27話
いただいた本はティナメリルさんの歴史である。
人の日記を読むという背徳感を感じつつ読み進めていく。
自分の出自に始まり、エルフの生態――例の記憶の保持や忘却について、そしてユスティンバナルの大森林のことが書いてある。
だがあまりいい事が書いてない。
実は昨晩の話でも身内に辛らつな印象がした。
記述でも「木と同じ」「向上心がない」「常に寝ている」など、あまり森のエルフが好きではない書き方だ。
「田舎娘が自分の出身地を卑下するようなもんかな……あるあるだな」
田舎出身の俺も何となく共感が持てた。
そして出来事について、すぐ初めて見る単語を目にする――
「なっ! 魔族と戦争になった!?」
内容は、魔族がこの大陸に侵略に来てエルフと戦争になったという記述だ。
幸いユスティンバナルの大森林まで手は伸びなかったらしい。
援軍として戦争には参加する。
そして魔族を撃退したが、壊滅したエルフの森もあったとのこと。
「うへぇ! 魔族っていんのか……あっ」
ここで創造主の言ってたことを思い出す。
「そういや一番目と二番目の種族が争いになったつってたな。それが魔族とエルフってことじゃねーかな?」
確証はないがおそらく間違いない。その辺のこと今度創造主に聞いてみよう。
読み進めていく。
日本語にしか見えないがおそらくエルフの文字と文法、何かのしきたりや宗教的な行いのことがある。
だがさほど大したことは書いていない。
「ホントの最低、小学生低学年レベルの内容かな……」
まあたしかにそうだ。
真面目に書いてたら学校の教科書全部書き写すようなもんだ。
必要最低限でいいのだろう。
そもそも忘却しても直近三百年分は残すのだ。
人間の人生5回分――普通に生活してれば絶対に忘れない。
エルフの知識を三百年一度も使わなかったら消えちゃうって話。
だから自習してるってわけだ。
「自習ねー……」
ふと自分が今まで学校で習ってきた文法用語が頭に浮かぶ。
「『カ行変格活用』だの『過去完了形』だの『接続法第二式』だのは会話しないと忘れるんじゃないかな……」
これ見るに言語体系はおそらく表音文字だろう。
アルファベットに近けりゃ覚える数も少ない。
だが話し方は読み書きだけでは難しい。
昨日の会話で『外国人が話す変な日本語』っぽくは聞こえなかったのでまだ大丈夫なんだろう。
「これからも話し相手は大事だな……うん」
お茶会の理由を得たりとにんまりした。
そして最重要案件を発見。
「あっ…これが魔法か」
見ると『保存の魔法』だけでなく他にも数種類書いてある。
「おおぉーこれはすごい! 結構あるある!」
思わず小躍りする。
「保存……生育……隠蔽って何だ……消えるんか? ……探知! レーダーみたいなのもあんのか、すげー!」
いきなり使えそうな魔法ばかりだ。
「待て待て……また使えると決まったわけじゃないしな。魔法はあとだ」
そしてやっと彼女の外での生活の記録が見つかる。
「こっからか。最初は森でのボッチ生活か」
やはりというか、人との交わりがないので年数という概念がない。
そしてエルフ自身も長寿なので期間についての頓着がない。場所の記述も森の雰囲気だけだ。
「正直全然わからん。小学生でももうちょい書くぞ」
飛ばしてバラバラめくる。
「……人とまったく接触しないな」
ボッチ期間が長い……と思ってたらやっと接触。
出奔して何年目なのかが不明だ。
「よっしゃ! 第一村人発見だ!」
そして人種の言葉を覚える――だがすぐに終焉を迎える。
「あ、村が滅んだ」
戦争に巻き込まれたらしい。ティナメリルさんまたボッチ。
それからまた森を出て別の森へ。
今度はすぐ近隣の村と交流開始。言語違うのでまた一から学習……で覚えた。
「情報としての最低限のことしか書いてないな。人に興味あるんじゃないのか?」
だがすぐに気づく。
これはコミュ障な感じだ。
「そらそうだ、人もエルフもおっかなびっくりの接触だよな。異人種だし」
そう思うことにして読み進める。
そしてついにある村に定住……人の家に住ん――
「な!? 一緒に住んだとな!」
わりとあっさり人と一緒に生活してた。
「うえぇええああそんなぁぁああああ!」
後頭部をハンマーで殴られた衝撃だ。
「いや……そりゃ美人だもんね。途中人と一緒になることあるよね。うん……でもなー」
彼女は千歳超えてる女性だ。
エルフの森でもいい人はいただろうし生娘であるはずがない――わかってるさ。
だが拗らせボーイには彼女が誰かと一緒になってたという事実はあまり見たくはなかったのだ。
「まーでも幸せならOKだ――あっ死んだ」
一緒に住んでた人は病で亡くなったらしい。
「あー……これはさすがにやっかんでられんな。お悔やみ申し上げます」
思わず目をつぶり合掌。
それからしばらく人の街では飢饉やら戦争やらが続いた。
近づけなかったので森でのボッチ生活が続く……。
そして程なく人との交流再開。
ティアラじゃないギルドっぽい名前……数人の名前……。
「お、冒険者やってんじゃん。パーティー組んでるぞ。やっぱ弓だ」
来た! お約束の展開!
読んでくと、最初の頃はそっけなかった記述がだんだん人の名前も出てくるようになってきた。
感情を知らなかった人形が人の温かみに触れて開花してく感じ……王道で大好きだ。
それからまた人の街に住み、誰かと一緒の生活、死別してまた違う地へ。
大きな戦争もあったようだけど、巻き込まれることはなく今に至っている……と。
そして最後は『ティアラ冒険者事務所』とだけ書いてあった。
俺は本を閉じて一息つく。
十数年が一行で進んでく――まるで歴史年表だ。
「さすがに規模が凄いな。人生の厚みがハンパない」
人間の場合、死による別れは親族友人含めても数度だ。
だがエルフの場合、人と付き合えばそれが数十倍になるわけだ。
「人と接して別れての数が尋常じゃない。いいことだけならともかく悲しいことがどんどんスタックしてくのはつらいもんがあるかもなー」
生きてくのに記憶消去が必要ってのはこれもあるのかな。
何となく秘密の片鱗を知れた気がした。
この本は記憶の保持が目的だ。
エルフの根幹にまつわる情報を記述しとくのがメインみたい。
なので森を出てからの内容はそこまで重要じゃない感じだ。
特にエルフの言語についてはまず使うことがないのできちんと復習しないといけないとあった。
記憶消去のときにそれが消し飛んでしまう可能性が高いからだろう。
エルフ語忘れて人語だけになってしまったら――考えただけでゾッとする。
悲しいだけじゃ済まないな。
第一真面目に出来事書いてたら、『昭和天皇実録』全十八巻の十倍は巻数いきそうだしな。
書くのも読むのもしんどいな。
――だがそれはそれで見てみたい気はする。
読後の感想――『俺との出来事は忘れるの禁止』ってお願いしておこう。