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まるちりんがる魔法使い ~情報学部の大学生が冒険者ギルドに就職しました~  作者: しゅがーべる


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229話 グレートウルサス

「あ、待って!」


 溺水から生還したとはいえ、びしょぬれのままでは風邪をひいてしまう。


《詠唱、脱水発射》


 バシュッと小さな音とともに、二人の衣服が一瞬で乾いた。

 冒険者たちに「木陰に運んでくれる?」とお願いすると、強張った表情でぎこちなく頷いた。


「あ……あなたは?」


 ネルソンの問いかけを手で制す。

 といっても彼は、とっくに俺だと気づいている。ガービルとムルックも同様である。声と背丈で丸わかりだ。


「何があったんです?」


 改めて護衛を見やる。

 上質な革鎧に身を包んだ二人、三十代といったところだろうか。一人が息を整えてゆっくりと立ち上がる。


「突然、ウルサスが森から現れたんです」

「ウルサス?」


 ウルサスってなんだろう……あの聞こえた唸り声の主のことか?


「はい。森から兵士が逃げてきて、人が吹っ飛んで、馬が暴れてしまい、追うように隊長に言われて……」


 情報の整理ができていない。混乱しているようだ。


「――ただのウルサスじゃありません。レッドアイです」

「レッドアイ!?」


 護衛の言葉にネルソンが叫んだ。

 途端に表情が曇り、ガービルとムルックを見やる。どうやら知っているっぽい。なんだか嫌な予感がする……。


「はい。魔獣化したウルサスです!」


 あああー、やっぱりか!


 ネルソンが話す。

 正式にはグレードウルサスと呼ばれる魔獣。普通のウルサスは黒目だが、魔獣化すると真っ赤な目になることからレッドアイと呼ばれている。

 四足歩行の大型獣で、立ち上がると三メートルぐらいになるらしい。


「倒したの?」

「……わかりません」


 護衛は大きく首を振る。馬車を追ってきた彼らは、いま現場がどうなっているのかわからないのだ。


 腰に手を当て、息を吐く。

 ティナメリルさんはベンチ脇でじっとこちらを見ていた。ふーむ、止むを得ん。


「……ちょっと見てきます。橋を渡らせないようにお願いできます?」

「えっ?」


 街道に指を走らせてネルソンに告げる。やじ馬に対するお願いだ。

 幸いにも、橋から落ちた馬車に注目が集まり、橋を渡ろうとする人は誰もいなかった。

 ふたたび身体強化術の《跳躍》を発動させると、三十メートル先の橋まで跳んだ。欄干を踏んでもう一度跳ぶ。道に着地すると同時に《俊足》を発動させ、現場に駆けだした。



 林間を抜ける緩いカーブを曲がった瞬間、視界が開けた。


「……あれか!」


 思わず口をついた。

 五十メートル先、護衛らしき男と魔獣が対峙している。仁王立ちするこげ茶色の大きな物体、視界にとらえたその姿には見覚えがあった。


 ヒグマじゃん!!


 もちろん実物を見たことはない。

 連日テレビで放送されたニュースや、動画サイトの衝撃映像などによるもの。漫画やアニメでも敵としてよく登場する。

 魔獣とはいえ、要はヒグマに襲われたのだな……という認識に合点がいった。


 立っている人間は一人だけ、他に見当たらない。

 右の草地には血まみれの兵士たちが倒れており、護衛の仲間も転がっている。荷馬車は道端で横倒し、従者を乗せた馬車は左の林に突っ込んでいた。惨憺たる有様である。


 対峙している男は満身創痍。

 半分に割れた盾を構え、剣を握る腕を必死に持ち上げ、腰を低くした姿勢で肩を大きく上下させていた。


 一瞬、グレートウルサスがこちらを見た気がした。


 あの赤く鈍く光る眼には覚えがある。グレートエラスモスと同じ……人間を小馬鹿にする魔獣特有の光だ。

 奴が動かずに止まっているのは、最後の人間を仕留める愉悦に浸っているからだろう。勝利を確信した舐めた態度、俺が味わったのと同じだな。


 グレートウルサスは鼻を鳴らすと、ゆっくり右肢を振り上げた。

 盾は一瞬で砕け、左腕ごとえぐられた。


「グゥアァアアアア!」


 血が噴き上がり、男は断末魔の悲鳴を上げる。

 続く左フックが容赦なく襲い、剣を持つ腕は彼方に吹き飛び、叫びは途絶えた。

 グレートウルサスは四足に戻り、グッフグッフと勝ち誇った低い声を上げた。



 そこへ得体の知れない白装束の人間が現れた。

 グレートウルサスは挑戦的な視線を投げつけ、ふたたび二足で立ち上がる。


 血と泥がこびりついたこげ茶色の体毛、俺の背丈を優に超す大きい体長、太い首回り、がっしりした胴体、前肢に伸びる長い爪、鼻先は湿って黒光りしし、牙をむく口からはどろりと唾が糸を引いている。

 真っ赤な眼が不気味に光ると、それはまさに恐怖の象徴というにふさわしかった。


 しかし、俺は微塵も恐怖を感じない。とても落ち着いている。


 経験は人を強くする。

 グレートエラスモス、大猪、大鹿……ドラゴンとも死闘を経てきた。

 あれは熊……ただのヒグマだ。ときに『中におっさんが入っている』と揶揄されることもある。そう思えば全然怖くない。


 大丈夫、思考はクリアだ。心臓は早鐘を打つが、それは戦闘に臨む高揚だと信じよう。

 油断することなく一気に肩をつける。いくぞ!!



