なら知ってて当然か。
「あーっと、どれでしょう?」
「土の操作と水を出すのは?」
「土は穴掘るのと盛り上がらせる感じで、水は弾を撃ち出すのだけです」
「……水流や散水みたいなのは?」
「本には書いてありませんでした」
「そう……まあいいわ」
特に気にするふうでもないようだ。
「土を柔らかくしてくれる?」
「え!?」
いきなり実戦を突き付けられる。
土魔法を使うのは遭難時に試したっきりで、土を上げ下げできることしか確認していない。
花壇の土を触ってみるとたしかに少し硬そうだ。
長い間使われてなかったのか……。
少し考えたがどうせ上げ下げするしかできないのだ。
それを試してみるしかない。
しゃがむと地面に頭をつけて土下座の姿勢――
「何してるの!?」
彼女はその様子にとても驚く。
そりゃ唐突に目の前で土下座されれば誰でも理由を聞くな。
「えっと……私ちょっと魔法の発動がおかしくて、おでこからでないとうまくいかないんです」
土下座したまま見上げて答えた。
はたから見てる人がいたらまず間違いなく、俺が副ギルド長に謝罪してる姿だ。
――いやこれ見られてないよね!?
理由を聞いて変と思われただろうか……。
だが笑うでもなく、ふぅんという顔つきで見下ろしている。
綺麗な女性の目の前に跪いて喜ぶ趣味は俺にはないんだがな……。
変な性癖つかなきゃいいが。
何度か土を上げ下げしてみる。
1メートル四方がダッ…ダッ…と上下する。
陥没と修復が繰り返される光景は奇妙だ。
触ってみる――が、さほど柔らかくなっていない。
思わずティナメリルさんを見上げる。
だが彼女は「まだ?」という表情。
申し訳ない思いで立ち上がり、今度は水魔法を試してみる。
湿らせれば柔らかくなるかなと思ったからだ。
バシャン
だが撃ちこみ速度が早すぎだ!
思いっきり花壇の土が周辺に飛び散った。
彼女が思わず身を引く。
土がティナメリルさんに跳ね飛んだかもしれない。
「あっ」
俺はしまったとすぐに彼女を見やる。
彼女は少し迷惑そうな表情だ。
「すっすみません!」
焦って大声で謝る。
幸い彼女に土は被らなかったようだ。
だが魔法をうまく使えず期待に応えられなかったことに落ち込む。
たまたま花壇のそばに落ちてた木切れを拾い土をガリガリと掘る。
「こ…こんな感じでどーですか?」
「…………いいわ」
少し沈黙されたのがつらい。
しょうがないわねと落胆されてる様に感じたからだ。
彼女の前で役に立たない無様をさらす。
いいとこ見せたかったのに……。
土魔法……まったく役に立たねーじゃねーか。
「ではこの草を土に刺してちょうだい」
「……はい」
グロリオ草を渡される。
十数本あったのだが、持ち帰ってから数日は経過していたのであろう。
ほとんど枯れてるように見える。
だが何となく意図が読めた。
言われるままに苗でも植える感覚で刺す。
「瑞樹、あげた本は読みました?」
「あ、はい」
「じゃあ『生育の魔法』は覚えた?」
「あ…えっと……ちょっと待ってください」
手の土をパンパンと叩いてウエストポーチから紙を取り出す。
いただいた本にあった魔法の呪文だけ別紙に書き写したのだ。
あの本を持ち歩くわけにもいかないからな。
「これに書き写しました」
「そう。じゃやってみて」
「え?」
またいきなりの実戦要求。
見上げると「できるわよね?」という表情に見える。
「いやでも使ったことないんですが……」
「場所はそうね……この辺りで」
彼女は花壇に目をやり、中央辺りを指差す。
俺の話を聞いちゃいねえ!
先ほどの失敗が頭をよぎる。今度はうまくいってくれよ。
不安な表情を浮かべつつ、指示された辺りに頭をくっつける。
そして呪文を詠唱する――エルフ語で。
《そのものの成長を促せ》
俺の魔法の欠点は今のところ発動がおでこからという点。
水や石の弾を撃ち出すのは目で結果を見られるが、地面に突っ伏して使う魔法は状況が見えない。
しかもこれ……ヒールみたいに光ったりしないみたい。
ちゃんと発動しているのだろうか。
初めて使う魔法なのでいつまでしてればいいのかもわからない。
だがそのことを察してティナメリルさんが指示を出す。
「そのままの姿勢でいなさい」
彼女が状況を見ているようだ。
指示に従いずっと土下座姿勢を1分ぐらい続けた。
「いいわ、止めなさい」
停止して立ち上がる。
そして膝とおでこについた土を払いながら彼女の横で畑を眺めた――
何とびっくり!
