222話 月末のひととき
五月三十日、月末。
ティアラ冒険者ギルドに俺宛の手紙が届いた。
差出人はマグネル商会のカルミスさん。俺に手紙がくるとしたら彼女しかいない。
「それじゃあ休憩に入ります」
皆に声をかけて外へ向かう。
日差しはすでに真上を回り暑さは増しているが、風は心地よく気温は過ごしやすい。
広場のベンチに腰を下ろすと、まずたばこに火を付けて一服。手紙を取り出し、ゆっくりと目を落とした。
『元気ですか? ティアラの皆さんが無事であったことがうれしいです。』
書き出しがいつもと違う。第一王子一行による襲撃から無事だったことを気遣う文面だ。
連中を王国軍に引き渡してから数日後のこと、ファーモス会長とカルミスさんの二人がティアラに顔を見せにきた。
二人はある程度の情報を把握しており、俺が刺されたことや、ラーナさんたち受付嬢三人がさらわれたことも知っていた。
会長もタラン主任のことを心配していたようで、心底ほっとしたように抱きつき、何度も背中を叩いていた。
カルミスさんも受付嬢三人の所に駆け寄り、涙目になりながら「よかった」と何度も口にしていた。四人は今では仲のいい友人関係だ。
『あなたの元気な姿はとてもうれしいです。』
その一文に思わず胸がキュッとなる。
刺されて重傷を負ったことを聞かされれば驚くのは当然だ。ましてや「死んだ人間が生き返った」という噂があるとなればなおさらだ。二人は真相を聞きたそうだったしな。
ファーモス会長とカルミスさんとは、今では商売上の付き合いを超えた数少ない友人だと思っている。
今回の出来事についての詳細を知っておいてもらったほうがよい。ちょうどコーネリアス侯爵と事件の後始末についての話もついたところだったし、会長の口から話が広まることを期待したい。
『地方への長旅は大変でしたが、有意義な成果が得られて満足でした。』
襲撃事件の話が済むと、二人から出張の土産話を始めた。
ドラゴンの襲撃で必要になった代替工場の契約、増産のための農地確保。苦労話を語る会長の笑顔はどこか誇らしげ。
カルミスさんからも、数ヶ月後には俺のアイデア料が増える見込みだという嬉しい知らせもあった。
『この度は『水あめ』の製造に関する知識のご提供、ありがとうございます。』
休みの日にリリーたちと作った『水あめ』を披露したところ――やはり水あめはこの国にもあった。
ただし食品ではなく薬として扱われているという。
シシリア教国からの滋養薬としての輸入され、キール・キール商会が独占契約を結んでいるという。会長が商売敵と言っていた商会だ。
輸入品で数が少なく、薬扱いなので値段も高い……となれば付け入る余地はあるだろう。水あめの商品化に乗ってくるかなと期待した。
ところが会長は渋い表情で顎を撫でるだけ。どうやら決め手に欠けるようだ。
理由を聞けば、商会では薬を扱っていないこと、教会がかかわる案件は慎重にならざるを得ないという。
それなら仕方がない……と諦めかけたそのとき、カルミスさんが助け舟を出してくれた。詳しい話が聞きたいと言ってくれたのだ。
渡りに船とばかりに、「うちの国では食品である」「安価で大量生産が可能」「原料は大麦と米のみ」と商売目線で説明した。
それが功を奏したようで、会長の表情に光が差した。
結果、まずは試作を行ってから段取りを詰めることになった。
『ファーモス会長も『キール・キールに一泡吹かせるぞ!』と息巻いております』
この一ヶ月間、何回かマグネル商会に出向いて作り方を教えた。
最初は実物を見せるデモンストレーション、『三分クッキング』の要領で「四日たった大麦がこちら。これが麦芽です」「これを乾かして粉砕したのがこちら。これが乾燥麦芽です」といった具合。スマホの映像に従業員は目を丸くしていた。
まずは手鍋で作る程度の規模からスタート。俺がリリーたちとやったレベルから。
デンプン源は米。大量生産するなら米にかぎる。飼料米は安価だし、おかゆにしてドロドロになったところに乾燥麦芽を混ぜるだけでいい。
