212話 作戦会議
やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!
ギルド旧館前の広場にて、携帯灰皿片手に一服しながら空を見上げた。
いやしかし……俺、何か悪かったか? 言い方か? いやーそんな失礼な言い方してないだろ。初っ端の嫌味っぽかったのがいかんかったか? なんだ……何が癪に障ったんだ……態度か?
いやでもこちとら被害者だぞ。なんで怒られなならん!
つーか貴族はやっぱり全員あんななんか? 侯爵はあそこまでひどくない……はず。
どうだろ……俺の魔法のこと知っているから低姿勢なだけかもしれん。
初めて紙飛行機の件で会ったときも素っ気なかったし。ていうか侯爵が庶民とふれあうことなどないか。護衛であれだもんな。
貴族と庶民との格差は断崖絶壁ほどもあるって感じか。わからんよなーそれ。
「――瑞樹?」
後ろからティナメリルさんの声がした。
「あー……なんかみっともないとこ見せてすみませんでした」
「ん」
さすがにバツが悪い。けれど来てくれたことにじんわり嬉しさが込み上げる。
心配して来てくれたのかな……? それともギルド長に言われて様子見に来たのかな? ま、どちらでもいっか。
彼女は傍らに立つと、俺を責めるでもなくただ一緒にいてくれた。
「ねえティナメリルさん、この件が片付いたらデートしましょうよ」
「デート?」
「はい。最初に行った公園みたいな所。あそこ静かだし人あんま来なさそうだし」
「――――いいわよ」
おっ? マジで!?
快諾の早さにちょっとびっくり、心が小躍りした。
本当はショッピングっぽいことをしてみたいけど、今は静かな所に行きたい気分……気持ちが荒んでいるなー俺。
とりあえず戻ったら侯爵に謝罪しよう。
ああいう、護衛の不始末なんかは雇い主に対応してもらうのがスジだなと、今更ながら気づく。
たばこを吸い終わり、ん~と伸びをしてから「戻りましょう」と声をかけた。
会議室に戻ると皆の視線が俺に向いた。
侯爵のそばには、いなくなった護衛の代わりにアルナーが立っている。二人とも少し緊張した面持ち。
席に着くと、
「先ほどは申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げて謝罪し、侯爵の言葉を待つ。
「いや、こちらも不注意であった。私の護衛について配慮が足りず申し訳ない」
「瑞樹さん……実は、彼らは何も知らないんです」
「えっ!?」
アルナーが事情を説明してくれた。
今回のフランタ市への訪問は『被災地区のお見舞、防衛隊の激励、冒険者ギルドの視察』という体裁で、王子一行の件は伏せてあるという。知っているのは領主である侯爵、領主代行、筆頭執事オルトナ、次席執事アルナーの四人だけ。
理由はまあ言わずもがな、前代未聞の不祥事にどう対処していいかわからなかったからだ。
さらに運が悪かったのは、あの護衛の二人は特に血統にうるさい家系の出であったこと。庶民が侯爵に話しかけることなど許されないと思っている性分らしい。
護衛の差配などは侯爵のあずかり知るところではなく、ベルガーが俺に怒鳴った時点で「あっ!」と侯爵自身も気づいたわけである。
「まあもう忘れましょう」
正直、俺も侯爵もこんなことで揉めている場合ではない。仕切り直しとばかりに姿勢を正す。
「それで侯爵、さっき聞きそびれた件ですが――」
「もちろん君たちの側だ。王族だからといって王子におもねることはない!」
侯爵は力強く述べると、この件で王城に怒鳴り込んだことを話してくれた。
「ふむ、こちらの味方とわかり安心しました」
国王と領主との力関係はそこまで差がある感じではなさそうだ。
「それで、あの連中はどうされるんです?」
「それはだなー……」
侯爵は咳ばらいを一つした。
「明日、王国軍が引き取りに来る。王国騎士団の長であるリュック・ベルマン騎士団長率いる第一軍、そのうちの約三十名だな」
おん? なんか本気モードで取り返しにくる感じか?
