22話 ティナメリルさんとお茶会
終業後、財務部の職員に別棟2階の副ギルド長室に案内される。
こちらが2階建ての旧館ということでたしかに年代を感じるが、今の3階建ての本館と大差ない気がする。
しいて言えば廊下の板張りが古いかなと思うぐらいか。
トンットンッ
「はい」
「失礼します。御手洗瑞樹さんをお連れしました」
「ありがとう。今日は誰も通さないように」
通すなとの言葉に職員は驚く。会釈して慌てて退出する。
俺も内心ドキッとしてる。
ドアを開けた正面奥の机に副ギルド長の姿だ。
ゆっくり立ち上がり俺を迎え出る。その所作一つ一つに感動する。
揺れる金色の髪、透き通る色白の肌。
吸い込まれそうな翠玉色の瞳、そして笹葉のような長い耳――
全てが魅力的……見ているだけで眼福だ。
時刻は午後6時過ぎてぼちぼち暗くなる頃。
この世界、現代の天井照明みたいな明るいものはない。
部屋には魔道具のランプが数か所置いてあるだけ。
だがぼんやりとした光量。
室内は深夜のバー程度の明るさかな。
俺がソファーに座ると、彼女は部屋の一角に置いてあるティーテーブルに向かう。
ティーポットの蓋を取り、六角壺のキャニスターから茶葉を2杯入れる。
銀のポットからお湯を注ぎ、カップスタンドからソーサーとカップを取るとトレイに2客並べた。
しばしティーポットをじっと見つめ、持ち上げると軽くくるっくるっと回す。
そしてティーポットもトレイに乗せると、テーブルへ運び対面に座った。
女性にお茶を入れてもらうなど初めてだ。
落ち着かない様子でその所作をずっと眺めてた。
そして彼女は姿勢を正し、スッと手を膝の上で重ねる。
「改めまして、ティナメリルです」
「あ、は…はい、御手洗瑞樹と申します。よろしくお願いします」
挨拶され驚く……お茶を入れると思ってた。
慌てて自己紹介するが、またエルフ語で話してしまったと気づく。
「あ、す…すみません」
「それで構いませんよ」
見るとかすかに微笑んでいる。
彼女はティーポットを手に取り、茶こしで茶葉を濾しながらカップにお茶を注ぐ。
「どうぞ」
俺は思わずペコリと頭を下げた。
少々ドギマギしながらカップを持ち上げる。
途端、その手がブルブルと震えててお茶をこぼしそうになる。
「!?」
どうやら緊張してるらしい。一度カップを戻す。
「すみません。かなり緊張してるみたいなので少し置いてから……」
ものすごく恥ずかしい。ただお茶を飲むことさえできんのか俺は……。
気づかれないように大きく息を吸う。
見ると副ギルド長は気に止めていない様子。
俺は落ち着こうとゆっくりゆっくり息を吐いた。
彼女に目を向ける――が、どこ見ていいかで迷う。
胸元……いや首元辺りに目線を落としとこう。
前にエルフ語で答えてしまったときは驚いていた。
何となく怒っていた風にも見えた。
だが今日のこの様子だと問題はないとみてよさそうだ。
ちょっと顔に目をやる。
改めて見入るその姿はどう見ても20代前半――俺と同年代にしか見えない。
でもギルド長より前からいると主任は言っていた。
つまり年はだいぶ上のはず。
やはりエルフは容姿変わらぬ長寿なのだろうか。
「エルフを見るのは初めてですか?」
「はい。私の国にはいませんですので」
エルフ語を話せるのにエルフに会うのは初めてという矛盾にも、変な敬語になってしまったことにも気づいていなかった。
「お国は?」
「日本というところです」
「どういうお国?」
俺は少し考えて――
「この国より文明が進んでて、災害は多いけど戦争もなく平和で、みんな幸せに暮らしてる国です。そしてエルフは日本人にとって憧れに近い種族でみんな大好きです」
好感触を得るべくエルフ好きな点を告げておく。
彼女はふぅんと細かく頷いた。
会話をしたことでやっと手の震えが治まった。
そしてお茶を一口飲む。
「エルフ語はどこで?」
「あーっと日本の学校で――」
「違いますね」
「!?」
彼女は被せぎみに否定する。
まるで先生に一瞬で嘘を見破られた小学生みたいに言葉が詰まる。
見るとその緑の瞳は語っているようだ――全部知っていますよと。
そして失敗に気づく。
『エルフは日本にいないって言ったのに言葉知ってるのはおかしいよな』
恥ずかしくてテーブルに目を落とす。
そしてチラっと彼女を上目で見やる。
これあれかな……『怒らないから本当のことを言いなさい』というやつ。
実際言うと怒られるんだがな……。
諦めて白状する。
「すみません嘘です。副ギルド長」
「ティナメリルで結構です」
