224話 コーネリアス侯爵の呼び出し
六月二日。
休業日明けのティアラ冒険者ギルドは、朝早くから活気に満ち、依頼を手にした冒険者たちが次々と飛び出していく。
慌ただしさがようやく落ち着いた10時過ぎのことだった。
広場に馬車の音が響く。
朝礼で誰かが来るとかいう連絡はなかった。ということは、またアポなしか……。一体こんな朝早くから誰だ?
扉が開き、領主の次席執事アルナーが駆け込んできた。
「朝早くからすみません! 瑞樹さん、いらっしゃいますか?」
慌てた様子で俺に近づき、カウンター越しに小声で話す。
「侯爵閣下が来てほしいそうです。お迎えに上がりました」
「えっ、今?」
「はい。侯爵閣下のお時間が今日しか取れないんです!」
場の空気が一瞬凍る。職員の顔に怪訝が走り、客は視線を逸らす。
「なんでぇ?」
「お話があるそうです。例の、召喚状の件で」
「ああー……」
侯爵は知っているんだ。領主からの呼び出しなら行くしかない。
「このまま?」
「はい、すぐ」
そこへギルド長がドカドカと降りてきた。
アルナーから侯爵の呼び出しだと聞かされ、すぐ行くように命じた。
「……それじゃあ」
フランタン領の紋章が描かれた馬車に乗せられ、ギルドをあとにした。
14時を回って領主の館に着いた。
かなり飛ばしたせいで俺はぐったりだ。四時間もの縦揺れ横揺れのオンパレードでリバース寸前。耐えた自分を褒めたい。
「……大丈夫ですか?」
いましゃべったら吐きそうだ。水をくれと手で仕草する。
「ハアぁ~~……。俺、乗り物ダメなんだよ。馬車の振動がもうね……」
「すみません、急ぎましたから」
アルナーはケロッとした様子だ。これは慣れの問題か。
侯爵はまだ来客中で、しばらく待たされることになった。
これ幸いと、ぐったりしていた俺はソファーで横にならせてもらい、おかげで体調回復することができた。
「――や、待たせてすまなかった」
「いえいえ。おかげで休めました」
侯爵から促されてソファーに腰を下ろす。
「まずはお礼を。私を客人にしていただいたこと、ありがとうございます」
「うむ」
お茶が運ばれてくる間、しばらく雑談に興じる。
先日いただいた魔法書のお礼を伝えると、侯爵はあとで魔法士団長に会わせてくれると述べた。
勧められたお茶は甘い香りがして、疲れが少し和らいだ。
「さっそく本題に入るのだが、国王陛下から召喚状が届いたそうだな」
「はい」
侯爵は王都に情報網をもっており、その情報が昨日届いたという。
呼び出しの理由がわからないと告げると、侯爵が教えてくれた。
要点は三つ――『ランマルの行方』『御手洗瑞樹の正体』『日本という異国の情報』が知りたいということだった。
第一王子が王城に戻ったあと、事件について内務省が調査を始め、近衛兵の聞き取りでランマルの名が浮上した。
しかしランマルに関する情報は皆無で、情報局の局長と局次長は国王陛下から叱責を受けたという。
その過程で御手洗瑞樹の名前が挙がり、内務省は『ランマルの仲間、または親しい関係』にあると見なしている。
さらに、コーネリアス侯爵の客人になったこと、日本という異国出身であること、変わった魔道具を所有していること、が報告に上がり、国王陛下の興味を引いたとのことだ。
「俺がランマルだってバレたわけじゃないんですよね?」
「報告書を読む限りでは、そうだ」
内務省の報告は『御手洗瑞樹はランマルに助けられた職員』という認識になっているらしい。
治癒魔法が使えるのは聖職者だけ、ギルド職員が使えるはずはない。仮に俺がランマルだとすると、聖職者がギルド職員を装う合理的な理由が説明できない。俺と教会との接点も確認されていない。
「ランマルは、君と同じ日本人だと思われている。それで話が聞きたいらしい」
「うーん……でもそれなら『何も知りません』と言うしかないんですが……?」
「そう述べればよい」
侯爵のあっさりした返答に拍子抜け。査問会並みの厳しい取り調べを覚悟していたのだが……。
「その……拷問とかされないんですか?」
「ハハハ。私の客人にそのような手段が許されるものか!」
客人という立場である以上、無茶なことはされないということか。侯爵の言葉を聞いて、胸のつかえが下りた。
侯爵はお茶を一口付けると静かに切り出した。
「君に頼みがある。君が見せてくれた『ドラゴンの映像』とやらを国王陛下に見せてはくれまいか?」
「はぁ~!?」
ああ、これが呼び出しの本題か!
