225話 ティナメリルの決意
「――以上が侯爵からお話しいただいた内容です」
「そうか」
昼過ぎにティアラに戻り、侯爵から聞いた話をロキギルド長に報告した。
ギルド長は背もたれに身体を預け、脇に立つティナメリル副ギルド長は無表情のまま立っている。隣のタラン主任は心配そうに眉間にしわを寄せた。
「それでミズキさん、出立はいつ頃になりそうですか?」
「まだ確定ではないんですが、二十日か二十一日あたりになりそうです」
壁の暦に視線が集まる。今日が三日だから、三週間後の予定だ。
「まだ先のことだが、気をつけて行ってこい」
「はあ…………」
ずしりと肩に重荷が乗った感覚に、大きなため息をつく。
ひとり馬車に揺られてゆくのか。まんま荷馬車で売られてく子牛だな。
ギルド長も主任も同情の色を見せる。ティナメリルさんは何か考え込んでいるようにも見える。……まあ気のせいか。
退席しようと踵を返したとき、
「瑞樹、私も一緒に行きましょう」
彼女の声に振り返る。ギルド長は耳を疑い、主任のまばたきが止まる。
「一緒にって……王都にですか?」
「ええ」
「えっ、なんで?」
「あなた、ひとりは嫌だと言っていたでしょ? 誰か一緒になら気が楽と」
あ、デートの食事のときに言った台詞か!
「いや、あれはその、行くのがめんどくさかったからこぼれた愚痴と言いますか……」
「いいわよね? ロキ」
「ん、あ?」
なんかもう、ティナメリルさんの中では決定事項らしい。いつもの無関心はどこへやら。
彼女の勢いにギルド長も押されている。
「いやでも王都ですよ? 人いっぱいいますよ? 大丈夫なんですか?」
「一緒に行くのは嫌なの?」
「とんでもない!!」
即答する。彼女と旅に出るのを嫌がる男などいるはずがない。
それにしても、こんなに強引なティナメリルさんを見るのは初めてだ。どうしたんだろう?
「瑞樹、相手方に私も同伴する旨を伝えてちょうだい」
「…………わかりました……え? こ、国王陛下にも会うってこと……ですか?」
「そのほうが安心でしょ?」
さすがに躊躇し、侯爵の話が頭をよぎる。
王族も貴族もエルフを畏怖し、意思を尊重する。彼女に「同席する」と言われれば断りづらいだろう。第一王子が彼女を連れていこうとした負い目もある。侯爵を含めた、貴族への牽制にもなる。
しかし……彼女が王都に出向くことは危険が増すのでは?
と思ったがすぐに自分で否定した。
彼女はその気になれば自分で身を守れる。身体強化術も使えるし、隠蔽と探知の魔法もあるからだ。
本気になれば人間ごときが敵うわけがない。
「じゃあ、お願いします」
彼女の碧玉の瞳に、決意のような強さが感じられた。
ギルド長は、ティナメリルさんを横目で見ながら口角を上げ、彼女のやる気にどこか嬉しそう。主任も、俺に「よかったな」と顔が告げていた。
彼女の意思は固そうだ。何が彼女をその気にさせたのだろう。…………今晩、聞いてみるか。
その夜、彼女の私室。
ベッドの上に座って後ろから抱きしめる。背中越しに伝わる温もり、穏やかな呼吸音が耳に届く。
「なんで一緒に来るって決めたんです?」
耳元で低く問いかける。
彼女は少し間を置くように「ん~」と猫なで声で返し、俺の手の甲に指先を滑らせる。
「あなたと離れるのが嫌だなと思ったのよ」
本音を吐露した彼女に身震いするほどの感動を覚えた。ここまで本心ぶっちゃけるようになりましたか、ティナメリルさん!
ぎこちなく照れを隠しているのか、頬がわずかに熱を帯びている。
短い沈黙が二人を包む。
指を絡めるように彼女の手を握り、肩越しにそっと覗き込む。振り向いた彼女の唇にキスをする。
彼女はゆっくりと俺の腕に身を預け、夜は静かに二人だけの時間を刻んでいった。
おそらく襲撃事件が心境変化の引き金だ。
騎士団長に剣で刺された俺は死んだように見えた。彼女はその瞬間、再び絶望に沈んだのだろう。せっかく俺のために生きようと思ってくれた気持ちを無情にも打ち砕かれたのだから。
しかし俺は生きていた!
目の前に現れた俺を見て、彼女の胸の内に再び火が灯ったのだろう。以前よりも激しく。
膝枕で俺を介抱してみたり、人目も気にせず一緒に出かけるようにもなった。彼女を求めると照れ隠しの柔らかな微笑みを返す。
要するに、彼女の中で俺への好感度が一気に跳ね上がったのだ。
ならばそれに応えるのは彼氏の役目だ。二人で王都へ婚前旅行だ!
「――ということで、ティナメリルさんと王都に行くことになりました、マル」
始業前の薄明りの通路で、リリーとキャロルに手短に事情を説明する。
「どれくらい行くんですか?」
「丸々一ヶ月ぐらいかなー」
片道五日なので往復十日。魔法学校の書庫を閲覧に、二週間はとりたいと思っている。
観光や買い物に数日を費やすと、どうしてもかなりの日数を取られるだろう。
「二人で……となると馬車ですね。どうします?」
「ふっふ~ん。実は、侯爵が全部手配してくれることになったんだよ。まあ実務は次席執事のアルナーがするみたいだけどね」
しかも王都では侯爵邸に滞在させてくれるという。長期滞在の費用も浮くのは大きい。
「手紙でティナメリルさんも同行することになったと伝えないとなー」
リリーとキャロルは互いに見合い、安堵の色を浮かべた。
「その~、ティナメリルさんとだけ旅行することになるんだけど……」
「わかってます」「うんうん」
二人の温かい反応に胸がじんとする。
「落ち着いたらどこか近場に旅行にでも行こう」
「いいですねー」「やった~!」
話は終わり、始業の準備に職場に戻る。
とにかく、この国王陛下の呼び出しを無事に済ますことが最優先だ。




