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28話 薬草買取騒動

 ティアラ冒険者ギルドの買取でトラブルが発生している。

 薬草を売りに来た4人の冒険者たちが、買取を断られたのだが納得せずに揉めている。

 持ち込んだのは『グロリオ草』なる薬草。

 どうも採取を失敗したらしく価値がないらしい。


「何で買い取ってくれねえんだよ!」

「ですから何度も言っているように、この薬草は茎ではなく根のほうに価値があるんです。この束は根元から刈り取られた上の部分しかないので価値がありません」


 目にしたそれは、長さ1メートルと大きな草。

 だが茎は折れ、枯れてるように見える。しかも肝心の根っこを切っちゃったらしい。

 てかデカい草だな。


「知らねえよ! 買取するって書いてあるじゃねえか!」

「俺らが取ってきたもんにケチつける気か!」

「茎でも使えるとこあんだろ! いいから買い取れよ!」


 主任も一緒に2人で説得している。

 だがまったく納得しない。

 俺を含めた職員も事の何となしに手を止めて注視していた。


「そう言われましても薬草の採取手順についてはちゃんと知っておられますよね?」


 この手の話は初心者講習でやっている話だ。

 草の有効部位を覚えられない冒険者は全部掘って持ってくるものだ。

 ちなみに俺も受けた。


「ああ? 馬鹿にしてんのか!」

「この薬草は茎の部分でいいはずだろ、誤魔化すなよ!」

「俺らが間違ってるって言いたいのかよ! ふざけんな!」


 さすがに2人はこの手のトラブルに慣れている様子。

 口調も丁寧でビビる様子もなく毅然と対応している。


 ただこの手の連中は理屈じゃ効かない。

 相手が諦めるまで我慢するしかないのが面倒くさい。

 間違いを指摘したところで自分は悪くないと言い続けるからだ。


 日本でも『注文したものと違う』だの『レジはちゃんと通した』だのと間違いを認めない客の類だ。

 この手の連中は異世界でもいるんだな。


 俺もここに勤めて1ヶ月、何度か買取で押し問答しているシーンは見た。

 たいていは早々に冒険者のほうが諦めて引き下がる。

 だがどうもあの4人はしぶといな。振り上げた拳の降ろしどころを見誤ったようだ。

 人数も多いし引くに引けなくなってしまったな。


 ちなみに俺はあの手合いの対応が苦手――まあ得意な人はいないだろうけど。

 俺みたいな理系ガチガチの人間はとっとと『薬草一覧』の本を取り出して――


「ほら、ここに根が重要って書いてあるでしょ」


 と正論で頬っぺたぶっ叩いちゃう。

 火に油を注いで収拾つかなくしてしまうのだ。


 あいつらも主任が出張ってきたときに諦めて引くべきだったのに……。


 そういえば主任から『素材価格一覧表』をいただいてたな……。

 冊子を開いてその『グロリオ草』やらの価格を見てみる。


「ほー…いい値段」


 いったいどんな効能があるんだ?

 ついでに『素材鑑定』の冊子で効能を調べてみる。


 ――何と毒草だ。


「へー……解毒に使ったり鎮痛成分出せたりすんのか」


 毒も使い方次第では薬になる……というのは昔からよく聞く話だ。

 有名なトリカブトも毒だけど漢方薬の原料だったはず……。


「そりゃ粘りたくもなるか……」


 見ると他の職員はとっくに自分の仕事に戻っていた。


「何見てんだよ! 見世もんじゃねーぞ!」


 他の冒険者に八つ当たりしだすお約束の展開。

 だが腰に下げてる武器に手をかけない。

 怒りに任せて職員や他の冒険者に手を上げようもんなら資格剥奪に逮捕だ。


「なーいいだろー、俺らも苦労して取ってきたのわかるだろ」

「ランクも最上でとか言わねーからさー。その辺汲んでくれよー」


 そのとき、職員の誰に気づかれることなく奥から女性がやって来た。


 店内を一瞥すると、買取カウンターへ向かう。

 その女性に最初に気づいたのは喚き立てていた冒険者たちである。

 彼らは驚きの色を浮かべ即座に押し黙る。


「どうしたの?」


 主任がその声に驚いて振り向く。

 綺麗にまとめられた金髪の横に見える長い耳――


 エルフのティナメリル副ギルド長である。


「副ギルド長!」


 その声に俺たちも気づいて驚いた。

 おそらく冒険者たちはエルフを目にするのは初めてだ。

 ティアラでエルフに出会うのはとても幸運なこと……だが今の彼らには不幸な出来事だ。


 主任がトラブルについて説明する。

 すると彼女はカウンターに置かれた薬草を手に取った。


「なるほどね……」


 皆が彼女の挙動に注目し、ギルド内が異様な静けさを放っている……。

 そういや前もこんな感じだったな。


 冒険者たちはひきつけを起こした様な顔で震えている。

 戦意喪失は明らかだ。

 迷惑をかけてたという自覚が湧いたのだろう。

 もう少し早く気づけよ、馬鹿どもが!


「……でも茎の部分も役に立たないわけではないのよね」

「え? そーなんですか?」

「抽出がね……技術的に難しいの。成分も少ないし……おそらくやっても失敗するでしょうね」


 主任は知らないらしい。

 エルフだから知ってることなのだろうか。

 彼女の言葉に全員注目している。


「でも苦労して取ってきたんでしょ?」


 冒険者たちに副ギルド長が笑みを浮かべて話しかける。

 だが急に羞恥心が湧いたか……おいたが過ぎて怒られた子供のように下を向く。


 副ギルド長は何やら考え込んでいる。


「1割……いえ…2割で買取りなさい」

「え?」


 まさかの買取発言に主任は驚く。

 先ほど自身で抽出は困難だと言ったばかりなのに……。


「それでいいかしら?」


 冒険者たちはキョトンとしている。一瞬何を言われたかわからなかったようだ。

 だがすぐに何度も大きく頷いた。


「それで伝票を作成しなさい」


 職員は返事すると飛ぶように出ていった。


 現場の誰もが「おおー」という感嘆の声をあげる。

 やはり男の不毛な言い争いを止めるのは、手練れの女性が一番うまい。

 振り上げた拳を降ろさせるには、臆さず手玉に取れるスナックのママ並みの手腕が求められる。

 ティナメリルさんがスナックのママ……うーん連日超満員だろうな。


 さすがは副ギルド長……とその手腕と綺麗な横顔を堪能した。


「タラン、瑞樹を借りますよ」

「瑞樹、ついて来なさい」


 突然俺に声がかかり振り向く。

 見ると薬草を抱えたティナメリルさんが俺を見ている。

 キョトンとして反応しなかったのでもう一度言われる。


「瑞樹、来なさい」

「……は、はい」


 慌ててガタガタっと立ち上がり彼女のあとに従う。

 他のみんなは何事かわからずただ俺を見送った。


グロリオ草のモデルは『グロリオサ』という鑑賞用の花です。ちゃんと毒草です。

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― 新着の感想 ―
[一言] バッサリアウト判定かと思いきや温情が与えられるとは エルフなら抽出出来たりするんだろか
[一言] あ、搾りとられる?
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