「まさか一戦交える気ってこたぁないですよね?」
「そうではない。王子をお迎えするのに王国騎士団長なら格として問題なかろうという配慮だろう」
侯爵のなかでも引き渡しは確定事項のようだ。無罪放免ってことか……。
「連中は何かしらの罰を受けますか?」
この質問に侯爵は小さく首を振った。
侯爵の考えでは近衛兵たちは間違いなく全員解雇。第一王子はしばらく謹慎させられる程度とのこと。もちろん刑罰は受けない。
ただまあ近衛兵たちは社交界での立場をほぼ失うので、それが罰と言えなくもないらしい。
まあ貴族様には貴族様の報いの受け方というものがあるのだろう。どちらにしろ庶民がどうこう言える立場にない。
「今回、被害を受けた皆には国から見舞金が拠出される。それで勘弁してもらいたい」
「見舞金……ですか」
侯爵は俺をじっと見つめている。
まわりを見ると皆、俺を注視していた。どうやら俺の承諾待ちってことらしい。
これはいわゆる『示談』である。金を払うから罪には問わないでほしいということ。
おそらく貴族が庶民に対して示談を提示するという事自体、この国では相当譲歩してもらっていることだろう。侯爵の王城への怒鳴り込みが効いたのかもしれない。
侯爵としてもこれ以上事を大きくしたくない思いもあるだろう。護衛にも内緒にして来たのだからな。
――だがダメだ。
それでは今回の事件にかかわった人たちの安全が保障されない。最悪の場合、あのバカ王子のせいで国が荒れることにもなりかねないのだ。
「実は、今回の件をうまく収める策があるんです」
「えっ!?」
「ま、ありきたりな手なんですがね、みんなで一芝居打っていただきます」
「一芝居?」
「はい。何かと言いますと――『捕らえたユリウス殿下は真っ赤な偽者である』とすることです。もちろん近衛兵たちもね」
俺の言葉に室内がしーんとなった。
おそらくみんな、俺の言っている意味がわからなかったのだろう。
それより、意外にも侯爵が無反応だったことに内心驚いている。なんていうか「ふざけるのも大概にしろ!」と怒鳴られるぐらいは覚悟していた。
むしろ俺の話を聞きたいのか、じっとこちらを見据えている。
俺はコホンと咳ばらいを一つしてから説明を始めた――
まず、捕らえた連中が“本物”であった場合、
王子は王族、近衛兵は貴族。王国軍であるため、彼らに対する処罰等の権限は、貴族または王国軍にあることになる。ここの防衛隊の管轄ではないので当然速やかな引き渡しが必要となる。
しかも彼らの逮捕は軍の行動を阻害したと難癖をつけられて、防衛隊は処罰の対象にされる可能性が高い。ましてや王子の逮捕など不敬罪は確定だ。
ところが、捕らえた連中が“偽者”だった場合、
彼らは王子と近衛兵の名前を騙った賊、しかもただの庶民。そうなると彼らに対する権限は当市の防衛隊にあり、王国軍に引き渡す必要はない。
当然、逮捕は正当な行為であり、殺人や拉致暴行などの重罪も適用できる。もちろん王子と詐称した侮辱罪も適用される。
つまり防衛隊の立ち位置は、王子が“本物”であれば処罰の対象、“偽者”であれば称賛の対象となるわけだ。
では彼らを『いかにして偽者にするか』という問題。
が、これ……実はそう難しい話ではない。
我々はいままであの連中を王子一行だと思っていたのは、彼らがそう言っていたからにすぎない。身なりや態度でそう判断していただけで、「調べたら実は偽者でした」と言い張ろうと思えばできなくもない。だって本人確認のしようがないから。
ところが本日、コーネリアス侯爵が「王子は本物だ」と確認してしまった。なので侯爵には「彼らは偽者だ」と証言を翻してもらう必要がある。
が、これもたいして難しくない。
侯爵には単に「本人かどうかわからない」としてもらうだけ。嘘をついてもらうわけではなく、濁してもらえばいいだけだ。
これについては状況証拠を盾に取ればよい。
そもそも、王族たる王子が何の事前連絡もなしにフランタ市にやってくるはずはない。
そもそも、王族たる王子が王国民に乱暴狼藉を働くような振る舞いをするはずがない。
そう……彼らの行動は本来ありえない!