生き生きとしたグロリオ草がそこにあった。
紅色の花びらが上へ反り返り、炎が燃えてるような花を咲かせている。
「うお、何スかこれ!」
「ふふ…ちゃんと使えましたね、瑞樹」
折れてた茎は真っすぐに戻り、散ってた花びらも再びついている。
初めて見た『生育の魔法』に驚いた。
と同時にうまく使えてホッとしていた。
彼女は俺をマジマジと観察する。
「ふぅん」
「え、何です?」
俺の状態に少し驚いている様子。
しょぼくれてたのが元気になっておかしかったのだろうか……。
そしてティナメリルさんがこの魔法について説明する。
この『生育の魔法』は植物の成長を促進する魔法。
種から発芽させたり苗の成長を早めたりする。
そして元気のなくなった植物の活力を戻すのにも使える。
買取ったグロリオ草は枯れてなかったらしい。
なので魔法で元気にさせたのだ。
「でもこれ、根っこ刈り取られてたんですよね?」
「植物は根がなくても根付くでしょ」
「んー、挿し木で根が生えてくるってやつです?」
「知っているじゃない」
「いやだって草ですよ」
変なこと言うわねという表情に見える。
なるほど、草も土に刺しゃ生えるのか。
いやまあ俺、生物の教科取ってないから知らんしな……。
「――ん? 根付いた?」
彼女が一つ採取するように指示したので土を掘って一株引っこ抜く。
「お! ぶっとい根っこ……てか芋だな。あっそうか花咲いてますもんね。完全に元戻ってんのか」
そしてこの草の価値を思い出す。
「ってたしかこの草――」
彼女に目を移すと、やはり俺の様子をじっと見つめてる。
何かおかしなことでもしたかと口を閉じる。
「実は花が咲くまで成長すると思ってなかったのよ」
「え?」
「根付いて元気になった時点が限界と思ってたから」
あーそういうことね。
かなりマナを食う魔法なのか――
じゃねえわ!
人間がエルフの魔法を使ってること自体おかしいんだ。
てか初じゃないのか! エルフの魔法を人間が使うのは。
「瑞樹……あなた相当マナを保持しているのね」
「……そのようですね」
ティナメリルさんはそれ以上特に聞くこともなくしゃがんだ俺を見ていた。
「一株残して全部掘りなさい」
「あの……一つ残した理由は?」
「もう一度『生育の魔法』をかけなさい」
「はい」
何となくわかった。
再び土下座姿勢で魔法を使う。
「いいわ」
見ると今度は枯れて鞘が開き、赤い粒が見えている。
「……種ですか?」
「そう。理解が早いわね」
ちょっと上機嫌。
「採取して取っときなさい」
俺はすぐにピンと来た。
これは栽培錬金術いけるな……と頭で算盤弾く。
だがすぐに彼女に見透かされる。
「瑞樹はギルド職員ですからね。阿漕なことは考えないように」
「えー!?」
俺が不満そうに彼女を見上げると、俺を見ながら笑みを浮かべている。
「上手にやりなさい」
「へーい」
このやり取りはとても楽しい。
種を収穫しつつ、ふと思い出したことを聞いてみる。
「ティナメリルさん、この草…茎からも成分抽出できるとか言ってましたがホントですか?」
「知らないわ」
思わず振り向いて顔を見る。そんなの初耳ねという表情だ。
このエルフかましよったわ……と思わず吹き出した。
「やるなー……」
失点を取り返し、彼女の中の俺との親密度が一つ上がった気がした。
「ただいま戻りました」
戻ってきた俺の手には、たった今採取したてのグロリオ草が抱えられている。
「ミズキさん、それ……」
「ええ、まあ……」
枯れかけの茎を持って出たのに、帰ってきたら根がついた採れたてになっている。
驚くなというほうが無理な話だな。
主任は唖然として俺を見ていた。