220話
「俺がやってみてもいいですか?」
クールミンさんにやってもらって正解だったな。俺一人だったら付与がどうの以前に、魔法陣がわからなくて終わってたわ。
注入棒を受け取って『硬化』の付与魔法が書かれている文字列をじっと見つめる。
うーむ、マナを集めるってのがわからない……。
が、四の五の考えても始まらない。おでこ発動なんだから、おでこ近づけるしかないよね。
立てた注入棒の先端におでこを近づけて魔法を詠唱する。
《詠唱、入力》
杞憂だった。注入棒がボワッと発光したのだ。
おおー! うまくいった!!
いそいそと藁の束でひもを作ると、注入棒の先端をひもに、柄のほうをおでこにくっつけて詠唱する。
《詠唱、強化》
すると注入棒の発光が消えた。
すかさず藁の束のひもを手に取って机を叩く。と……コンコンと硬い音がした。
「できました、師匠!」
「師匠って……」
無邪気に喜ぶ俺に、面映ゆい笑みを見せるクールミン師匠。もう師匠でいいよね?
とりあえず付与のやり方は覚えた。
となると他の付与魔法も気になる。本をパラパラとめくって読んでみると、
「……『耐化』って何です?」
「耐久度を上げるんです」
よくわからない……といった顔をして首を捻る。
「やってみましょう」
クールミンはまず、緩衝材の藁を手に取るとそれを横に引っ張った。当然ブチブチとちぎれる。ああ、まず元の強度を見せたのね。
「それじゃあ『耐化』の付与をしてみますね」
そう言って数本の藁に『耐化』の付与を施した。
彼はそれを先ほどのように引っ張る……と、かなり力を込めて引っ張る仕草を見せた。
自分も試してみる。藁は柔らかいままなのに先ほどのように簡単にはちぎれない。
なるほど。硬さは変わらないがちぎれにくくなるという効果か。紙や衣服に使うとよさそうだな……とすぐにアイデアが浮かんだ。
「結構便利ですね。これってみんな使ってるんですか?」
「いえ全然……」
意外な答えに拍子抜け。なぜかと聞くと「需要がない」と言われた。
俺が思いつくアイデアをいくつか出してみたが、まるで「そもさん!」「せっぱ!」と禅問答のやり取りのように論破された。
たとえば「木剣が鉄剣になれば安上がりなのでは?」と問えば、「木は朽ちる」「重量で打ち負ける」「命を預けられない」と返される。
なら「建築物が丈夫になるのでは?」と問えば、「石造りで十分」「家全体に付加する手間」「無意味」と付される。
それでは「衣服が破けにくくなるのでは?」と問えば、「値段が上がって庶民は買えない」「金持ちは破けずとも買い替える」とぐうの音も出ない。
要するに、俺が付加魔法を便利だと思う理由は『自分でタダでできるから』に尽きるのだ。
「魔法学校では使い方の基礎しか学びません。なので『できたら終わり』なんですよ。試験科目にもありませんしね」
「試験……あーなるほど」
進級試験か卒業試験かは知らないが、単位にならないとなればそりゃ深くは学ばんわな。俺も心当たりがある……美術とか。
「それにこの注入棒、実習で作る練習用ですからねー。簡単な付与魔法しかできないんですよ」
「えっ? 練習用!?」
「ええ。作成もやるんですよ、ヒイラギの木を削って形にして。なのでたいした付与もできません」
「そんな!? じゃあこの後ろのほうにある付与魔法は――」
「できません」
「なんで?」
「んー……素材的に能力不足? とでも言うんですかねー。この注入棒では入力できないんです」
思わず目が点になる。そして自分が言った言葉が頭をよぎった。
いやたしかに言ったよ……「勉強したいから何か本を」と。なので侯爵は間違っていないしフロスト殿の対応も正しい。だけどさ~……。
全部の付与魔法が試せないことにショックを受ける。
「……注入棒にもランクがあってですね――」
クールミンは本の最初のほうのページを開いて説明する。
注入棒のランクは『練習用』『中級』『上級』『特級』で、違いは『素材のマナ保有量』である。
中級は金属素材、上級はそれに宝石をはめ込んだもの、そして特級は上質な魔物の素材で作られている。
「上質な魔物の素材って何?」
「魔法学校で見たのはトレントという木の魔物でしたね」
「へ?」
間の抜けた返事をしてしまった。
「木の魔物って? 木が動くんですか?」
「木に擬態している魔物ですね。学校で見た死体は普通に枯れ木でした。マナの残留量はすごかったですけどねー」
「…………それってこの辺にいます?」
「さあ。森の奥深くに生息していると教わりましたのでいないかと。というか魔物となればそれこそ冒険者ギルドで扱う案件では?」
おっしゃる通りだ。
あれかな……なんか映画で観たかもだけど、木がヒョコヒョコ歩いている奴かな? それとも木がいきなり動き出す奴かな?
どちらにしろティアラではそんな依頼、聞いたこともないからなー。まあ置いとくか。
話を戻して、一般の魔法士が持つのは『中級』、魔道具などの製造に携わる人は『上級』を使う。『特級』は研究や開発、大規模な魔法陣構築などに用いられるそうで、現在では国の魔法研究部門が使っている。
「この本に載っている付与魔法は、上級であれば付与可能なんですか?」
「そのはずです」
となるとまずは上級の注入棒を手に入れる算段を考えないといけないな…………あっ!
「ねえクールミンさん、ランクの違いは先ほど『素材のマナ保有量』って言いましたよね?」
「はい」
「だったらドラゴンの牙で注入棒を作ったら特級になりません?」
「!?」
クールミンは絶句する。そんな国宝級の素材で注入棒を作ろうという人間などいるわけがない。当然わかるわけがなかった。
「んー……ま、置いときましょうか」
「ハハハ」
彼の乾いた笑いが耳に届く。
しかし、俺の中ではドラゴンの牙の使い道がようやっと見つかったなと思っていた。