嫌な頼みに顔が強張る。侯爵もそれは覚悟の上と、真剣な表情で返事を待っている。
「なぜです?」
「国王陛下にドラゴンの脅威を知ってもらうためだ!」
「必要なんですか?」
「ぜひともお願いしたい!」
国の上層部は『たった三人で退けられるドラゴンなど王国軍の敵ではない』と考えているらしい。
侯爵はその誤った認識を改めさせるため、映像で脅威を理解させたいらしい。国のトップに正しい危機感を持ってもらわねば困る、というわけだ。
侯爵がそこまで言うなら断りようもない。しかし不安が残る。
「もし国王陛下に見せた場合、『それをよこせ!』って言われませんか?」
侯爵は首を振る。
「心配ない。陛下は言わないし、私が言わせない」
「いや……言わせないって言われてもそんな保証は――」
「私も同席するからな」
「えっ!? 侯爵も一緒に来てくれるんですか?」
「一緒には行けないが席には同席する。王都で落ち合う形になるだろう」
「おおー、それはありがたいです!」
侯爵の言葉に肩の荷がスッと下りた。一人で国王の前に立つのは吐き気をもよおすぐらい心細い。そうではなくなり、知った人間がそばにいてくれる。安堵の思いが込み上げた。
そういうことならだいぶ話は変わってくる。
「ひとつ質問ですが、お見せするのは国王陛下だけですか? あまり人に見せたくないのですが……」
「そうだな…………、宰相のブルーノにも見せたほうがよいな」
「ではそのお二人だけということで。護衛も同席はなし……それでどうですか?」
「うむ。その旨、手配しておく」
侯爵はどうしても国王陛下にドラゴンを見せたいようだ。
ま、気持ちはわかる。侯爵も『百聞は一見に如かず』だったからな。国王陛下に理解させるには一発だろう。
……いや、はたして本当にそれだけだろうか?
ドラゴンの脅威を知れば、侯爵の政治的影響力は高まる。
フランタ市は三人の冒険者たちで退けたという事実があるが、王国軍が同じことを成しえるかは不透明だ。本音では無理と思っているだろう。
もし国から相談を受ければ、侯爵の言葉が重視されるに違いない。
なーんかうまく利用されている気はするなー。
渋る俺を説得できたことに侯爵は満足したらしく「何か欲しいものはないか」と尋ねられた。
いきなり『何か』と言われてもすぐには……と思いきや、あった。
「では、ひとつお願いが。できればでいいんですが」
「何かね?」
「私、魔法の勉強をしているのはご存じですよね? 先日、魔法書一式をいただきましたし」
「ああ」
「侯爵のお力で、魔法学校の書庫を閲覧する許可がとれませんか?」
意外な申し出に侯爵の動きが止まった。
魔法関係の話なら……と、筆頭執事のオルトナに魔法士団長のアナベル・フロストを呼ぶように命じた。
「お呼びでしょうか、閣下」
銀色の短髪が室内の灯りを受けてキラリと光る。入室してきた魔法士団長は、まるで宝塚の男役ばりの、制服を端正に着こなす美しい麗人だ。
互いに紹介されて挨拶を交わすと、先日いただいた魔法書一式のお礼を述べた。
俺が魔法を使えることを知っていて、ここの火事を消火したすごい水魔法が見れなくて残念だったと、気さくな感じの笑みを浮かべた。
「――何をお知りになりたいんです?」
「まあなんでも。先日の付与魔法は大変面白かったです。なのでその上位版……上級や特級の付与魔法などがあれば。あとは火の魔法についての情報とか……」
「んー、火の魔法は魔族が使うのはご存じ?」
「あ、はい。ティナメリルさんとクールミンさんから聞きました。ティナメリルさんは見たことがあるそうです」
彼女の「誰?」という表情に、侯爵は「ティアラにいるエルフだ」と説明した。彼女は「ああ」と頷き、話を続ける。
「魔族の魔法についての文献があるかはわからない。しかし上級の付与魔法についてはあったと思う」
「ほお~」
「あとはそうね……マナの操作や、魔法の複数発動、魔道具の知識などもあったかしら」
彼女の話は俺の好奇心を刺激した。
「……ん、わかった。国王陛下には私からお願いしてみよう。おそらくあの映像を見せれば二つ返事で許可されるだろう。いや許可させる」
「ありがとうございます」
俺の喜ぶ顔に侯爵も満足げだ。いうて自分の腹が痛まない報酬だしな。
話が終わると時刻は17時を回り、夕日が窓を赤く染める、一日の早さに驚きつつ、今日は館に一泊させてもらうことになった。
翌朝、早々に出立する。
侯爵もこのあと一週間ほどかけて領内の視察に出るという。準備の邪魔をしては申し訳ない。
「――詳細が決まり次第、アルナーに伝えさせる」
「わかりました。同席の件、本当に助かります」
「また今度ゆっくりお話ししましょう。あなたの魔法も見てみたいしね」
「あーそれはちょっと……」
優しい声で別れの挨拶を告げるアナベルさん。謙遜する俺を見るその瞳には鋭さを感じた。
魔法士団長として、俺の力量を知っておきたいのだろう。
朝の冷気を感じながら馬車に乗り込むと、アルナーは御者に低く告げた。
「帰りは急がず丁寧にな」
車輪が石畳を刻む音が静かに響いた。