「あ…はい、ティナメリル…さん」
名前で呼んでいいと言われた。
そのことで、どうもティナメリルさんには嘘をついちゃダメなんじゃないか……。
本能がそう示唆した。
なので自分に起こってることを素直に話そう。
「えっとですね……これ今エルフ語に聞こえてるんですよね?」
「…………」
「ですが私は自分の母国語、日本語をしゃべっています」
反応が無くて少し困る。
「そして人が話す言葉は全て日本語に聞こえてて、相手が何語で話しているかがわかりません」
すると彼女は首を傾げる。
「これも日本語に聞こえてるの?」
「はい」
「これも?」
「はい……え、何語です?」
「マール語です」
「あ、はい。日本語です」
「あ、今マール語になりましたね」
「え、ホントです?」
「あ、またエルフ語です」
思わず口をすぼめる。
「すみません。それが本当か嘘かもわかりません」
もしかして揶揄われたのだろうか……。
自嘲気味に笑うと彼女もクスクスと笑顔を覗かせる。
初めて見た笑顔――
ヤバい……とてもとても可愛い。そして美しい。
思わず見惚れてしまう。
照れ隠しに口をギュッとした。顔が赤くなるのが自分でもわかる。
そして俺から言っていいのかわからないが本題を切り出す。
「それであの、今日呼ばれた理由は?」
彼女はそれに答えずに別の質問をする。
「エルフについてご存じ?」
「いえ、あまり……」
「寿命が長いことは?」
「あーはい、それは何となく……」
俺の知識は漫画やアニメの設定でしかなく空想上のものだ。
なので知らないが正解。
だけど寿命が長いのはやはり本当だったんだな……。
「いま話している言葉、エルフ語と言ったけど…………正確には違います」
「ん?」
「私の話している言葉は――『ユスティンバナルの大森林に住むエルフ族が使う言葉』が正しいのよ」
「…………はぁ」
それの何が違うの?
俺はポカンとしているに違いない。
その様子を目にした彼女は、エルフについて静かに語りだした。
エルフ族。
寿命は千年以上の長命種。実は二千とも三千とも。
ただし不老不死ではなくちゃんと老いて死ぬ。
深い森の中で三百~一万ぐらいのエルフでコミュニティを形成して生活する種族。
そして『世界樹』と呼ばれる木を奉じてそれを中心に活動している。
ただ、世界樹という名前から『世界に一本しかない』と人間には誤解されているが、実はコミュニティごとに木は存在する。
つまり『エルフが住む森は世界樹とともに複数ある』ということ。
ほとんどがそのコミュニティから出て生活することはなく、一生を森の中で過ごして終わる。
人や他の種族との接触を極端に嫌っているので近づかれると問答無用で攻撃する。
他の種族を下に見ているし、そもそも言葉が通じないから交渉のしようがない。
そして長命種ゆえか、文化的向上がほとんど生じない。
何千年経とうが生活スタイルは昔のまま。
ざっくりいえば『森の中でただ食っちゃ寝している』だけ。
ずっと寝てばっかりの者も多いらしい。
そんな種族にも異端児は出現する。
外の世界に出てみたい、人間や他の種族と交流してみたい、という考えの者がたまに出てくる。
それで外には出ても大半は1人で森に住み、人や多種族と細々と交流して生活するレベル。
いわゆる『森の中にポツンと一軒家』だ。
そしてその外に出たエルフの中にさらに希少種が出現する。
それが積極的に人と交流し、人の街に住んだりするエルフなわけだ。
ここまで話して彼女は一息つくとお茶を口にする。
話を聞いて、思ったより驚かないな……というのが正直な感想である。
要はティナメリルさんは閉鎖的な田舎が嫌で都会に飛び出してきた娘ってわけだ。
実にありがちな話――年数の単位が二桁違うけど。
エルフが人嫌いという設定もよくある話だ。
敵対から仲良くなるパターンかな……と勝手に妄想する。
意外だったのは世界樹が複数あるってことだ。
これを奪うために争うといった話はなさそうだ。
「つまりティナメリルさんはエルフの森から外へ飛び出して人と接することを望んだエルフ……ということですか?」
「…………おそらく」
「は?」
彼女が少し困ったような笑みを浮かべる。
「憶えてないのよ。記憶がないから」
いきなりの記憶喪失発言!
一体どういうことか……そして深刻な方向へ流れてるような気がして不安になる。
「あの……記憶がないというのは、その……事故とか何かで?」
彼女は違うと首を振る。
どうやらありがちな話じゃないっぽい。
そして彼女は話を続けた。