26話 ティナメリルさん大好き
ティナメリルさんとの楽しいひとときを終えた。
実に素晴らしかった。
呼び出されたときは何かしらのお説教かとテン下げ気分……。
だが蓋を開ければエルフの壮大な秘密の大暴露。
この世界の人間で知っているのは間違いなく俺だけだ。
そう……彼女と俺だけの秘密。
しかも「あなたとお話ししたかった……」ってさ!
これで有頂天にならん男がおったら連れてこいってんだ。
思い返すだけで顔がにやにやする――♪どうにもとまらない!
窓辺に立ちながら一服、机の上に置かれた一冊の古びた本に目を落とす。
まさかティナメリルさんが『忘却お婆ちゃん』だとは驚きである。
エルフの森のことを語る節々がちょいちょ他人事っぽくて気になってたんだがそういう理由だったんだな。
だがそんなことは些末なこと――
「ティナメリルさん最高だ!」
口に出さずにはいられない。
テーブルはさんで正面に見るティナメリルさんが素敵すぎ。
エメラルド色の瞳は綺麗なんだけど最初は正直怖かった。
でも慣れたらずっと見ていたい、人を惹きつける魅力を秘めている。
吸い込まれるって表現の意味がやっとわかった。
俺、免疫全然無いからすぐ照れて顔伏せちゃったもんなー情けない。
パーソナルスペースに入られたら硬直して動けんくなるな。
――いやそういう状況はないけどもさ。
だがいまだに信じられない。
あれで千歳超えのお婆ちゃんだというのが。
外見からは絶対わからない。
年齢不詳。
最初は見た目同年代かなーって印象だった。
だが上司だからか口調がアラサーっぽく感じるときがある。
すると年上っぽくも見えるのだ。
部屋が薄暗かったのもあって、何ともムーディーな雰囲気であった。
あれがお茶じゃなくお酒だったら……もうちょっとこういい雰囲気になってだな――
「いかんいかんいかん!」
思わず邪な考えが浮かびそうになって手で払う。
どうせ何も言えずに押し黙ってるだけだろ……俺は。
明日ギルドはお休みだ。
お給料もらった今日はおそらくみんな飲みに出てることだろう。
俺も明日はまた買い物にでも出ようかなと思っていた。
だが期せず貴重な本をいただいた。
せっかくだから出かけずに読んでみよう。
そして重要なことに気づく――
「よく考えたらこれ『ティナメリルさんの日記』ってことだよな」
思わずゴクリと唾を飲む。
そして頂いた意味をつい妄想してしまう――
女性に日記を「あげる」と言われたのだ……女性だぞ!
それってかなり凄いことだろう。
もちろん俺に気があるわけじゃないのは重々承知の助である。
エルフの文字を読めるのは俺だけだから読んでみたら?……程度の認識だと思う。
間違いない……わかってるさ。
だがエルフ大好き侍は彼女がくれた意味をいいように捉えてしまう。
「もっと親密になりたいとか……あるか?」
エルフの秘密を話してくれた意味を考えてしまう。
人間が知ってどうなるわけでもない。
だが話す必要もないだろ!
むしろ『忘却の秘術』の話なんて超絶秘密事項だ。
人間に話していい内容とは思えない。
「あ、そういや人と一緒に住んでる純粋種のエルフがいるんだったな。その人は知ってる可能性はあるか」
例のエルフと一緒に生活しているという人間のことが頭に浮かぶ。
そして妄想がどんどん膨らんでいく。
「いーよなー。『私と一緒に生活を共にしませんか?』って暗に言われてたりして……秘密知ったんだからーみたいな……」
顔のにやけが止まらない。
「……いやあーないないないない。何考えてんの俺! 落ち着け馬鹿! ティナメリルさんに失礼だろ!」
タバコを持つ手を頭の上で大きく振る。
よくよく考えたら彼女が1人で生活してるとは言ってない。
既に既婚かもしれない。
「……今誰かと住んでんのかな」
そう考えて少し落ち込む。
「1人だといいなー……」
漫画とかである『美人すぎて人が寄りつかない系キャラ』のことが頭に浮かぶ。
人とお近づきになりたいけど中々接し方がわからない的なやつだ。
何となく彼女の境遇からするとそれに近い気がする――
いやしてきた。きっとそうに違いない!
「エルフと一つ屋根の生活……いいよなぁ」
都合のいい結論に達し、アニメで見たシチュエーションが頭に浮かんだ。
日本人は本当にエルフとの生活に憧れがあるのだ。(※主張には個人差があります)
「って違う! あれ上司、会社の上司! そーいう考えダメ、絶対!」
最後に見た満面の笑みが脳裏から離れず、完全にティナメリルさんに悩殺されていた。
「……よし飯! とりあえず飯食いに行く! 腹減ってるからいかんのだ。食欲満たせば落ち着くだろ!」
タバコを消して部屋を後にする。
ティアラにはラスボスがいることを思い知らされた夜だった。
翌朝、スマホのアラームで起床。
時刻は8時。
外に食事をしに出て、日中に閉まっているギルドが目に入る。
「ふぅん……会社が休みってのはこういう感じなのか」
いつもの職場が閉まってて誰もいないというのが不思議に思えた。
勤めるというのが初めてだしな。
異世界生活約1ヶ月だが愛着が湧くというのはこういうことなのだろうか……。
2時間ほどぶらついて帰宅。
昼飯を食わない生活にも慣れたが、つまみ用の食料は買ってきた。
本日は自室で読書だ。
少々舞い上がってしまった昨晩と違い、今日は真面目に内容を勉強する。
明るい日の下で見ると、頂いた本はたしかにかなり傷んでる様子。
皮張りの装丁もかなり傷が入っているし、中の紙が外れそうになっているのも数枚ある。
「そういや『保存の魔法』がかけてあるつってたな……」
手に取って見回すが何もわからないし感じない。
触り心地も皮と紙だ。
コーティングとかそういう類のことではないらしい。
「まあ数百年物だしな」
そして机の上に真っすぐ置いてゆっくり本を開いた。