本物とは思えない所業の数々、むしろ賊と言われたほうがしっくりくるのだ。
「――ということなんですが侯爵、どうです?」
すると黙って話を聞いていた侯爵がやおら口を開いた。
「つまり君は――『ユリウス殿下はフランタ市に来ていない』というふうに仕立てたいんだな?」
「さっすが侯爵、話が早い!」
理解の早さに思わず飛び上がりそうになった。
侯爵は静かに腕を組むと、顎に手を当てながら何やら考え始めた。
この手の『あったことをなかったことにする』という謀略は、侯爵ともなれば何度も経験済みなのではないだろうか……。
ましてや領主、この件で王族と揉めるのは避けたいはず。なかったことにできるならそれが一番いいと考えるに違いない。
いやーまさか、一発で話を吞み込んでくれるとは思っていなかったわ。
ついでにあの連中が王子一行だとマズい状況になる話をする。いまの提案に承諾いただけなかった場合に備えていた内容だ。
と、それを聞いた侯爵は深刻そうな表情を浮かべ、一芝居打つことに同意してくれた。
「それで……ユリウス殿下はどうするのかね? 明日にも王国軍が引き取りに来るが?」
「ん? もちろん最終的には引き渡します」
王国軍は連中を引き取りに来るが、こちらは引き渡す必要はないとごねる。そこで取引だ。
「まあ頑張ってもらわないといけないのは――」
後ろに目を向け、
「クールミンさんが引き渡しのやり取りをしていただければと……」
「えっ、私? 隊長ではなくて?」
「はい。クールミンさんに仕切っていただきたい。カートン隊長は真面目なので……腹芸は無理でしょう」
俺に使えないと評されたカートン隊長はあからさまにムッとした。
なんかもう隊長は俺に対してずっと当たりがキツイ。まあ心当たりのあることが山ほどあるので当然っちゃー当然か……。王子一行に対するお仕置きの件で相当に心証悪くしたしな。
「いつまでもランマルの名前を覚えないあたり、絶対ボロを出すでしょうしね、ふん」
「――ランマル?」
いきなり登場した名前に侯爵が尋ねる。
「あー、冒険者パーティー“ホンノウジ”のメンバーで凄腕の聖職者です。白い布で顔を覆っている正体不明の人物です」
「ふーむ……報告の手紙にあったかな……?」
どうやらうろ覚えのご様子。カートン隊長は報告書に記していたようだ。
「――私でうまくできるでしょうか?」
「大丈夫ですよ。引き渡しの条件を突き付けて同意を求めるだけです。むこうは王子を連れて帰らないといけないので必ず吞みますし、多少吹っ掛けてごねるぐらいはしないと……条件は私があとで考えて届けます。そのときにまた話を詰めましょう」
「…………うーん」
「侯爵にも同席していただけば相手も強気には出れません。カートン隊長はクールミンさんの隣に座らせてずっと睨ませとけばいいんです。それくらいはできますよね?」
「あ゛ぁ?」
隊長に睨まれた。
「そうそうそんな感じ。カートン隊長……シーラから聞きましたけど、本部長になるのずっと固辞してるんでしょ? それって自分には向かないと思っているからでしょ? 人には向き不向きがあります。曲がったことが大嫌いな隊長にはこの件は無理なんです。なんせ事実を曲げに曲げますからね」
隊長は腹を立てつつも、ぐうの音も出ないようだ。
「とにかく今回はクールミンさんが主役、隊長は彼のサポートに徹してください」
「……………………わかった」
なーんか納得してなさそうだなー。脳筋タイプはホント説得がしんどい。
「瑞樹さんも明日、立ち会いますか?」
「いえ。立場的にはただの被害者ですから遠慮します。それに殺されたはずの俺が現れたらどうなることやら……。連中の反応を見たくはありますが、出席して顔を覚えられるのも嫌なので」
「わかりました」
だいたいこんなとこかな……。
まわりを見渡して他に忘れていることがないかを確認――と、真横のティナメリルさんと目が合う。
「あ――――ッ!」
思わず叫び声を上げた。
「超大事なこと聞くのを忘れてた。侯爵にお尋ねしたいんですが……?」
「……な、何かね?」
「ギュンターとかいう近衛騎士団長が『エルフに手を出したら国が亡ぶ』と口にしてかなり畏怖している感じだったんですが何かご存じです? たしかこれ、前にティアラに忍び込んだダイラント帝国の連中も似たようなことを言ってました」
侯爵はティナメリルさんに目を向けると、途端に表情を強張らせた。
「そういえばティナメリル殿は王子に王都に連れていかれそうになったのでしたな……」
「……ええ」
彼女の肯定発言に渋い表情を見せる侯爵。やはりよほどマズいことなのか?
「実は……エルフにまつわる古い言い伝えがあってだな……そのー……」
侯爵の口が重い。言いにくいことなのかな?
「もしかしてティナメリルさんがいたら言えないことですか?」
「…………」
「私は席を外しましょうか?」
察したティナメリルさんが席を立とうとした。
「あっいいや、いいです! 侯爵、その話たぶん長いですよね? みなさんお疲れでしょうし、私も疲れたのでボチボチお開きにしましょう。また今度……そうですね、この件が済んだら手紙にでも書いて送ってください」
たたたと早口でまくし立てた。
「あ、あと一点だけ。これ貴族はみんな認識していることなんですか? エルフに手を出してはいけないって話」
「……そうだな。ただ、言い伝えの類なので信じない若い連中もいる。貴族が彼女に手を出さないというのは万全ではないな」
「いえいえ。そういう話があって信じられているという事実があればいいです。そうだな……今回あのバカ王子が痛い目に遭ったのも『エルフに手を出したせいだ』と言いふらすのもアリですねー」
思い出したように侯爵が尋ねる。
「……ユリウス殿下はだいぶ憔悴してやつれていたのだが……君が何かしたのかね?」
「私は何も知りません。接見したのはランマルさんなので彼の仕業でしょう。もし彼に会ったら尋ねてください」
そう言うとカートン隊長にきつい視線を向けた。
「と、とにかく明日はよろしくお願いします」
「わかった」
こうして侯爵の説得と、幕引きに向けた作戦会議が終わった。




