231話 大騒ぎの王城
王都マルネリア。
白亜のエステルミール城では、朝から蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
昨晩届いた急報――
『歩兵団、六名死亡、行方不明二十名』
『魔獣グレートウルサスが出現』
『エリオッテ家の車列が被害』
軍務省は対応を迫られていた。
11時過ぎ。
国王陛下の執務室には、軍務大臣アクセル・ルサージュ侯爵と、歩兵団の担当局長が並んでいた。
大臣は後ろ手に組んで胸を張って立つ。いつもの無遠慮は鳴りを潜め、殊勝な態度で口を閉じている。
局長は顔を真っ青にし、報告書を持つ手は震えていた。
国王陛下は片ひじをひじ掛けにつき、顎元に手を添えて二人を見やる。視線には力がなく、痛みをはらんでいる。
宰相は後ろ手を組み、まぶたを重く下げたまま二人を見据える。
「では聞こうか」
「は、ひゃい!」
宰相の低い怒気に、局長の声が裏返る。
「判明している事実ですが……歩兵団の死者は二十六名、いずれもグレートウルサスによるものと思われます」
軍務大臣の拳が後ろ手のまま握られ、グキリと音が鳴った。局長の顔色がさらに悪化する。
「エリオッテ家の被害は、護衛四名死亡、ご婦人二名と従者十名は無事だということです」
「具合はどうなのだ?」
「現場に居合わせた聖職者が治療に手を貸したそうで、おそらく心配ないかと」
「聖職者?」
「ええっと――」
局長は手にした書類に目を落とす。
「河原にいた五人組の冒険者パーティーの者だったようです」
「……名前は?」
「わかりません」
宰相は国王陛下を一瞥すると、局長に続けるように顎で指示した。
「グレートウルサスは、エリオッテ家の護衛の手で討伐されており、街道の安全は確保されたと思います」
「念のため、周辺調査は指示しました」
軍務大臣が低い声で補足した。
「エリオッテ家の護衛は何名だったのだ?」
「八名です。二名はご婦人方の馬車を追ったので六名で戦ったようです」
「ふん、六名で倒せた魔獣に王国軍は二十六名もやられたのか」
宰相の嫌味に大臣は奥歯を噛みしめた。
「お……お言葉ですが、歩兵団は行軍訓練中の新兵でしたし、編成されたのは二ヶ月前です。体長三メートル近いグレートウルサスを素人集団で倒せとおっしゃるのは無体な話ではないでしょうか?」
「そうか……そうだな。済まぬ」
局長の必死の弁明に、宰相は素直に詫びた。
「いまのところ報告は……以上です」
「さがってよい」
さっと一礼して踵を返したところで、国王陛下が口を開いた。
「エリオッテ家のご婦人方はどうしている? 手厚く保護しているのか?」
「え? あ……」
局長は視線が泳ぎ、慌てて書類をめくる。
「あ……ジェシカ夫人とロザリア嬢は、たまたま通りがかったコーネリアス侯爵の馬車に同乗させてもらい、宿に泊まられたようです」
「なにぃい?」「あ゛?」
宰相は目を見開き、国王陛下はひじが滑って上半身がカクッと折れた。
「誰が乗っていたのだ?」
「え? 侯爵ではないのですか?」
「バカ言え! 侯爵はすでに王都におる。誰が乗っていたかわからんのか?」
局長は涙目で首を振る。
国王陛下が暦に目を向けると、気づいた軍務大臣も暦を見た。
「……そういえば小耳にはさんだのですが……近々、城にエルフ――」
「ダイジン!!」
宰相の怒鳴りに大臣はたまげて口をつぐみ、局長は震え上がった。
国王陛下が手で追い払う仕草をすると、局長は逃げるように退出した。
国王陛下は額に手を当て、そのまま目を覆う。深く息を吐くと、背もたれに身体を預けて首を後ろにそらした。
宰相も壁の暦に目を向ける。
「間違いないでしょう……」
「そうだな。あやうくグレートウルサスと鉢合うところだったのか……」
「なんだ二人してコソコソと。一体、何を企んでいる?」
大臣は、事情を話さない二人に業を煮やす。
「何も企んではいない。ある人物を召喚したら一緒に来ることになったのだ」
「誰だ!」
「あー、ダスターが客人にしたという異国の人間だ」
「ふ~ん。で、それになぜエルフが同席する? お主ら、何かしでかしたのか?」
口にした瞬間、大臣がニヤリと笑う。
「はっは~ん。あれか? お主の愚息の件だな? エルフの怒りを買ったのか?」
「知らぬ!!」
宰相の眉が逆立った。国王陛下は黙し、定まらぬ視線で前を見つめる。
「まあいい。エルフに会えるかもと興味があったが、そういうことならかかわるまい。吾輩も退散するとしよう」
「アクセル殿! 言っておくが此度の失態、それなりの責は負ってもらうからな!」
「わかっておる!」
姿勢を正し、国王陛下に一礼して退出した。
二人になった執務室。国王陛下と宰相は遠慮なく会話を交わす。
「ブルーノ、どう思う? 河原にいたという冒険者……」
「おそらく例の聖職者が所属するパーティーかと。たしか……ホンノウジ、でしたか?」
「ふーむ……彼らの護衛か?」
「でしょうな」
しばし沈黙が続いた。
「ところで……ダスターからの要求、お主どう思った?」
「どうとは?」
「手紙にあったであろう。客人が重要なものを見せるから覚悟しておくように……と」
「あれですか……」
宰相は顎に手を当てて考え込んだ。
「行間には並々ならぬ思いが感じられました。ただ、手紙に内容が書かれてませんでしたから、よほど漏れては困ることかと……」
国王陛下が口を開こうとしたとき、扉がノックされ、文官が顔を覗かせる。
「あのー、次をお呼びしてよろしいでしょうか?」
「ああ、すまぬ。呼んでくれ」
「かしこまりました」
扉が閉まると、二人とも居住まいを正した。
「……二十八日は何時からだ?」
「10時から一時間の予定です」
国王陛下は小さく「わかった」と告げた。