《詠唱、水の盾》


 正面に水の壁が出現。見た目は大きなコンタクトレンズ。ガラスのように透明で、奴には見えないはず。

 いよいよ攻撃開始、先手必勝!


《詠唱、大石弾はっ――》


「グォオオォオオオオ!!」


 うわぁああ!!


 突然の咆哮が耳を裂き、意識が揺らいだ。思わず怯み、目を閉じた。

 放たれた石弾は、奴の足元に着弾して地面を大きくえぐっただけだった。


《詠唱、精神浄化(クリーニング)


 ふわっとしたオーラが自動で発動し、思考を正常に戻した。

 これか奴の魔獣化した能力か。相手を混乱させて攻撃不能に陥れる。初見で食らうと太刀打ちできんな。


 まあでも俺は経験済み。ドラゴンの咆哮と同じだ。

 しかも対策済み。自動で精神浄化が唱えられる。

 初弾を外したことに気づいて前を向く。そこには一瞬で距離を詰めていたグレートウルサスの姿があった。


 人は死の恐怖を感じた瞬間、奇妙な現象が起こる。時間はスローモーションになり、細部まで見え、なぜか恐怖は消える。


 奴は立ち上がり、右肢を振り上げた。

 黒い鋼の鉤爪を思わせる爪が頭を狙う。当たれはスイカ割のように頭を割られるだろう。


 だが爪は空を切り、目の前を滑るように通り過ぎた。

 水の盾が防いだのだ。

 奴の顔に人間じみた動揺が浮かぶ。無傷の俺と目が合うと、口を半開きに開いたまま固まった。


 意識が時間差で訪れる。


「うおぉ?」


 間の抜けた驚きを口にし、遅れて腰が引けた。

 先制射撃の失敗、奴の接近に爪の振り下ろし、空振りしての対峙……この一連の流れは刹那の時間だったはずだ。

 はっきり覚えているが何の感情も湧かなかった。終わったあとに驚いた。


 ああ……、俺、いま「死んだな」って脳が判断したのか。


 一方、グレートウルサスにも動揺が見てとれた。

 獣なのに手に取るように心情がわかる。ホントに中におっさんが入ってんじゃないかと思ってしまう。


「グエェ?(あれ?)」


 グレートウルサスが呻いた。


 ん? お前、いま「あれ?」って言ったか?


 すぐにピンときた。これアレだ、ローゲンウルフと同じ現象……鳴き声を翻訳したのか。

 奴は混乱したまま左肢で俺の頭を狙う。しかしまた空振り。水の盾で防がれていることに気づいていない。


 動揺は焦りに変わったようで、怒りの咆哮を上げると、両肢を交互に振り下ろし始めた。

 口から荒い息を吐きながら何度も何度も振り下ろす。黒紅の瞳が赤く光り、まさに狂乱状態というにふさわしい。これも魔獣としての能力なのかもしれない。


 しかしすべて空振りに終わり、俺には当たらない。


 奴は十秒ほど暴れると動きを止めた。

 無傷の俺に恐怖したのか、肩が落ち、恐れを抱かせる黒紅の瞳には敗北の色が浮かんでいた。

 ここで逃がすわけにはいかない。確実に仕留めるべく口を開かせる。


「おいッ! 『ア゛アー』だ! 『ア゛アー』って言え!!」


 大声で煽った。


「グォオオオオオオ!!(なんだこの野郎!!)」

「はい、ありがと」


 奴の折れた心は怒りに変わり、俺はお礼を述べた。


《詠唱、大石弾発射》


 唸り声を上げる大きな口めがけ、石弾を叩き込んだ。

 その一瞬で頭部が粉砕して首から上がなくなった。血しぶきが噴水のように舞い上がり、辺りを真っ赤に染める。

 巨体はゆっくりと後ろに倒れ、ドシンという鈍い衝撃音が空気を揺らした。


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― 新着の感想 ―
経験を積んで確実に技量が上がっていますね。 新たに覚えた防御魔法がなければそれでも致命傷を喰らっていましたが、それこそ用意周到であったことが功を奏しているわけで。 単純な魔法の強さよりも事前に準備や想…
2026/03/10 21:53 クロキツネ
油断・慢心で致命傷負って大ピンチが定番だったのにw 初手で防御固めたのエライ。今までのピンチ(サイ・猪・鹿)はどれも攻撃の事しか考えてなくて防御を疎かにしたせいだし。 しかしここまで完封で倒すと、今後…
ウポツでーす。 相手は最短で行動不能を狙ってくるから接近しないに限るね。
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