215話 第一王子たちを引き渡し
騎士団長が席を立ち、クールミンに促されて退室する。
カートン隊長らの防衛隊員も部屋をあとにし、残ったのはコーネリアス侯爵と聖職者姿の俺だけになった。
顔を隠している布と頭巾を取り、改めて侯爵に挨拶する。
「――どうもどうも」
「……君は聖職者になったのかね?」
「いえいえ。変装して活動するための小道具です」
ドラゴン襲撃の日に、多くの重傷患者を治療するために活用し、以後、何かと発生するトラブルを解決する際にこの姿で活動している……と説明した。
「そうか、魔法が使えることを知られるのは困るんだったな」
「はい。正体を知っているのはティアラの職員、防衛隊員の一部、それと冒険者のアッシュです。なので内密にお願いします」
侯爵は聞いた話を咀嚼するかのように何度も頷いた。
「――それで侯爵、昨日お願いした件ですが、手紙に書いていただけましたか?」
「うむ。私が国王陛下に謝罪するのだろう?」
「はい。『偽者騒動で王家の名を傷つけたことを詫びる』っていう理由で一芝居を打っていただきます。これ……国王陛下は受けてくれますかね?」
「んー問題ない。昨日も言ったが国王陛下は話のわかる人物だ。第一王子の失態を『なかったことにする』ための演出だからな。これで王家の面子は保つとなれば、芝居ぐらい喜んでするさ」
「でも第一王子の親でしょ? あれ見たら親も暴君なんじゃないかと思っちゃいますよ?」
「全然違う!」
ん? ちょっと強めに否定されたぞ……怒った?
いや、ちっとムッとした止まりだな。しつこかったか。
侯爵は気持ちを落ち着かせるようにふぅと一息入れると「エーヴェルトとは幼少の頃からの知り合いでな――」と前置きして説明を始めた。
国王、エーヴェルト・マルゼンは、本来『王になるべき人』ではなかった。
先代の三男として生まれ、性格は温和、子供の頃は絵を描くのが好きだったという。王位継承権はあるが、上に二人いたせいであまり重要視されず、ほとんど干渉されずに育っていた。
ところがある時、次男が池で溺死、長男が落馬事故で死亡、と立て続けに二人を失った。さらに気を病んだ先代もほどなくお亡くなりになってしまったという。
そして気づけばエーヴェルトが国王の椅子に座っていた……という人生だそうだ。
我の強い性格でないので人の話もよく聞くし、接しやすい人柄なので周りもよく意見を言う。彼の治世になってから戦争も内戦もない。
はた目にも実に有能な王である。
ただ、先代のような覇気のある人物ではないので、王としてふさわしくないと揶揄する貴族も少なくない。
そういった連中が、王位継承筆頭の第一王子に取り入ろうと躍起になった結果、あんな感じに育ってしまったらしい……と。
ふむ……そういうことなら国王陛下はまともな人物だと信用してよさそうだ。
まあ、国の運営が上手でも子育てには失敗しているというのはお決まりのパターンではあるな。
「それに、国王の最側近である宰相は頭の切れる人物だ。手紙の意味も理解し、きっちり段取りを整えるだろうて」
「わかりました。あとはお任せします。侯爵閣下……バッチリ謝罪を見せつけたってくださいな」
おどけた感じでお願いすると、なぜか渋い表情で「よかろう」と答えた。
おっと、言い方が癪に障ったかな? これはフォローせねば……。
「あれですよ侯爵、『頭は立場が上のときに下げてこそ効果がある』と言います。国王陛下に頭を下げて恩を売りつければよいのです」
「……オン?」
「大きな貸しって意味です」
侯爵はテーブルに肘をつくと、顎を乗せてじっと俺を見た。
「――君はよくこんな小細工を考えつくな。政治家に向いておるのではないか?」
「いやいや。貴族が起こした不祥事は、最後まできちんと貴族内で処理していただきませんと。ね?」
「……そうだな。君の言うとおりだ」
しばし沈黙が漂い、この話はこれで終わり……という雰囲気になった。
「ところで話は変わるのだがな――」
「なんでしょう?」
「一度、君とじっくり話がしたい。明日の晩、食事とかどうかね?」
「いいですよ」
もちろん断る理由はないが、たぶん断れない。
いい機会だ、この国の貴族について教えてもらおう。あーそうそう、そういやエルフの件も尋ねてみないとだな……。
「此度の件も含め、フランタ市を救ってくれた君の多大な貢献に何かしら報いたい。何か要望があれば遠慮なく言ってほしい」
「んー……ま、考えておきます」
笑みを浮かべながら侯爵と握手を交わした。
◆ ◆ ◆
「――なんだこれは!!」
騎士団長は思わず叫んだ!
別室にて第一王子たち四十一名と対面し、彼らのみじめな姿に目を疑ったからだ。
くしゃくしゃの髪、生気のない目、げっそりとした頬、体重が五キロは減っていると思われる痩せた身体……とても近衛兵には見えなかった。
もちろん引き渡しのために身だしなみは整えてある。身体の汚れを落とし、無精ひげも剃り、真新しいシャツとズボンに着替えている。
けれど、七日間におよぶ地下牢生活は肉体的にも精神的にも彼らを衰弱させていた。
近衛兵たちは騎士団長の姿を目にした途端、嬉しさのあまり嗚咽が漏れた。これでやっと帰れると心底安堵したのだろう。
騎士団長はクールミンを睨みつけるも、彼は一顧だにしない。
「あなたたちをこちらの騎士団に引き渡します。起立して一列に並びなさい!」
近衛兵たちは静かに立ち上がり、まるで強制連行される囚人のような歩みで部屋を出る。その様子に騎士団長はショックを隠せなかった。
表には四台の馬車が用意してあり、それに乗り込むように告げる。もちろん第一王子もである。
「オイッ! 兵たちの装備は? 馬……それにユリウス殿下が乗っていた馬車はどうした?」
「押収しました。“賊”である彼らが近衛兵と偽って使っていた証拠品ですので」
「なっ!?」
騎士団長が言葉を失う。交渉の取り決めを持ち出されては反論できない。
随伴してきた王国騎士団の面々も、第一王子たちの哀れな姿に絶句している。彼らは粛々と馬車に乗り込む第一王子と近衛兵たちを、ただ見守ることしかできなかった。
「それでは彼らの引き渡しは完了です」
彼らの出立準備が整ったところで、コーネリアス侯爵が姿を見せた。
「国王陛下によろしく」
「…………失礼する」
騎士団長はそう言うのが精いっぱい。苦虫を嚙み潰したような表情で侯爵に一礼すると、馬車を引き連れて防衛隊本部をあとにした。
「――やれやれですなー」
侯爵の後ろから聖職者姿の俺がヒョイと顔を出すと、本部前に集まっていた隊員たちは「いい気味だ」と歓喜した。
大役を担ったクールミンを労うと、ホッとした様子で照れ笑いを浮かべた。
そして終始黙ってにらみを利かせていたカートン隊長を「さすがです」とおだてると、ふんと鼻を鳴らして俺から目を逸らす。役に立たないと言ったことをいまだに根に持っているようだ……。まいっか。
なにはともあれ、王子の返却が無事済んだことを喜ぼう。




