223話 王城からの召喚状
彼の口から飛び出した固有名詞に脳が一瞬フリーズした。
「えっと、あなたは……?」
「や、これは失礼。私は内務省運営局連絡部のニック・ベランジュです」
聞きたくない単語のオンパレード。内務省――お役人ってことか!
召喚状――あれだ、テレビドラマとかで見る「あなたを逮捕します!」と連れて行かれるやつか。ぞくりと背中に寒気が走る。
差し出された召喚状を受け取ると、怯える目つきで再び彼を見る。
「……お役人ですか?」
彼は懐から内務省員を示す身分証を取り出して見せた。
「家名持ちということは、貴族ですか?」
「はい。準男爵です。けれど出自は平民です。王城に勤める者に爵位が与えられるだけです。過度に警戒なさらなくて大丈夫です」
そのとき、下での異変に気づいたギルド長が階段から降りてきた。
「何事だ! うちの職員に何の用だ?」
ニックは落ち着いて名乗り、召喚状の配達に来たと告げる。
「開けても?」
「はい」
国章の刻まれた封蝋を無造作に割るのは気が引けた。ペーパーナイフで上部を切り取って中身を取り出す。
『御手洗瑞樹、六月二十八日に王城に出向かれよ』
…………たったこれだけ?
「呼び出された理由は? 書いてないんですが?」
「存じません」
ニックは素っ気なく答えた。
参ったな……何もわからない。
日にちは六月二十八日、約一ヶ月後か。えらく間が空いているな……。
「だいぶ先なんですね?」
「国王陛下の予定が詰まっておりますので」
「私を逮捕しに来たというわけじゃないんですね?」
「何か心当たりでも?」
「全然」
心当たりしかないから困ってるんだけどな……ランマルの件とか。
「あの、これって行かないとダメなんですかね?」
「は?」
ニックは俺の質問に嫌悪をにじませた。
「国王陛下の呼び出しを断るつもりですか?」
「いやいやいや……そういうつもりじゃないですよ。ただ、理由も知らされずに呼び出されるって普通ないでしょ?」
「え?」
おいおい、普通なのかよ。
用件を知らせないなら普通の人は逃げたりするのではないか。その発想のなさに少し呆れる。
「――ああ。そういえばあなたは平民でしたね。しかも異国の方だと聞いておりました」
彼はやれやれといった調子でため息をついた。
「これは私の独り言なんですが…………あなたに興味を持たれたようです。先だってここの領主の客人になられたのでしょ?」
ああ、それか!
客人の件は知られているのね。ニックは内容を口にしてはいけないのだろう。
「どこの国の出身なんです?」
「日本です」
「どこにあるんです?」
「や、それが私もわからなくて。気づいたら森で迷子になってたんです」
「……いきなり森で迷子ですか?」
「はい、そんな感じです」
胡散臭い話に聞こえただろうか。だが事実だ、嘘はついていない。
「ふーん…………それではこちらに承諾のサインを――」
「あの、これって『自分で王城に来い』ってことですよね? 自腹で?」
彼の頬がピクリと動き、あきらかに苛立ちを見せた。
「――あ、いえ、聞いてみただけです。大丈夫です、ハイ」
こんな遠くまで配達に来ているのだから、さっさと帰りたいのだろう。もう日が暮れるから今夜は泊まりだな。
そそくさと受け取りにサインをする。名前をマール語で書くと、
「その下にあなたの国の言葉でもお願いします」
「あ……はい」
日本語で『御手洗瑞樹』と書いた。
彼はその文字をしげしげと眺め、受け取りを懐にしまった。
「では期日にお忘れなきよう」
ニックはギルド長に軽く頭を下げると、つかつかと玄関扉に向かった。
「――あ、もう一つだけ。これ、何時です? 時間が書いてないんですが」
「………………」
いい加減しつこいと思われたか。彼は無表情のまま「朝九時に王城にお越しください」と告げ、出て行った。
あとで知るのだが、王城に招集される者は朝一で登城し、呼ばれるまでずっと別室で待つのが常識らしい。そんなん知らんし!
翌日。彼女三人とのデートはショッピングだ。
落ち着いた雰囲気の衣料店に入り、三人に普段着を選んでもらう。店内には柔らかな照明と上品な香りが漂っている。
「ね~リリーさん、これなんかどう?」
「うーん、ちょっと明るすぎない?」
「じゃあこれなんかどう? このシャツにベストとか」
「あー、それいい!」
リリーとキャロルは笑いながら次々と服を手に取り、俺に合わせては感想を口にする。ティナメリルさんは穏やかな笑みを浮かべ、二人のやり取りを眺めている。
「ティナメリルさんも~、瑞樹さんに似合う服選んでくださいよ~」
「ん~~~」
彼女は上から下までじっと俺を見て、茶系のシャツとベスト、モスグリーンのズボンを組み合わせたアウトドア風のコーデを選んだ。
「おおー!」
なかなかいいじゃないか。
ティナメリルさんのセンスに三人揃って感嘆の声を上げる。
彼女に服を選んでもらうなんて、ちょっとした贅沢だ。もちろん、リリーとキャロルに選んでもらえることも贅沢なことだ。
結局、三人が選んだセットを全部買って店を出る。店員は女性三人に囲まれた俺を、最後まで不思議そうに見ていた。
その日の食事は大通りの外れにある洒落たレストラン。奥の人目につきにくい席で、おすすめのトマトソースパスタを味わう。
「瑞樹さん……その、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって!」
「でも~~……」
リリーとキャロルはやはり心配そうだ。国王陛下の呼び出しが気になって仕方ないらしい。
昨夜は二人とも寝るときにしがみついて離れなかった。不安でたまらなかったのだろう。
「俺も不安がないって言ったら嘘になるけどね」
「ほら~~!」
「だって王都なんて行ったことないし、行くのに馬車で五日もかかるんだよ? 宿の手配や旅費のことを考えると面倒くさいって話。呼び出しといて旅費が自腹ってどうなんよ、ってな。交通費ぐらい出せよ!」
結論、めんどくさい。それに尽きる。
「むしろ心配なのはそっちだよ。俺がいない間に何かあったらと思うと気が気でない」
「私たちは大丈夫ですよ。ね、キャロル」
「そうですよ瑞樹さ~ん」
リリーとキャロルの肝の据わり具合が頼もしい。バカ王子にひどい目に遭わされても、ちゃんと立ち直っている。女は強いなぁ。
一方ティナメリルさんは黙って葡萄酒を早いペースで飲んでいる。話、聞いているのかな。
「そういえばティナメリルさんは王都に行ったことはあるんですか?」
「…………ティアラに勤めてからはないわ。いまの国になる前かしらね?」
「あー……そりゃずいぶん前ですね」
「そう?」
疑問に思われてしまった。相変わらず時間感覚がバグっている。
日本の暦で例えたら、戦前……いや明治時代って感じか。さすがに江戸時代ではなかろうて。
リリーとキャロルもティナメリルさんに飾らず接するようになり、三人が仲良く会話する姿に自然と笑みがこぼれた。
「せめて誰か一緒だったら気が楽なんだろうがなー……」
一人で王城に行かねばならないことへの不安と不満がつい口をついて出た。彼女たちに向けた言葉ではないと気づき、慌てて取り繕う。
「ん、この話はおしまい。二人ももう気にしないこと」
「は~い」「うん」
このあとは三人それぞれとの思い出話で盛り上がる。
キャロルとは大道芸を観にいったこと、リリーとは一緒に料理を作ったこと、ティナメリルさんと川辺を散策したことなど。
優しく微笑むティナメリルさんは、いつもより柔らかく見えた。