ただし実際の工程は魔法で時間短縮しないので日数がかかる。麦芽が四~五日、糖化は約八時間だ。ここでコケたら終い。糖化の間もきっちり見守った。
そして、無事に水あめが完成した。
担当した従業員たちはホントに大麦と米からできることに驚いていた。商業ラインに乗せるにはまだ数ヶ月必要だろうが、商会が販売に前向きになってくれたのはよかった。
『それでは体に気をつけて。また連絡します。』
振込金額の通知に続く締めの言葉。こんな一文は初めてで、胸がキュンとした。
動揺を抑えるべく、たばこを一気に吸う。
頬を撫でる柔らかな風が煙をさらうのを見送ってから手紙を閉じた。
「いい話でもあったか?」
「ん!?」
休憩が済んで席に戻ると、ガランドが顔を覗き込んだ。どうやらご機嫌が顔に出ていたらしい。
「この前の『水あめ』の試作がうまくいったそうで、販売を検討を始めたそうだ」
「あー、あれか。あの蜂蜜みたいな甘いやつ」
「そうそう」
ガランドは水あめを知らなかった。
職員の中で『シシリア教国の滋養薬』として知っていたのは、購買のオットナーとミリアーナさん、それと買取部の女性職員の三人だけ。彼女は小さい頃、身体が弱かったらしく、滋養薬のお世話になっていたという。
「うまくいけば商品になるかもしれん。まあだいぶ先の話だけどね」
「ほ~~」
数ヶ月後に『水あめ』が食品として販売され、人気商品になるのはまだ先の話……。
15時過ぎ。
お給金を乗せた手押し車を押す職員とタラン主任がやってきた。今日は給料日である。
ところが、いつもと違うことに誰かが気づいた。
「あれ? 台の上に乗っている小袋が多くない?」
「――これは先日の襲撃事件に対する『見舞金』です」
主任はそう言うと、あとのはよろしくとばかりに俺に目を向けた。
咳ばらいを一つしてから事情を話し始める――
「先日、領主のコーネリアス侯爵から見舞金をいただきました。一人当たり小金貨一枚です」
「ほおー!」
皆から思わず感嘆の声が漏れる。
小金貨一枚は日本円だと六万円相当。この国だと数ヶ月は余裕で生活できる。
「領主閣下の計らいに感謝してありがたくいただきましょう」
店内には客がまばらにいる。
彼らの耳に『領主』という単語が聞こえたはずだ。職員が話していたとなれば真実味が増すだろう。
実は、本来の金額はもっと多い。ざっと一人当たり大金貨五枚(約百三十万円相当)ある。
今のところこのことを知っているのは三名――ギルド長、副ギルド長、主任だけ。
職員に伝えない理由は、大金を得たと知られて襲われる危険を避けるため。みんなにはいずれ伝えるつもり。
原資は第一王子たちの身受金である大金貨一二〇〇枚。領主からというのは偽り。
被害にあった高級宿と、逮捕に貢献した防衛隊本部にも百枚ほど分配し、残り千枚をティアラで預かることにした。
分配についてはギルド長とカートン隊長には相談したのだが、二人は「お前が分捕ったのだから好きにすればいい」と言い放たれた。ま、何かあったときの予備費としておくつもり。
ちなみに防衛隊員たちには『金一封』として小金貨一枚が配られている。
ドラゴン襲撃や第一王子の逮捕劇などで心身ともに疲れがピークのはず。慰労の意味で配るべきとカートン隊長に進言した。
さて、明日は休業日。久しぶりに彼女四人でデートの予定だ。
浮かれた気分で書類の片づけをしていると、広場に馬車が到着する音が響いた。
時刻は16時前。こんな時間に来客なんぞ予定にないがな、と職員たちはいぶかしげに顔を見合わせる。馬留に馬を括る姿も見え、護衛付きだということもわかった。
玄関の扉が開き、短い茶髪の男が入ってきた。
見た目は三十代。小綺麗な服装で内勤の使者という感じに見える。
「こちらに、御手洗瑞樹殿はおられるか?」
「……私ですが、何か?」
男は俺をじっと見つめ、再度本人かと尋ねた。
身分証を提示すると納得したらしく、書類かばんから一通の書簡を取り出してこう言った。
「国王陛下からの召喚状です」
――――――――は!?




